第2話 【理解】したので辞めます
――いや、待て待て、落ち着け。
冷静に考えて、心の声が聞こえるなんてことあるわけがない。さっきのはたまたま的中したに決まってる。
確かめてみればはっきりするはずだ。
「看護師さん。俺、実は占い師なんですよ」
「え、本当ですか? すご~い!」
”とか言って、わたしの手とかべたべた触る魂胆だろ”
「……」
――気のせい、気のせいだ。
俺はかぶりを振って気をとりなおした。
「出身地の名前を頭に思い浮かべてください」
「……はい」
”ほら来た、そうやって徐々に範囲をせばめてどこに住んでるか聞きだすんだろ? 見え見えだっつーの”
「……名前を思い浮かべてください」
「……はい、思い浮かべてます」
”レオングラードだけど、適当に言ってごまかすか”
――はずれてくれ……!
「あなたの出身地はレオングラードですね?」
彼女は目を見開いた。
「あ、な、なんで……?」
当たってしまったようだった。
俺はうなだれた。
「ええ? 当たったのになんでがっかりしてるんですか?」
「当たってほしくなかった……」
「占い師、向いてないんじゃ……?」
額に触れる。布のような感触があった。
「包帯……。ここに石が?」
「ええ。額の左側に、小指の先くらいの大きさの石が頭に突き刺さったそうです」
「俺なんで生きてるんですか?」
「わかりません。主治医も奇跡だと」
生きているのも奇跡なら、心の声が聞こえるのも奇跡だ。
「石はとれないんですか?」
「どういうわけかもう傷口が塞がってしまって。頭を開くわけにもいきませんし」
もう手遅れらしい。
「これからしばらくのあいだ、記憶や身体の機能に異常がないか検査をするために入院していただくことになるかと思います」
「そうですか――って、え!? いや、待って! しばらくって?」」
「詳しくは主治医に聞いてみないと。でもおそらく一週間から二週間ほど――」
すでに三日も眠りこけていたらしいのにさらに二週間だなんて、ガルダ様に叱られてしまう。
「いやいやいや! 無理! 仕事があるし!」
「死にかけていたんですよ? これからだってどうなるかわからないのに、仕事なんて」
「お金ないし!」
「非常に珍しい症例なので入院代金はこちら持ちになります。ご安心ください」
「で、でも」
看護師は悲しげに表情を歪めた。
「もしあなたになにかあったら、わたしはとても悲しいです」
”いいから言うことを聞け、殺すぞ”
「わ、わかりました」
わかりすぎてつらい。
「よかった。では、主治医を呼んできますね」
彼女は病室を出ていく。
”あ~、めんどくせ~、帰りて〜……”
愚痴の声も徐々に遠くなっていく。心の声にも距離の概念があるらしい。
――いまだ……!
ベッド脇のカゴに入っていた俺の服に着替え、病院を逃げだした。
街に出た俺は、心の声を聞くことができるこの謎のスキルをもう一度試すことにした。
果物を売っている露店に行き、店番の中年女性に声をかける。
「どのリンゴが一番甘い?」
女性は笑顔で俺にリンゴを手渡した。
「これが一番だね」
”買ってくれないかねえ、傷みはじめてるし。どうせ味なんかわかりゃしないだろ”
俺はリンゴをためつすがめつしてから鎌をかけてみた。
「これちょっと古くない?」
「えっ? あ、そ、そうかね、そんなことないと思うけどね」
と、目を泳がせる。
「一番甘いのは――」
俺は彼女の心の声に耳を澄ましながら、並んだリンゴを順繰り指さしていく。
”それは違う”
”それも違う”
”多分それは味が呆けてる”
”それが一番甘い”
心の声が甘いと断言したリンゴをつかみあげた。
「これかな」
「お、お見事」
俺はポケットに入っていた銅貨を渡し、店を離れた。
リンゴをかじる。
「甘っ」
蜜がたっぷり入っていて、舌がじんとするほどの甘さだ。しかしこんなにおいしいリンゴを食べたというのに気分は晴れない。
――やっぱり幻覚や気のせいではなかったか……。
頭に石が入っていたこと、看護師の出身地、リンゴの選別。どれかひとつであれば偶然に当たることもあるだろう。しかし三つ連続で正解したとなると、それはもはや必然である。
道の向こうから「きゃあきゃあ」という黄色い歓声が近づいてくる。
若い女性たちの群れだ。その中心に革の鎧を身につけた自警団の青年が肩で風を切って歩いていた。さらさらとした金色の髪が太陽の光を受けてきらきら輝き、整った顔立ちには優しげな笑みが浮かんでいる。
「あはは、駄目だよ、いまは仕事中なんだから」
と、群れる女性たちを戒める。
あんな絵に描いたようなモテ男は、いったいどんなことを考えているのだろう。俺は彼の心の声に意識を集中した。
”もうみんな俺のこと好きすぎだろ~。まあこんないい男を放っておけるわけないしな。ふぇへへ”
「……」
”今日はどの女の家に行こうかな~。ああ、ハンサムに生まれてよかった~!”
――ご満悦じゃねえか。
無性にむかっ腹が立って、あの爽やかな笑顔の下に隠れたゲスい本性をもっと暴いてやろうと意識を集中した。
すると――。
――なんだ……?
じわり、と視界の左端がにじむ。そのにじみはゆっくりと文字を形作っていき、やがてはっきりと読めるまでになった。
そこにはこう書いてある。
【名 前】ミハイロ
【レベル】3
【種 族】人族
【職 業】自警団
【体 力】53
【筋 力】11
【魔 力】0
【耐久力】8
【素早さ】11
【知 力】9
【 運 】13
【スキル】話術2
――これは……。
額面どおりとらえれば、あの男のステータスだろう。
――こんなものまで見えるのか……?
にわかには信じられない。俺は男に向かって叫んだ。
「ミハイロ!」
そして素早く家の陰に隠れる。
顔だけ出して様子をうかがうと、男は怪訝な顔できょろきょろし、
「いま誰か俺のこと呼んだよね?」
などと言っている。
合っていた。やはりあれは彼のステータスなのだ。
――待てよ。ということは……!
俺は自分の手に意識を集中した。さきほどと同じように、じわりと視界の端がにじみ、文字列が映しだされる。
【名 前】オグマ
【レベル】41
【種 族】人族
【職 業】使いっ走り
【体 力】228
【筋 力】51
【魔 力】38
【耐久力】28
【素早さ】35
【知 力】18
【 運 】7
【スキル】理解1
やはり自分のステータスを確認することもできるようだ。
――俺、けっこう強くない……?
少なくともミハイロよりはよほど自警団にふさわしいように思える。
「ん?」
ステータスの一部がじわりとにじみ、書きかわった。
【スキル】理解2
スキルのパラメーターがひとつ上がった。これは心の声を聞くだけでなく、任意の対象のステータスを確認できるようになったことを示しているようだ。
それにしても――。
――【理解】?
この世界にはいくつものスキルがあり、学問として系統立ててまとめられている。
鍛冶、建築、裁縫などの生産スキル。火、水、土、回復などの魔法スキル。それ以外にも格闘、剣技、ミハイロが持っていたような日常生活に役立つスキルもある。
しかし【理解】というスキルは聞いたことがなかった。
あいかわらずわからないことだらけだが、心の声が聞こえたりステータスが見えたりすることを除けば、頭や身体の機能に問題はなさそうだ。これならばまた働くことができる。
きちんと謝罪すればガルダ様はきっと受けいれてくれるはずだ。言葉は厳しくとも、彼の心は深い慈愛で満たされているのだから。
――そろそろ行かないと。
俺はガルダ様の屋敷に向かって駆けだした。
◇
「ガルダ様、無断で休んでしまい申し訳ありませんでした……!」
執務室に通された俺はひざまずき、許しを乞うた。
「三日もどこをほっつき歩いていた、この痴れ者が!」
”しめしめ、減給する理由ができたぞ”
「……」
――ん?
幻聴だろうか? 愛情の深いガルダ様の心の声とは思えない言葉が聞こえてきたような気がする。
「なにを黙っている、大馬鹿者!」
”やっぱりこいつを罵倒するの、ストレス解消になるわあ”
「……ええと」
「もごもご言ってる暇があるならさっさと仕事を始めろ、このぼんくらが!」
”ただみたいな給料でたっぷりこき使ってやるからな”
「そんな……」
聞こえてくるのは無情の言葉ばかりだった。これがガルダ様の本音だというのか。
――いや……!
まだ休まざるを得なかった理由を話していない。それを知ればきっと優しい言葉をかけてくださるに違いない。
「ガ、ガルダ様、休んでしまったのには事情が。医者が言うには頭に石が突き刺さっており、死んでいてもおかしくなかったと。入院を勧められましたが、病院を抜けだしてこちらに――」
「ふんっ、まあ死ななくてよかった」
――ほら! やっぱりガルダ様は俺を心配してくださって……。
少し遅れて心の声が聞こえた。
”代わりを探すのは手間だからな”
俺は絶句した。心がすうっと冷めていく。
「なんだ? なにを黙っている!」
ガルダ様の言葉に、しかし俺は返事ができなかった。
慈悲? 慈愛? 馬鹿馬鹿しい。ガルダ様の心を満たしていたのは強欲と傲慢だったのだ。
ガルダ様は――いや、ガルダは、俺のことなど気にかけてくれていなかった。どこまでも自分のことしか考えておらず、自分の利益のために俺を搾り尽くそうとしていただけだったのだ。
「言いたいことでもあるなら言ってみろ!」
「いや、ないっすけど」
「『ないっすけど』!?」
ガルダは俺を二度見した。
「ないっすけどとはなんだ貴様! 誰に向かって口をきいている!」
「はは、ウケる」
「『ウケる』!?」
ガルダは顔を真っ赤にし、ぷるぷると震えた。
「オグマ、貴様……。頭に怪我をしておかしくなったか……!」
「おかしくなったというか――」
――目が覚めた。
俺はこの男に洗脳され、いいようにこき使われていただけだった。それが【理解】のおかげでわかったのだ。
「とにかく、仕事が溜まっている! とっとと片付けてこい!」
「いやあ……。給料低いし……」
「や、やりがいがある!」
「やりがいで飯は食えないし……」
「楽しいって言ってただろ!」
「なんかもう、忘れたい過去っす」
「そうだ、最高って言え! 気合でなんとかなる! ほら、さーいこう! さーいこう!」
「いや、ははっ。なんか必死っすね」
「『必死っすね』!?」
ガルダはイスから転げ落ちんばかりにうろたえた。
「貴様、本当にどうした? なにがあった?」
「いやあ……」
竜の像に雷が落ちて、その破片が頭に刺さり、聞いたこともないスキルを手に入れて心が読めるようになった。こんな話、荒唐無稽がすぎるし、第一――。
「もうやめます」
「な……!」
大口を開けたまま固まる。
「ま、待て待て。慌てて決めることはないだろう? せめて今日の仕事は終わらせて、それから明日にでもゆっくり話をしようじゃないか」
”今日は夜にバーのベリーちゃんと約束があるんだから、仕事を残されていったら敵わん”
俺はさらに冷めた。最近ちょくちょく夜に出かけると思ってたら、仕事ではなく飲みに――しかもお気に入りのホステスに会いに――行っていたのだ。
――もう無理だ。
見下げ果てた。このひとの下で働くことなどできない。
「もう決めた」
執務室を出ようとする俺に、ガルダが大音声で言った。
「け、契約がある! あと二ヶ月もだ! 履行しなければ前科者だぞ!」
勝ち誇ったように笑うガルダ。俺は「はあ……」とため息をついたあと、笑みを返して言った。
「ベリーちゃんのことは奥様に黙っておいてやる」
「な、ん……!!」
「じゃあ」
驚愕に目を見開くガルダに背を向ける。
「ま、待て! 待ってくれ!」
「まだなにか?」
「こ、これ、これを……」
机の引きだしを引っかき回し、俺になにかを差しだした。
それは紙の帯でまとめられた札束だった。見たこともないような厚みだ。何十万、いや何百万ミラあるだろう。
「これを受けとってくれ」
「受けとる理由がない」
「きゅ、給料だ。いままでの分。――な? そういうことにしておけ」
と、顔中ににやにやとした笑みを浮かべる。
――買収か。
もうなぜこいつを尊敬していたかすら思い出せない。
俺は札束から紙幣を八枚抜きとった。
「先月分だけでいい」
「もっと持っていっていいんだぞ。ほら」
「いや」
汚い金など誰が受けとるか。
「密会のことを言うつもりはないから安心しろ」
ガルダはまだなにやらわめいていたが、俺は無視をしてそのまま屋敷を出た。
俺は自分の手に意識を集中した。視界の端にステータスが映る。
【職業】無職
律儀に書きかわっていた。
「はっ」
俺は思わず笑ってしまった。
職は失ったが、俺の心は晴れ晴れとしていた。青空を見あげて背伸びをする。
「さて、どうするかな……」
俺は自由になった。しかし自由すぎてなにをすればいいのか、なにになればいいのかわからない。
そもそも俺にはやりたいこともなりたいものもない。生きるのに必要なお金と愛する家族さえあればそれでいい。ささやかでありふれた日常――それだけが俺の求めるものだ。
そのとき山河亭主人の言葉を思いだした。
『あんた頑張り屋みたいだし、王都に行ったほうが報われると思うぜ』
――王都か。
そこに行けばなにか見つかるだろうか。
「よし、決めた」
まず王都へ行く。これからのことはそれから決めよう。
大きな期待と小さな不安を胸に
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