学生の無計画な旅。

@yugamori

第1話

「何時間歩いてんだよマジで!!!」

 俺の大声が大空に広がっていった。地平線の先まで続く草原と一車線の道路には、人の姿も車の形もなにもない。ひとつも。

「なあ……おまえのもやっぱ反応しねえ?」

 ユウトは半開きの目でスマホを握りしめながら、真っ暗な画面を凝視している。

「なんで二人とも動かなくなんだよ……。フル充電してたし充電切れじゃねえよな? つうかなにが北に向かって歩けばとりあえず涼しくなるだよ! 真夏の炎天下が変わらずキツイだけじゃねえかよ!!!」

 暑さのせいで苛立ちが募り、汗まみれのTシャツでさらに不快感が上がるだけだった。

「ホント……。車道沿いに歩いてりゃ車だの民家があるかと思ったら、すげーな。数時間歩いてなにもないってここどこだよ。途中から異界にでも迷い込んだのか?」

 ユウトが自分で言って無感情に笑った。まったく笑えなかったが、そんな冗談の一つも言いたくなるくらいになにもない場所だ。

「いやマジでさ……これ体調が心配になんぞ。脱水になったら本気で笑えなくなるしよお」

 帽子を目深にかぶりながら、空を眺めた。ムカつくほどの晴天から眩しすぎる太陽がクソ厚い光を降り注がさている。もし目の前に降りてくるなら本気で殴りつけたいと思った。勝てる勝てないとかそんな問題じゃない。腕が溶けるとかそんな話じゃない。ただただ殴りたい。

「……つってもじっとしてたら体力もってかれるだけだし……なにか見つけるまでは歩いた方がいーだろ。どっちみち体力もってかれんだからな」

 二人で黙って歩き出した。倒れる前に本当になにかに巡り会えることを祈りながら。ふつうなら祈る願うなんてめちゃくちゃ嫌いだしバカにするけど。追い詰められたらなにかに頼ろうとしている自分にも嫌気がさした。

「……そんなこといってらんねえ」

「なにが?」

「……なんでもねえ」




「……すげえ空だな」

 日が暮れて歩く気力も失せたまま、二人して満天の星空に向かい合って倒れこんだ。口を開けたまま二人で空を眺める。

「もう歩けねえよ。もう歩きたくねえよ」

「ノリでトラック下ろしてくれって頼んだどっちだっけ?」

「なあ……ここにきて犯人探しなんてしたら殴り合いになるだけだと思うんすけど」

「マズかったよなー。なにもないぞこの先って言ってくれてたのにさあ」

 しばらく沈黙が続き、ユウトのでかいため息が聞こえた。

「そういうの望むところだってテンションだったけど本気でなにもないじゃねえかよ。滅びたのか地球?」

「もう水も切れたしマジで危ないよな。脱水になったら命の危機あんぞ」

「考えたくないこと口にしやがって」

「……キレイだな」

「んだよ熱中症でホモに目覚めたか」

「……? は? ……ああ、おまえにキレイだなって言ったってノリかよ……。明日もそういう冗談かませる余裕ありゃいいよな」

「……本当にキレイだよな。街からじゃこんなの見えねえし」

「……」

「……」

 草むらの上でいつのまにか二人とも眠り込んでいた。あたりからは虫の音が響き渡り、どこまでも星空が無数に広がっている。




 陽の光で目が覚めた。そんな映画のような起き方ができて爽やかな気分だったかといえばそんなことは一切なく、炎天下が蘇ってキツイというのが起きて一発目の感想だった。それでも日が昇ってすぐの草原は、まだ涼しいと感じられた。

「起きた?」

 隣を見るとユウトが座ってどことなく景色を眺めていた。

「起きるだろこの暑さ」

「同じ起き方だな……」

「何時だろいま」

「いま……いや、くそ、いつものクセで……」

 スマホの画面を見たままじっとしているユウトを見て、俺たちがいかに普段からこれに頼っているかがよくわかった。スマホもなけりゃなにもできないくせに、なにが無謀な旅だ。現にいまも、時間を確認するためだけに、使えないとわかっているスアートフォンを無意識に取り出してユウトは眺めた。バカにはできない。俺だって同じことをするだろう。

「……使えるぞスマホ」

「……は?」

「……おまえのは?」

 慌ててポケットからスマートフォンを取り出した。画面を触る。時間とともに気に入っているバンドのジャケ写が表示された。

「……やっぱこのアルバムいいよな」

 言いながら、スマホの壁紙にしている洋楽バンドのジャケ写をユウトに見せた。

「ほんと最近まで洋楽聞いたことなかったくせにかぶれやがって」

「いいもんはいいだろ」

「教えるまでバカにしてたくせに洋楽聞くやつのこと」

 二人してスマホをポケットに入れて、空を眺めた。晴天がうっとうしくないと感じたのは久しぶりに感じた。使えなくなっていた理由を二人してスマホで調べたところ、炎天下に晒され続けると熱で使えなくなることがあると書いてあった。二人ともポケットにスマホを入れたままだったのがマズかったのだろう。

 たしかにこんなに長時間直射日光にさらされ続けたことなんて、ガキの頃からなかった気がする。街でそんなトラブルに陥らないのは、すぐ涼しい建物に入れるからだろう。おそらく夜になって機械が冷却されて使えたんだ。そう考えるといつ使えなくなるのか不安になり、それをユウトに告げ、慌てて電話をかけた。なぜか警察に。




 迎えに来たパトカーに乗せられて、近くの、といってもかなりの距離走った町で降ろしてもらった。話によると、あの道を歩いてもまだ数時間は人里にはつかなかったらしい。マジで身が危なかった。

「若干死ぬ思いをしてパトカーに乗せられるってなんだよこの経験」

「思い出には残りそうだよなこれ」

 そうだなとおたがい頷きながら、喫茶店で水をしこたまがぶ飲みしてかき氷をがっついた。そんな一気に氷が食えるわけもなく、二人して頭を痛めて苦しんだ。

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