第11話 暗雲

二振りの刃が、レックイットの背後からビーストを突き刺した。


鎧の無線は一瞬ノイズを発するや、それから信号の発信を停止した。


「UGAAAAAAAHHHHHHH!!!!!!!」


赤熱する刃はレックイットのフレームを、そしてビーストの肉体を内側からグツグツと煮えたぎらせる。


ヤイバはそこにさらに力を加えると、凄まじい炸裂音と共に赤い爆発を引き起こした。


周囲に肉片が、ぽつぽつと散らばっていく。


隊員たちは、装甲の赤色と血液の黒く濁った赤色のグラデーションに彩られたヤイバを、呆然と見ているだけであった。


さっきまで仲間だったもの、そして敵だったものが散らばる惨状を、十数年生きてきただけの彼らが形容する言葉など存在しなかった。


「......は.........」


「嘘.........」


まだらに言葉が発せられる。


「や....だ......もういやだ.......!」


帆霞の怯える声に反応するかのように、ヤイバが体をよじる。


「ひ.....っ!?」


思わず機体を反転させ、ヤイバに背を向けて駆けだす。


「綾瀬さん!?」


「やだ.....死にたく.......死にたくない.....死にたく......!」


ヤイバはその方向に片手を突き出すと、指先から細いものが、触手のような何かが伸びる。


そしてその触手はワイルドスタイルの足を絡めとり、転倒させた。


無線からも大きな振動が伝わってくる。


「あ.....!?動かない、どうして、どうして!?」


帆霞はパニックで、自分が地面に横たわっていることも認識できていないようであった。


数本の触手はその機体をいとも軽く持ち上げると、足だけでなく全身にそれを伸ばし始めた。


帆霞の機体は逆さ吊りの格好となって、フレームから金切声を発せられる。


「やめろおっ!!」


RQハウンドのウインチが射出されるも、ヤイバはもう片方の腕を絡ませて受け止めた。


「離せ.....っ!」


足を地面にめり込ませてワイヤーを引っ張る。も、ヤイバは異常な力でもって尚も立ち続けていた。


「離しやがれッ!」


ストーミィ・シーがスピアで斬りかかるが、ヤイバがウインチに絡まれた腕を一振りすると、RQハウンドを吹き飛ばしてそれを防いでしまう。


バランスを崩し、土埃をあげながら倒れる2機。


「ぐうっ!?」


「うわあっ!!!」


すでにワイルドスタイルは、強い締め付けにより、今にも弾け飛ぼうとしていた。


「ねえ!出れないよ!誰か助けてよ!!!」


無線から聞こえてくるは、装甲やコックピットのひしゃげる音、そして帆霞の悲痛な叫び。


「うわああああああっ!!!!!!」


フルスキャナーは通常弾を乱打するも、アウェイクニング・バリアーの前にあえなく防がれてしまう。


「やだッ!?死んじゃうよおッ!!!宝!!!助けて!!!!!」


...刹那。


ワイルドスタイルは、鮮血を撒き散らしながら破裂した。


血や装甲の欠片は木々や他の機体をかすめ、周囲を赤く染めた。



『ARM-E005 綾瀬 帆霞 通信途絶』


「バカな.....!」


催馬は目を大きく見開いた。


「ヤイバの出力、そして装甲の材質からしても、あれしきのことで機体が崩壊するなどありえない.....!」


「.....だが、起きてしまった」


「......」


「地獄の釜が開いた、か......」



残った隊員がヤイバの方に視線を向ける。


その手には、銃が二丁携えられていた。


これもまた、設計上はありえないことであった。


銃口が残った機体に向けられる。


「逃げろッ!!!」


疾都の叫びに反応して、由利と宝も散開し、砲撃を回避した。


2つの火球が着弾すると、柱を立てるように吹き上がり、辺りの木にも火をつける。


「やめ.....ろ......」


頑汰は体を強く揺さぶられながらも、朦朧とした意識の中、ヤイバを制止しようとする。


しかしヤイバは、虫けらを見るような目でそれを見下ろすや否や、足を上げ、RQハウンドの背中へ振り下ろした。


「が.....っ」


何度も、何度も踏みつけると、とどめと言わんばかりに頭を踏みつぶす。


べしゃり、と音を立てた頭部ユニットは、半分ほどの大きさになっていた。


「.....満足したか」


疾都の語り掛けに、ヤイバは振り向いて応える。


『こちら司令部。命令だ、それの機能を停止させろ』


「一ノ宮と俺で動きを止める。芒がとどめを刺せ」


「りっ.....了解!」


疾都が冷静な声色で作戦を伝えると、由利と宝も思わず返事をした。


すかさずフルスキャナーは、残ったわずかなエネルギーで高電導トリモチ弾を合成してヤイバの足元に射出すると、ハイド・シークはそこにマキビシを仕掛ける。


そして眩い閃光と共に、ヤイバは武器を落として動きを止めた。


「やあああーーーーっ!!!!」


サクラフブキはヤイバの正面から薙刀を振り下ろす。


も、手ごたえがない。真剣白刃取りの要領で受け止められてしまっていた。


「なにっ!?」


しかしヤイバはそれによって完全に身動きのできない状況。


「終わりだッ!」


疾都はそれを見逃さず、手裏剣を投擲。


それは紫電を纏いながらヤイバめがけて飛び、その首を切断した。


火花を吹き出しながら、コックピットを射出し、地面へと倒れこむ。


...ヤイバは完全に、その機能を停止した。



空は黒々とした雨雲に覆われ、降り注ぐ雨が炎を消し、灰を洗い流す。


眼前には無数の残骸があちこちに転がる惨状。


しかし残った隊員はそれに何かを思う気力すら残されておらず、ただ茫然と立ち尽くしていた。


『任務完了。動ける者は直ちに帰投せよ。残ったものについては回収部隊を回す』


「なんで、こんなことに.....」


由利が思わず言葉をこぼす。


「.....これが、アームヘッドだからだ」


疾都がそれに応える。


「これが、俺がアームヘッドを滅ぼさなければならない理由だ」


その言葉は無神経なようにも聞こえるが、確かな彼の決意でもあった。


宝はそれに、黙って拳を握りしめることしかできなかった。



数日が経った。


しかし先の任務は尚も、隊員たちの心に暗い影を落とし続けていた。


彼らを慮った上層部は急遽、1週間ほどの休暇を与えたが、宝は数日間も自室にこもりきりだった。


灯りも点けずに、数日間。


端末を操作すると、検索エンジンには女友達と遊びに行く時にどうすればいいかについてや、身だしなみのことを調べた履歴。


トークアプリには、以前食堂で帆霞と会ったときに撮った写真。


見れば見るほど、失った物の大きさ、自分の無力さに押しつぶされる。


しかし何故だか、帆霞との思い出を見返さずにはいられなかった。



「宝のやつ、今日も出てこない」


「そうか.....まあ、無理に引っ張り出しても悪いしな」


広間では、隊員が互いにねぎらうための、簡単な会のようなものが行われていた。


メンバーは亜季、陽、ナナ。


そして、由利の分のグラスも用意されていた。


「芒さんは?」


「頑汰の見舞いだ...全く熱心なこったな」


「あーそう、確かにあの2人、よく話してたもんな...」



話は、先の任務についての話題になった。


「...なんで、あいつが死ななきゃいけないんだろうなあ」


亜季がしみじみと呟く。


「ごめんね、私、気失ってたみたいで、なんにもわかんなくって」


ナナはコップを両手で包むように持ち、申し訳なさそうに答えた。


「いや、それ言ったら俺もそうだし...まあ、しょうがないよ」


「確かにバカだったが.....憎めないやつだった」


「そうなんだよ、悪い奴じゃあないんだよ。


....あいつが救ってくれなきゃ、俺はここにいないと思う」



「....柱田さん、これ」


「ありがとう、芒さん」


病室の頑汰に、由利が栄養食や菓子を手渡す。


「どれどれ....いててっ」


「大丈夫ですか!?」


「うん....不思議だよね、ないのに痛むんだ。先生に聞いたら、幻肢痛って言うんだって」


頑汰は、膝から先のなくなった右足をさする。


「情けないよね。友達を守れず、2人も失った上に、何もできないこの体で実家に帰らないといけない」


「そんなこと...っ!それなら、私.....!」


「いいや、芒さんは立派にやってる。.....ありがとう、今まで」


「そんな....うう....っ」


由利は膝から崩れ落ち、泣いた。


彼女の髪を、頑汰はそっと撫でた。



「失礼する」


「副指令。...彼はまだ、意識が戻りません」


検査室のベッドには、依然として英一が意識を失った状態でモニタリングされている。


「...本当に、異常はないんだな」


「ええ、健康そのものです。神経回路の汚染も認められません」


諸々の数値も、安定を示している。


「ただ....どうやら、夢を見ているようなのです」


「夢?」


「ええ。...しかも、その波形パターンを解析したところ、彼の搭乗機体....ARM-E001に使用されているコアから発せられる波形と、よく似ておりまして」


「......」



レイジング討伐任務の、その直後。


財前は催馬を会議室に呼びつけていた。


「やあ、今日はお疲れ」


催馬が缶コーヒーを手渡す。も、財前はそれを払いのけ、催馬に掴みかかった。


「どういうことだ....!」


思わず缶を落としてしまう。


「安全性は認められたんじゃなかったのか.....!」


「そのはずなんだがね、思わぬ脆弱性といったところか.....まあ、技術の進歩に犠牲は付き物だ」


「犠牲だと....!?」


財前は催馬を強く押すと、催馬は尻もちをついて倒れこんだ。


「子供が死んだ!2人もだ!」


「その子供を戦場に送り込んでる君が言えたことかい?」


「貴様.....!」


催馬は白衣の襟を正しながら立ち上がる。


「私だって悲しいし、反省もしてるさ。自分の無力さを他人にぶつけたりはしないがね」


「.....」


「私はやれることをやる。君もそうしろ」




「.....思い出すね」


「何か?」


「いや、こっちのことさ。


...キミは、失った物について、自分にもっと力があれば...って、思ったことはあるかい?」


「...後悔している余裕はありません」


「そうか...強いな」


催馬はいつも飲んでいる銘柄の缶コーヒーを、疾都に手渡す。


「...ありがとうございます」


「...報告を読んだことがある。秘匿レベルが高く、滅多なことじゃ読めない代物だ」


修理中のヤイバを見上げながら、語り始める。


「純度の高いアームコア、相性の極めて高いパイロット。この両者が組み合わさると、稀に発生するらしい....."融合"が」


「それは、つまり」


「ああ。エッグスシステムに組み込まれるコアは曰く付きでね。好き嫌いが激しいんだ」


「...配属前の、身体検査。あれは」


「コアのためのお見合い、というやつさ。その中でも朔間くんは特に体の相性が良かったらしい」


「......」


「...失礼、少々喋りすぎたね。まあいいか、僕はキミを見込んでるんだ」


「......」


「この計画は国益のためなんかじゃない、ある男の狂気の産物さ。.....キミも、飲み込まれるなよ。力に」


疾都は顔をしかめながら、ヤイバを見上げる。


その眼には、またも禍々しい光が灯っているようだった。

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