第10話 悪魔

「002、位置につきました」


「こちら偵察部隊、配置完了」


『分析チーム了解。距離を保って偵察を続けてください』


隔離エリアA7。


ビーストの存在が確認されてから、ほとんど人間による手が加えられていない場所。


もはや巨大な廃墟とも呼べるその地区にて徘徊を続ける特異ビースト、通称"レイジング"を囲うように、偵察部隊の5機のアームヘッドが配置されている。


そして、少し離れた位置にARM社の分析チームによる臨時のベースキャンプが設置されており、偵察部隊からの映像をリアルタイムで解析する。


偵察部隊の周囲を何やら影がうごめく。


「何だ?」


「ビーストを確認!」


偵察部隊はいつの間にか、二足獣型ビーストの群れに囲まれていた!


「どうする、続けるか!」


あくまで偵察が任務ではあるものの、いざという時のために、対ビースト用フィジカル弾の試作が支給されていた。


『いえ、下手な戦闘はレイジングを刺激しかねません』


「了解、牽制しつつ後退する!」


隊員の一人がレイジングのいた方向に目を向ける。


「...隊長!レイジングが!」


「何!?」


移動スピードから考えても目視できない距離までは移動していないはず。しかしそこにレイジングの姿はなかった。


すると無線に何かが破壊されるような音が響く!


「005、ロスト!」


005、と呼ばれる隊員のいたはずの地点。


そこには、腕を引き千切られた005の機体と、レイジングの姿があった!


「UGRAHHHHHHHHHHHHHHH!!!!」


「いつの間に!?」


「各自アンカーショック射出!そして一斉掃射!雑魚は相手にするな!」


「うおおおおおお!!!!!!」


4機の錨型筋無力化装置が、レイジングを釘付けにする!


そして小型ビーストの猛攻にも怯まず、フィジカル弾の乱射!


...が、しかし。


「SHHHHHHHHH......」


「バカな.....!」


対ビースト用フィジカル弾は、強烈なスクリューにより対象にめり込み、ビーストの皮膚組織に反応して爆発を起こす仕組み。


しかし、放たれた弾丸はレイジングの体にめり込むのみで、致命打を与えてはいなかった。


「GAAAAAAHHHHHHH!!!!!!」


レイジングの激しい雄叫びと共に、アンカーショックの電流がアームヘッドに逆流する!


痙攣しながら機能を停止するアームヘッドたち。


「フレーム筋組織ダウン!」


「助けて.....助けてくれええええ!!!!」


モニターからアームヘッドの装甲が砕け、フレームが断裂する音、そして隊員たちの悲鳴がこだまする。


その惨状を直視できる研究員はごくわずかだった。



「...以上が、偵察部隊から送られてきたデータの内容である」


対レイジング用の作戦会議。


エッグス部隊の隊員たちも、神妙な面持ちでそれを見つめていた。


彼らも決して楽な道をたどってきたわけではないが、この事態が尋常でないことは皆感覚で理解していた。


「そこで、我々作戦本部が考案した作戦はこちらです」


作戦図がスクリーンに投影される。


「第二小隊が小型ビーストの対処、レイジングとの交戦は主に第一小隊に担当してもらいます」


鎧が顔をしかめる。


「恐らくレイジングはアームコアを探知することが可能であると思われます。しかし、ジャマーを使って仲間の位置を把握できなくなるリスクを負うより、積極的に攻勢をかけていくのが賢明でしょう」


「...ここまでで、質問のある者はいるか」


財前の問いかけに手を挙げたのは、宝だった。


「一ノ宮隊員、言ってみろ」


「...その、お言葉ですが.....本当に僕らの機体の出力で、倒せる相手ですか?」


「...理論上は、な。あとはお前たちの底力次第だ」


「それよりさあ!」


話の腰を折るように、鎧が声を張り上げながら立ち上がる。


「何で俺たち、雑魚のお守りなんだ!?第一が主役みてえに!」


「これまでの戦闘を分析しての結論だ」


「っ...!」


「分かったら座れ」


「俺らの方が下ってか....!」


鎧は渋々、といった様子で席に着く。


「それでは両隊の話し合いの時間を設ける」


スクリーンを、財前と作戦担当の隊員の影が横切っていった。



「おい朔間、俺はまだてめーらを認めてねえからな?」


鎧の一言によって、場に緊張感が走る。


「おい、よせよ!」


「ガキじゃねーんだ。座っとけ」


「覚えてんだろ、訓練のこと!またジャマされんぞ!」


亜季と陽の制止にも応じる様子はない。


一方、由利の表情は未だ暗いままだった。


英一が立ち上がる。


「...俺と班長に、文句があるのか?」


思わず由利も、英一の顔を見上げた。


「そうだ!てめーと芒さん....に文句はねーが......」


「まあまあ襟立くん、一回座ろうか」


頑汰が鎧を席に着かせる。


「ねえねえ狩矢くん、結構アームヘッドに詳しいでしょう!?」


疾都と共にARM社に出入りしているナナが問いかける。


「アームヘッドと俺たちのシンクロ深度。それは任務の度に上昇傾向にある。


が、今の数値でレイジングを越えられるかといったら微妙なラインだ」


疾都もそれに応える。


「任務中、不思議な感覚を感じたことはあるか?


...それは『調和』と呼ばれている...それぞれがその能力を発現できれば、あるいは...ってところだな」


「おー、さすが!」


「俺の"ラースボルケーノ"もそれか!?」


「だから名前ダサいんだよ、それ」


確かに、その現象に心当たりを感じている隊員は数名いた。


窮地に追い込まれたとき、それを乗り越える能力。


しかしこの発言は同時に、その感覚を知らない隊員の内心を焦らせるものでもあった。


「僕、その感覚知らないなあ...」


「そうそう、ウチも!」


「俺が知るか、それよりうちの班長は何も言わないのか」


「!」


突然の呼びかけに、由利は思わずハッとする。


「はあ、何その態度!色々気に入らないんだけど!」


「まあまあ綾瀬さん、一回座ろうか」


「...はあい」


由利が重たい口を開く。


「...その『調和』ってやつ、もしかしたら私も知ってるかも...


でも、コントロールできるならまだしも、それっきりだったから、頼りにするには危ないと思う。


だからそれより大事なのは、役割分担はあるけど、お互いに庇いあうとか、もっとチームワークを深めようよ。...こういう、言い争いじゃなくってさ」


「...そうそう、やっぱり助け合いが大事っすよねー、芒さん!」


「お前が言うか」


英一が、やや不安げに自分の意見を語った由利に目配せをする。


由利もそれに気づき、微笑む。


その顔は、若干ながら、前までの晴れやかな表情を取り戻しているようでもあった。



『エッグス第一小隊及び第二小隊、各個出撃準備されたし。一四〇五出撃開始、一四一五作戦行動開始。.....』


「ねえ、ウチ、出たくないよ...」


帆霞が宝のパイロットスーツの裾を掴む。


彼女にしては珍しい弱音であった。


「ウチでもわかるよ、あんなの勝てない....」


「...大丈夫だよ」


宝が優しく語り掛ける。


「僕、頑張るよ....頑張って、皆を守るよ。綾瀬さんのことも」


「宝....かっこよくなったね」


帆霞が、赤く染まった宝の頬をなでる。


「帆霞ちゃん、一ノ宮くん!ちょっと集まって!」


由利の号令がかかる。


「あっ!...はーい!」


帆霞の手が離れる。


宝の頬に、熱が燻る。



第一小隊が円陣を組むように集う。


「今回の任務は、たぶん今までよりも厳しいと思う...


でも、絶対に生きて帰ろう。わかった?」


由利が手を前に出す。


英一、帆霞、やや遅れて宝が、その上に手を重ねていく。


「返事!」


「「「了解!!!」」」



「朔間くん」


「?」


由利が英一を引き留める。


「何か...いろいろとごめんね」


「?何が」


「いやさ、私ってなんでこんなに頼りないかな~って。


...でもさ、もう少しだけ、頑張らせて」


「...ああ。


...でも、何かあったら誰かに言いなよ。俺でもいいしさ」


「うん。...ありがとう」


『これより出撃準備に入る!隊員は至急乗機に搭乗せよ!』


「...じゃあ」


2人はそれぞれの機体に向かっていった。



『ARM-E001 SYNCHRONIZED』


英一は思わず深呼吸する。


アームヘッドと同期する際の、暖かな感覚。


脳裏に浮かぶ悪魔の影とは裏腹な、体の芯から湧き上がる感覚。


しかし、尚もヤイバは英一に語り掛ける。


『お前は、勝つことはできない』


『お前は、誰も救えない』


『それを望まぬなら、身を委ねるがよい』


(.......)


徐々に強くなるその声。


英一は、それを気にしていないように振る舞うので精一杯になっていた。



10機のアームヘッドが並び立つ。


恐ろしい怪物を、悪魔的な脅威を打ち砕くために。


「第一小隊、出撃完了」


「第二小隊、出撃完了」


眼前には既にビーストの群れ。


もはや引き下がる道は残されていない。


「ブースター最大出力!全隊、前進!」


「了解!」



「らあああああっ!」


陽のストーミィ・シーのスピアがビーストを薙ぎ払う!


「おおおおッ!」


鎧のレックイットのバルカン掃射がビーストの群れを襲う!


「くっ....!」


頑汰のRQハウンドは小回りの利きづらい機体のために、複数体のビーストに組み付かれてしまう!


「こうなれば...!」


『AWAKENING BARRIER DESTROY WAVE STANDBY』


「こうだっ!」


「GYAAAAHHHHH!!!!」


RQハウンドから発せられる衝撃波が、ビーストたちを焼き焦がしながら吹き飛ばす!



「これ以上は....!」


「えいっ!えいっ!」


亜季の4WDヘッドがビークルモードでビーストたちを引きつけ、ナナのコンタクターがそれに搭乗し応戦する。


『二人とも、離れすぎだ!戻れ!』


「んなこと言っても...こいつら速すぎる!」


いくら小型といえども、その脚力は凄まじいものであった。


必死で逃げる2機であったが、その前方に突如としてレイジングが姿を現す!


「嘘だろッ!?何でここに....!」


「UGAAAHHHHHH!!!!!」


レイジングは大きな腕で4WDヘッドを捕らえると、ちゃぶ台返しのように投げ飛ばしてしまった!


「うあああああっ!!!」


「きゃああっ!」


2機は重なるように墜落!



「4WDヘッド、損傷35%!コンタクター、損傷25%!」


「....僕らはとんでもなく恐ろしいものの相手をしているらしい」


「...ああ」


管制室にて、財前と催馬が息を呑みながら見守る。


「あれは現状の我が国において最大の戦力。


もしそれで敵わないとなれば.....」



「はあッ!」


疾都のハイド・シークが爪先のニードルを展開、レイジングに切りかかる!


「ぐッ!?」


しかしそれを掴まれ、へし折られてしまう!


『SCANNING・・・』


離れた場所から、宝のフルスキャナーがビーストの弱点を狙う。


「ここだっ...!」


そのライフルが狙う箇所。それは偵察部隊との戦闘で対ビースト弾が撃ち込まれた部分であった。


着弾、そしてレイジングの肉体が爆ぜる!


「AAAAAAAAGHHHHHH!!!!!!」


レイジングの装甲が剥がれ、表皮が露になった!


「みんな、あそこを狙って!」


「うおおおッ!!!」


すかさず英一のヤイバが追撃!


しかし、怒れるビーストが乱暴に腕を振り回し、ヤイバの頭部に直撃してしまう!


「ぐああああああっ!!!!」


その凄まじい威力に吹き飛ばされ、ヤイバは木を数本巻き込みながら倒れる!


しかしレイジングもただでは済まない、少しよろけた隙に帆霞のワイルドスタイルが顔に飛び掛かり、由利のサクラフブキが薙刀を振り下ろす!


「にゃーーーっ!!!」


「たあああああっ!!!!」


「GAAAAAAAAHHHHHHHHH!!!!!!!」


レイジングの片腕が切断され、苦痛ゆえかのたうち回る!


思わず振り落とされる帆霞の機体。


「やった....!」


しかし喜びもつかの間、レイジングの様子が変わり始めた。


動きが収まったと思うと、肘より先の無くなった片腕が蠢きだす。


「嘘....」


まるで軟体動物のような触手が、その断面から生えてきていた。


「おいおい、隠し玉かよ!?」



全員がレイジングに気を取られている間。


英一は暗闇に閉じ込められていた。


ヤイバの機能が停止、ディスプレイも暗転してしまっていたのだ。


破壊された頭部からの火花が降り注ぐ。


コックピットから透けて見える範囲でも解る異変。


英一は、それをただ見ていることしかできなかった。


「くそっ....!どうしてだ....?」


いくらコンソールを操作しようと、操縦桿を動かそうと、依然としてヤイバは沈黙を続けている。


頭の中に、またあの声が響く。


『奴らを助けたいか?』


『救うための、力が欲しいか?』


「俺は....!ただ......!」


これでもかと、操縦桿を動かし続ける。


『お前には救えぬ』


「じゃあ、どうしろって言うんだよ!?」


『ただ一つだ』



『我に身を委ねよ』



既に相当の時間が経過していた。


止まぬビーストの猛攻に、エッグス部隊は完全に疲弊しきっていた。


「きゃあああっっ!!!」


レイジングの触手は凄まじい力と共にサクラフブキとワイルドスタイルに向かって伸び、2機の武装を解除する。


フルスキャナーのライフルがカラカラと鳴る。


「エネルギー切れ....!?」


「ったく.....俺が行くしかねえだろッ!!」


「おい!よせ!」


レックイットはレイジングに方向転換、前進する!


「おらあああああッッッ!!!!!」


左腕による正拳突きが炸裂!


その腕を掴まれるも、すかさずパイルバンカーを連打!


「てめええええええええッッッッッッ!!!!!!」


組み合う両者。


するとその後方から、何かが向かってくる。


ヤイバの機能が回復したのだ。


「朔間.....くん....?」


しかし、その様子は誰が見てもおかしかった。


黄金に輝くアームホーン。両肩から生える、禍々しい色の角。赤色を示すインジケーター。



「ヤイバ、再起動!」


「何なんだ、この数値は.....?」


「...どういうことだ」


声色が変わった催馬に、財前は訝しげに尋ねる。


「シンクロ率、異常上昇!」


「強制射出システム、使用不可!」


「こいつは、傑作だ....は....ハハハ」


「...おい、何が可笑しい?」


彼の狂気的な笑みは、果たしてこの状況がそうさせているのか。


財前はただ見ていることしかできなかった。



『ウ....オオオオオ.......』


ヤイバのフレームの軋みが、さながら咆哮のように辺りに轟く。


黄金に輝く両腕。


通常、プロトデルミス欠乏を防ぐために1基しか装備できないカタナブレイカーを、それぞれの手に1基ずつ、計2基装備していた。


レックイットの背後に歩み寄るヤイバ。


「おい!下がれ!離れろッ!」


異変を察知した陽が叫ぶ。


「こいつだけ....!仕留め.....ッ」


レックイットの調和能力により破壊されたレイジングの肉体から、白煙が昇っていた。


それは惨劇への狼煙か。


二振りの刀が、レイジングの体を貫く。


...鎧の機体さえも、巻き込んで。

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