第9話 予感

『対人想定戦闘シミュレーション 朔間 英一 隊員』


『操縦桿を操作し、訓練を開始してください』


眼前のディスプレイに文字が表示される。


しかし、英一が操縦桿を握る手は少しぎこちない。


最近、ヤイバに乗る際に、夢に見るあの悪魔の声が聞こえてくるようになったからだ。


(これはヤイバじゃないから大丈夫...だよな)


恐る恐る操縦桿を握る。...何もない。


安堵した英一は、息を再び整えてから訓練に臨んだ。



「言われたことはできているようだが、要所に隙が見られるな。細かいところも気を抜くなよ」


「...はい」


英一は納得いかない風に答える。


教官もそんな英一を一瞥するが、特に何も言うことはなかった。


「次、芒!」


「はい!」



由利も同様に、対アームヘッドを想定した仮想訓練に臨む。


敵は、極めて平凡な兵装を備えた量産機。


戦闘も、普段の訓練で習うような定石の行動パターンが主で、それほど予測の困難な攻撃を仕掛けてくることもない。


普段の由利の成績でいえば、特に失敗するような要素もなかった。


(これが、アームヘッド....人の動き、ビーストとは違う)


(でも、やることは変わらない)


(戦って、誰かを守る)


次々に攻撃を繰り返してくる相手に、由利は冷静に対処する。


しかしなかなか反撃に転じることができない。


(誰かを守る......)


(あっちにも人が乗ってる、兵士が乗ってる)


『こうして誰かの家族や居場所を守ってるって思うと、やっぱりこの道を選んで良かったな、って思うんだ』


(誰かを守るために、兵士が乗ってる.....!)


「ああっ!!」


手元を狂わせ、由利の機体はあっという間にアームキルされてしまった。



「どういうことだ、芒!」


「......」


「いいか、救助活動とは違う!守ってばかりでは駄目だ、やらねばやられるんだぞ!」


「.....申し訳ありません、以後気を付けます」



その日の訓練終わり、英一は由利を見かけた。


広間の円卓に教本とノートを広げて、普段通り訓練の復習をしているようだったが、明らかに捗っていない様子。


何より、表情もいつもと違っていた。


他のメンバーと接する時の柔らかな表情とも、訓練の時の責任感に溢れたきりっとした表情とも違う、暗く冷たい顔だった。


「...班長、今日も復習?」


思わず声をかける。


「...まあね」


「あのさ...俺とかでよければ話聞くからさ、あんま思い詰めんなよ」


「...ねえ」


冷ややかな声が英一の耳を刺す。


「私って、そんなに頼りないかな」


「えっ」


「......ごめん、部屋、戻るね」


由利は勉強道具を抱えて広間を後にする。


英一は引き留めることなく、ただその後ろ姿を見送るのみであった。



「お隣、空いてます~?」


「はい!?」


「ひひっ」


20時を回り、すっかり誰もいなくなった食堂。


遅めの夕食を食べていた宝に声をかけたのは、帆霞だった。


「いやー、今日の訓練けっこう汗かいたじゃん?シャワー浴びたいじゃん?んで、こんな時間になっちゃった、的な」


「そっか.....」


「宝もずいぶん遅い晩飯だね、ってかさっきのビビりすぎ、笑える!」


「そりゃ、後ろから急に声かけられたら、びっくりするよ」


しかし宝を緊張させていたのは、帆霞の風呂上りの熱気に、シャンプーの香りだった。



しばらく、食器の音だけが響き渡る。


宝がもうすぐ食べ終わるのを見計らって、帆霞が口を開く。


「あのさ、もうすぐ休みじゃん?」


「え....うん」


「ヒマなら、うちとどっか行かない?」


「...僕と?」


「ダメ?」


「いや、そんなことは」


宝は横目で一瞬、帆霞の顔を見た後、手元の食器に視線を逸らす。


「由利ちゃんはあんま誘ってよさげなフンイキじゃないし、かといって一人はイヤだからさ」


「そっか....でも僕と行ってもつまんないんじゃ?」


「そーいうのいいって!うちについてきといてくれれば」


話しながらデバイスを弄る帆霞。


急に宝に背を向けると、インカメラを起動したデバイスを上へ掲げた。


「わっ、何?急に」


「いーから」


シャッターが切られる。


ピースサインをする自分と、困惑した表情でカメラを見つめる宝の姿を確認した帆霞は、食器の乗ったトレーを持ちながら勢いよく立ち上がり


「じゃ、時間とか後で送るから!....今の写真もね」


と言い残し、去っていった。


(はじめてだ、こんなの)


宝の食器には、まだ一口分ほどの白米が残っていた。


それを口に含み、ゆっくりと噛みしめる。



隊員たちには、自分たちが暮らす寮の掃除も義務付けられている。


第二小隊の班長および副班長である陽、そして頑汰が、ある一角の廊下を担当していた。


とはいっても、比較的人通りの少ないエリアであったので、二人は掃除もそこそこに、夕日を眺めながら語り始めた。


「あのさ、この前の話だけど」


陽が口を開く。


小麦色の肌に日の光が揺れる。


「やっぱり俺、男とそういうのは....ってことでさ、ごめん」


「...そっか」


「でも別に、嫌だったわけじゃない!」


「...ありがとう。変なこと言ってごめん」


「...変わらず、チームの一員として頼りにしてるからさ」


「うん、ありがとう」


頑汰は表情を崩さなかった。


「...でさ、隣の班の班長...芒だっけ?その子の方がいいんじゃねーかって」


「芒さん?...どうして?」


「だって、真面目だし、頭もいーし、...最近、あんたのこと慕ってるっぽいし」


「そうなの!?」


「気付いてなかったのかよ」


頑汰は思わず、陽に振り向く。


と同時に、掃除の終わりを告げるベルが鳴る。


「...行くか」


「そうだね」


その場を後にする二人。すると陽が振り返る。


「...家族にも連絡してやんなよ。守るべきものがあるってのは、良いことだ」


「そうだね、ありがとう」



疾都、ナナ、ARM社ラボへ


「...なぜ、うちの隊員がここにいるんだ」


「なに、ちょっとした社会科見学さ!」


エッグス部隊副司令である財前は、新型ビーストに関する会議のためにARM社に出向いていた。


そこで、部隊の隊員である疾都とナナを目撃する。


「機体の開発にビーストの研究...この計画のために用意された人数だけでは正直手が回らなくてね。そこで機体の面に関しては、優秀な成績を収める彼らに手伝ってもらおうという訳だよ」


エッグス計画の主任である催馬は、悪びれた様子もなく、事のあらましを説明する。


「...せめて一言くれ」


「悪かったよ...さ、君たちからも意気込みを!」


「...俺が役に立てるかわかりませんが」


「ナナ、実家にいたころは結構機械とか触ってたんですよ!」


「ほら!やる気十分だ」


「はあ.....」



財前、催馬の二人が会議室に向かう。


「...なあ財前、隊員たちの素性は確認済みなんだろうね?」


「ああ。機密を任せるわけだからな...怪しい者はいなかった」


「そうか...でもあの二人、何か感じるんだなあ」


「は?」


「科学者の勘ってやつかねえ...あの年齢にしては随分優秀なんだ」


「そんなこと、よくあるだろう」


「確かに科学オタクってのはいるさ...僕みたいなね。でもあの二人、そんな感じじゃないだろう?」


「...何が言いたい?」


「いやなに、言ってみただけさ!」


「...これだから科学者という奴は」


「何か言ったかい?」


「言ってみただけだ」



スクリーンに映し出される、スクラップの映像。


それらは全て、エッグス第一小隊と共にビーストの監視にあたっていた部隊のアームヘッドであった。


「全滅、だと?」


「ええ。...生存者ゼロ、ドローンは無傷、この映像はそれによるものです」


「ちょっと目を離した隙に、ねえ....」


「続いて、こちらをご覧ください」


映像が切り替わる。


「こいつは...!」


それは、以前に現れた二足獣型ビースト。


しかし赤黒い皮膚のところどころに、青と白のラインが入った装甲のようなものが見られ、さらに手に引きずっている機体と比べるに、サイズは以前のものより大きいことが推定される。


「対象はこのまま、ポイントX方面に向かっていきました」


「ポイントX...あの遺跡か!」


「なんだか、きな臭くなってきたね」


得体の知れないビースト。


しかし、それには、彼らを焦らせる何かがあった。


「...どうされますか」


「...以降、このビーストを"レイジング"と呼称」


財前の言葉に力が入る。


「レイジングに対して、緊急の対策本部を設置。明日一六〇○、第一回会議を行う」


「ARM社としても、レイジングについての研究を第一に行う。...財前、軍の部隊を一個貸しておくれよ」


「わかった。向かわせる」



「狩屋、移井、戻るぞ!」


「へっ?」


2人を呼ぶ声に、思わず熱がこもる。


「お前たちは自分の調整を第一にしろ。...忙しくなるぞ」


普段からその語り口で恐れられているとはいえ、その様子は尋常でないことが発生した、と察せられた。


ここに、新たな戦いの火が、燻り始めた。

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