第8話 望郷

見渡す限りの炎。


街も、人も焼けた惨状の中、悪魔だけが嗤っている。


悪魔が問いかける。


「ここが、お前の居場所か?」


「え...?」


「お前の居場所はここではない。お前には使命がある」


「お前は身を委ねるだけでよい」


「さあ......」


眼前を、闇が覆い隠す。



「来るなっ!!!」


「わっ!びっくりした.....大丈夫?」


「えっ...あ、班長」


「いや、ただ交代の時間だから...」


「あ!...悪い、もう行く」


「何か顔色悪いけど...変な夢でも見た?」


「は?そういうんじゃ...」


「冗談。頼むね」



英一は急いでパイロットスーツを着込む。


(やっぱり、あの時の...)


英一は最近、しばしば不穏な夢を見ていた。


それは見覚えがあった。


エッグス部隊に入隊する前、"身体検査"を受けた際に、卵型の機械の中で見たビジョン。


そして日に日に、"悪魔"の呼び声は近く、大きくなっていた。



簡易的な宿舎を出て、英一は軽く背伸びをすると、周りにはすでに交代を済ませた隊員たちが立ち位置についていた。


「朔間です。遅れました」


「1分遅刻。...まあ動きはないがな」


このエリアの周辺に新たなアームビースト反応が見つかり、エッグス部隊第一小隊と現地の部隊による合同で監視の任務にあたっていた。


「市街地にビーストが現れ、第二小隊が応戦しているとのことだ。


あいにくビーストに太刀打ちできる装備は限られている、規模が広がれば出動要請もあるかもしれん。準備しておけよ」


「はい、了解です」



「こちらオペレーター、データベースとの照合の結果『AB-010 パラサイト』と確認」


「こちら柱田、了解」


市街地のど真ン中、アスファルトを巨大な花のような物体が突き破っていた。


「何かウサン臭いぞ、こいつ」


「『胡散臭い』って、においのことじゃねーぞ」


「こちらオペレーター、パラサイトについては情報が少ないのですが、想定される対策案を送信します。特に花には注意してください」


「こちら海原、了解した」


すると、その通信もつかの間、巨大な花がゆっくりと、その花弁を開き始めた....


「お前ら、構えろ!」


アームヘッドたちが武器を花に向ける。すると少しの沈黙のあと、花の中で何かがうごめき始めた。


そしてその"何か"が第二小隊のもとになだれ込んできた!


「おわーっ、虫!?」


「ちょっとー!ナナ、虫キライなんだけどー!?」


「騒ぐな!潰せッ!」



由利は、仮眠室の中で一人ごちる。


「仮眠ったって....」(眠いは眠いんだけどさー...)


最近、由利は不眠がちであった。


(こういうのも、ちゃんと相談した方がいいのかな?)


ふと、手元の軍用端末の電源をつけ、連絡用とは別の、隊員のみのグループチャットを眺める。


(あっ、この前の花火の写真...)


(...そういえば、こうして今までのことを振り返る時間、あんまりなかったな)



(実家、どうしてるかな...)


(未だに、ここは私の居場所じゃない、って感じる)


(私の居場所ってどこだろう?本当の実家はもうないし)


(私、本当にうまくやれてる?)


(お父さん、お母さん)


(周りの皆はどう思ってる?朔間くん、狩矢くん、一ノ宮くん、帆霞ちゃん)


(ほかのチームの人からも...海原さんとか)


(柱田さんって...すこしお父さんに似てるかも)


(.......)



(.......!......おい!)


「わぁっ!?」


叫び声で目を覚ますと、英一がいた。


「出動だって。第二小隊がピンチらしい」


「えっ!?すぐ準備する!」



「こちら第一小隊、現着しました」


「こちらオペレーター。対象は想定活動エリアを越えました。第一小隊はその場で応戦、第二小隊はエリア外で救助活動を行いつつ応戦してください」


「「了解!」」


花の中から出てきた蟻のようなビーストの大群は、瓦礫を食い荒らしながら街の中を暴走していた。


「こいつら、見境なしか!?」


「本ッ当にキモい!!!」


宝は、建物の壁にビーストが頭を突っ込んで身動きが取れなくなっているのを発見した。


「こいつら、目が見えていないのかも...!」


「ってことは、においに反応して?」


「やっぱり『ウサン臭い』ってことか!」


とはいえ、アームヘッドの腰ほどにも満たない大きさの蟻たちを潰していくのは、いくら高性能なエッグス部隊の機体といえども骨の折れる作業であった。



『誰か....助けて.....』


「?」


頑汰のアームヘッド、RQ(レスキュー)ハウンドの高集音マイクが、女性らしき声をキャッチする。


声のする方向を振り向くと、そこには瓦礫が積み重なっていた。


それを鉤爪のようなマニピュレーターで押しのけると、奇跡的に人が圧し潰されない程度の隙間が空いており、女性が子供を庇うように抱きかかえていた。


『軍の者です。お怪我はないですか』


「はい、この子を....」


親子がRQハウンドの元へ歩み寄ろうとすると、ビーストの足音が響きだした!


「まずい...!」


するとストーミィ・シーのスピアーがビーストを薙ぎ払う!


「戦闘はオレの方が向いてる。救助は頼むぜ」


「助かった、ありがとう...!」


『さあ、手の中へ!少し揺れますよ!』


RQハウンドは親子を大事に抱え、遠くへ向かい走り出した!



エッグス部隊が苦戦していると、先ほどまで活発だった蟻たちは急に一か所に固まりだし、沈黙した。


「どういうことだ、急に?」


「蟻塚...?」


「.....ちょっと、後ろ!」


後ろを振り返ると、最初の巨大な花の周りから、蔓が蟻の塊をめがけ伸びてきていた!


「どうなるの、これっ!?」


一番近い塊に蔓が絡むと、それは淡く発光しだし、新たな蔓を伸ばし始める。


「...栄養を吸ってる?」


そして、その蔓がさらに分岐し、そこから巨大な蕾が実る......


「まずい.....」


「また"咲かせる"気だ.....!!」



「頑汰、そっち方向に蔓が伸びてきてるんだけど、どうにかできそうか?」


「えっ?」


「アレ止めねーと、またさっきのアリが復活すんだよ!」


「こっちもやってるけど、なかなか厳しくてさ」


「そうは言っても...」


蔓は上空に伸びており、近接装備では届かない。


かといって、現状の遠距離装備では出力不足。


「...根元を切ればいいんじゃ?」


「いつの間にか硬くなってて、間に合わない」


「そんな...」


もはや絶望か、そんなムードが隊員たちの間に漂い始めていた。


(救助用の機体に、何もできないのか.....)


(救助....)「あっ」


「何か思いついたのか!?」


「オペレーター、アームヘッド用の放水装備は!?」


『!?...あります。200m直進したところに消防署が』


「了解!」


消防署で親子を降ろす。


その消防署は救助用アームヘッドと、そのための設備が備えられていた。


『操作、お願いできますか!?』


「えっ!?でも....」


『やり方は教えますから!』


アームヘッド用の給水タンク、及び放水銃を使用するには、予めロック解除の操作が必要。そして、それを親子に託したのだ。



「ありがとうございます、下がっててください!」


『何をするかは把握しましたが...』


「ダメ元、ですけどね...」


『...あの蔓の末端に養分を集中させ、養分の失われた部分が硬質化されていっていると考えられます。すると正確なタイミングが求められますが...』


頑汰の作戦とは、放水銃の口径を絞って水圧カッターとして用いる、というもの。


これなら飛距離・威力ともに充分であろう、と考えたが、成功にはさらに蔓の成長速度や切断にかかる時間なども加味する必要がある。


「それはお得意の計算で、よろしくお願いします....!」


『...では、合図します』


RQハウンドが、空へ向かって放水銃を力強く構える。


それを、先ほどの親子が固唾を呑んで見守る。


『3秒前、2、1、.......』


(来い....!)


『発射!』


「くらえーっ!!!」


水圧カッターが勢いよく放たれる!


鋭い水の刃が、蔓に少しずつ切り込みを入れてゆく。


硬質化した部分に当たらないようにずらしながら切断する、が、もうその先には塊が....


(ま、間に合わない....!)



切り落とされた蔓がズドン、と音を立てて落下する。


そして栄養を失った植物ビーストは、完全に動きを停止した。


『...対象の沈黙を確認。これより回収部隊を向かわせます。皆さん、お疲れ様でした』



「本当に、ありがとうございました...!」


「いえいえ!こちらこそ、突然あんなことさせて、すみません」


頑汰が、先ほどの親子を見送る。


「柱田さん!」


「?...芒さん」


由利が頑汰の元へ駆け寄ってくる。


「お疲れ様です、すごかったです!...大丈夫でしたか?」


「うん、大丈夫...それよりごめんね?僕たちが不甲斐ないばかりに」


「いえ、そんなことは!」


「...僕、家のためにこの仕事やってるんだと思ってたけどさ」


「?」


「こうして誰かの家族や居場所を守ってるって思うと、やっぱりこの道を選んで良かったな、って思うんだ」


頑汰は、親子の歩いていった方向を見ながら、しみじみと呟いた。


その顔は、由利からは夕日に照らされて眩しく見えた。


(誰かの、居場所.....)「...ありがとうございます」


「えっ、どうして?」


「いや、色々反省しなきゃな、って」


「芒さんにも反省する所が?...ってごめん、もう行かないとね」


「あっ本当だ、お疲れ様です!」


「うん、お疲れ!」


頑汰の、大きな後ろ姿を見届ける由利。


「...あのっ」


再び声をかけようとするも、もう頑汰は機体に乗り込んでいた。


(...やっぱり、お父さんみたい)


由利が踏み出した右足を、夕日の光が照らしていた。



第八話 終

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