第7話 水底

ARMHEAD:EGGS 第七話 水底


深く、暗い水底に一人佇む。


水面へ向かう泡をぼうっと見つめながら。


一つ一つの泡は、内包する景色を揺らめかせながら問いかけてきた。


「キミは、どうして独りぼっちなの?」


「みんなと同じになればいいのに?」


己の声で、あざ笑うかのように聞こえてくるそれに、答える術はなかった。


......今まで、は。





「今日も元気に、カレー作り頑張りましょう!」


カレー作りの日々も中間に差し掛かり、こんな号令も聞き飽きてきた頃。





朝日を反射する白いマンションに囲まれた広場では、早速亜季とナナが設営に入っていた。


「あきちゃん、椅子が足んない!持ってきて~」


「その呼び方やめてくれよ...なんか」


「女の子みたいで?」


「ち、違うって!...ほら椅子」


「あんがと」





頑汰と由利が、倉庫から機材を運び出していた。


(こんなに高いところまで...足場がないと)


「あ、いいよいいよ、高いところは僕がやるから」


「えっ!...はい、ありがとうございます」


頑汰はその長身と体格の良さで、頭より高いところのコンテナをひょいと持ち上げてしまった。


「柱田さんって、何かやられてたんですか?」


「はは、タメ口じゃなくていいよ...特に何もやってないけど、実家じゃよく弟や妹の遊び相手してたから、そのおかげかな」


「確か7人でしたっけ?大変そうです」


「まあ大変だけど...皆僕のことを慕ってくれるから、かわいいんだ」


「そしたら、兄弟と離れて寂しくないんですか?」


「...寂しいけどさ、生活費稼がなくちゃいけないし、何よりここで頑張ってる姿が何かの手本になればな...って」


「手本、か........」





宝と帆霞もまた、タンクを背負い山を登っていた。


雨も降っていないというのに地面は湿り、空気は靄がかかったように鬱蒼とした様子を示している。


そんな山道を、一歩一歩踏みしめながら登っていく。


「宝さあ、何か最近変わったよね」


「え?...そう、かな?」


「うん、顔つきとかさ、あとちゃんと喋れるようになったでしょ?」


「はあ.....」


「もう言ってるそばから!こっち見て話してよっ」


「え!そんなこと言われても....」


「何かヘンなこと考えたっ!?」


「ち、違うよ!」


急に宝が女々しい声を出すので、からかって遊んでいると、目の前に湧き水の泉が見えていた。


「こんなの、初めて見たなあ...」


「わざわざここまで来たんだし、飲んでみようよ」


「うん.....あ、おいしい!」


「ね!水ってこんな味なんだ~って感じっ」


宝が水面から顔を上げると、帆霞の唇から水が滴っていた。


「...何かついてる?」


「いや別に!...ごめん」


「蜘蛛だったら取ってよっ!蜘蛛だけはムリなのっ」


水を汲み終え、来た道をまた下っていく...かと思いきや。


「転んだら危ないしさあ...腕、組んでくれないっ?」


「え...どうして?」


「いいから!男なんだからできるでしょっ」


「えっ何それ...わっ」


宝が戸惑っているうちに、別の温もりが上着越しに伝わってきた。


「ほら早く行こっ!こんなことで大目玉食らいたくないし」


来た道をまた下っていく。


道中でまた雑談もあったろうが、少なくとも宝はそれを覚えていないだろう。





英一と(よりにもよって)鎧は、海の見える林に薪を拾いに来ていた。


(こんなもんでいいか......)


「おいバカ、そんなんで足りる訳ねえだろが」


鎧はカゴにいっぱいの薪を詰めていた。


「やる気がねーならやめちまえよ、お前んとこの班長も気の毒だよな~」


(訳わかんねーことを...)「わーったよ、そこまで言うなら.....」


英一も、カゴに溢れんばかりの薪を詰めた。


すると鎧もそれを見ながらさらに薪を積み.....


しまいには二人とも、カゴから薪の塔が聳え立ち、服の中にもありったけ詰めた、薪人間のようになってしまった。


睨み合いながら歩く二人、すると、


「おわぁーーーーーー!!!!!!!」


「おおっ!?」


鎧が英一に覆いかぶさるように倒れてしまった!


「お前何してんだよ!?」


「うるせーお前のせいだろ!!」


最終的に二人ともそこそこの量を詰めてばつが悪そうに帰っていった。





疾都と陽が、二人ともかなりの手際の良さで野菜たちを捌いていく。


「あんた、男の割になかなかやるじゃん」


「.......」


「それならすぐ嫁に行けそうだな!なんちて」


「........」


「...あんたって何か、素直じゃないよなあ」


「何?」


「勘違いだったら悪いけどさ、でもオレの場合は、確かに人と違うところはあるけど、他の皆はそんなこと大して気にしてなくて。


でも、嫌われたり傷つけたりするのが怖くて、上手く皆の気持ちに応えられなかった」


「......」


少しの間、包丁がまな板を打つ音がこだまする。


「だから何となくわかるんだ、あんたのこと。


だけど、オレを気にかけてくれる物好きのヤツのことくらい、大事にしなきゃって思ったんだ」


「.......」


「...悪いな、先輩の独り言とでも思ってくれ、まあ少ししか違わねーけどな」


疾都はついに手元から目を離さなかった。





「指定領域内に水龍型ビースト出現。お前たちには駆除に当たってもらう」


という指令で第一・第二小隊がいるのは海の上。


アームヘッド用母艦「マザー・スワン」2隻が海上を進行していた。


1隻につき5機、計10機のアームヘッドが、そのカメラアイを忙しなく動かしている。


その一方で、各機にリアルタイム送信される水中カメラが、赤い何かを捉えていた。


「来るよ...!」


という由利の警告もつかの間、第一小隊の乗る船が大きく揺れた!


「「「「うわっ!?」」」」


そして水中より咆哮と共に現れるは、爛れた真っ赤な皮膚に長細い体、黄ばんだ目に鋭い牙、そして空を飛ぶ龍の翼に相当する背びれを持った、"水龍型ビースト"!


「狩矢くん、一ノ宮くんはサポート、私と朔間くん、帆霞ちゃんは前線へ!」


「了解!」


疾都のハイド・シークが巻き菱をいくつか投げると、宝のフルスキャナーがそこに弾丸を打ち込む。


すると、跳弾も計算され尽くした完璧な弾道はビーストのうなじへ!若干の間の後、着弾地点が炸裂し血のシャワーが!


追い打ちをかけるように巻き菱が刺さり、電流を流す!


「GYAAAAAAAAASSSSS!!!!!!」


ビーストはたまらず水中へ逃げ去った。


「逃がすか!行けボーイ!」


フルスキャナー背部から小型ファントム"エッグスシングス"が分離し、ビーストを追って海に飛び込んだ!


宝が"ボーイ"と名付けたそれから、海中の情報が送られてくる。


「敵は何かの超音波を出してるみたい...」


「ちょーおんぱ?」





一方、第二小隊。


「なあ鎧、あっちで何かやってるぜ」


「ああ、俺も早く戦いてえな~」


「静かに!...何か海がおかしい」


陽はボーイより先に異変を察知した。





「仲間を...呼んでる」


宝は海中の光景を見て驚愕した。


無数の水龍ビーストが、自分たちを"狩ろう"と集まってきているのだから。





「衝撃に備えて!!!」


即座に訪れる強い揺れ!波の雨が甲板に降り注ぐ!


「きゃあ!?」


「皆、姿勢を低く!」


しかしビタン!!!と、何かが打ち付ける音!


一際体長の長いビーストが巻き付くように船上に上がっていた!


「(まずい!)はっ!」


「フン!」


ヤイバとハイド・シークのダブル火炎放射!


「BAAAAHHHHHHHH!!!!!!!!」


ビーストが熱さに身をよじらせ二機に激突!


「ぐあ!!!」


そうしている間にも波がアームヘッドの足を濡らす......





「どうするよ亜季!?」


「しらね~よ~」


「ハッポーふさがりって感じ!?」


「海原さん、どうする!?」


「元を絶つしかねーな...」


「は?どういうことだよ?」


「決まってんだろ!」


海原 陽の機体、ストーミィ・シーが走り出す!


「おい何してんだ!!??」


バシャーン!!!勢いよく海にダイブ!





アームヘッド1機分ほどの深さまで沈んだストーミィ・シー。


「さて、どう片付けるかな.....」


異変に気付いたビーストたちが振り向く。


「どこからでも来な!!!」


「GOBAAAAAAAAAAHHHHH!!!!!!!」


泡をぶくぶく噴き出しながら襲ってくるビーストたち!


それを銛で難なくいなしていく。


肉を裂かれたビーストから、赤い靄が湧きだす。


睨みをきかすビースト。


「こっちから行くぜ!」


銛の先が分離、変形してフックのような形に!


アームヘッド腕力でフックを飛ばすとビーストの首に絡める!


「GYA!!!!!!!!.......」


「いいいっ!!!」


強く絞めつけた結果、鎖の摩擦でビーストの首を切断!


「GRRRRRAAAAAAAHHHH!!!!!」


背後からの攻撃を察知して急発進、フィンを活かし旋回!


「下がってな、ちっこいの」


居合わせたちびファントムを小突いたあと、再びビーストと睨み合う。


「一気に、水揚げといくか.....!」


そう言った瞬間、ストーミィ・シーのカメラアイが強く発光した!


同時に、銛に付いた舵輪が激しく回転しだす...!


「せーのっ!!!!!」


銛をX字に振る!すると、その軌跡に小さな渦が無数に現れた!


「ヨーソロー!!!」


掛け声を上げると、それらの渦から「水魚雷」とでも言うべきような、凝縮された水の弾丸が飛び出した!


それらがビーストたちに着弾すると、水龍の筋組織が弾け飛ぶ!


赤い霧が辺りを包んだ。





「あいつ、平気なのか.....?」


不安げな表情を浮かべる、船上のパイロットたち。


彼らの耳に、突如として無数の破裂音が響く!


「何だ!?」


鎧たちが海面を見ると、真っ青だったはずが黒みがかった赤に染まっていた。





「全部のカメラがやられてる...海の様子が分からないよ」


第一小隊の面々も、同じ不安に駆られていた。


彼らからは、その色がビーストのものかアームヘッドのフレームから漏れ出たものか判別がつかないのだ。


「でも、目標からの攻撃は止んだみたい....」


「....ってことは」





突如として海が爆発!


エッグス部隊の面々は止まりそうな心臓を何とか動かしつつ、警戒態勢!


第一小隊の船に大きな何かが着地した気配が......


「よっ!...忘れ物だぜ」


それは、ボーイを小脇に抱えた陽とストーミィ・シーの姿だった。


「ど、どうも....」


「あ!あっちに陽ちゃんが!」


「生きてやがったのか!?」


「襟立テメエ、生きてて悪いか?」


陽は皮肉を返しつつも、満足げにはにかんだ。





「「「いただきまーす!!!」」」


最後のカレー作りを終え、一同は反省会を兼ねた食事会を開いていた。


「朔間くんと狩矢くんは?」


「トイレ行くって言ってたよ」


「朔間ならさっきの任務でクソでも漏らしたんじゃねーか?」


「鎧!飯食ってるのにそーいうこと言うなよな」


「悪いねお嬢ちゃん!馬鹿にしつけがなってなくて」


「いえそんな.....」


由利は陽を目の前に少し照れている様子だった。


鎧はなんだか不服そうな顔をしていた。


「皆さん、お疲れさまでした!」


音頭を取るように、予湖山隊員が話を始める。


「毎日早朝からここに来て、昼からは任務や訓練、忙しくて大変だったと思います。


そこでささやかながら、私から.....」


彼がバッグから取り出したのは.....なんと花火セット。


「見てナナちゃんっ!花火だよ」


「えーっ!"バエる"写真、撮れそうじゃん!」


「俺、もう何年も花火なんかやってねーなー」


「僕も、2番目の妹が小さい頃にやったきりだなー」


「...花火ごときではしゃいじゃって、ガキかっつーの」


「身を粉にして働く帝国軍人だからこそ、こういう息抜きは必要なんですよ」





英一と疾都は、海岸の仮設トイレ...のそばにいた。


「...呼び出して、何の用だ」


「....えっと、前、お前さ、"復讐"がどうの言ってたよな....」


「.....」


「....本当は止めなきゃいけないんだと思う、だからこんなこと言ったらいけないんだろうけど......


その復讐、俺にも手伝わせてほしい」


「.....何?」


「別に、面白がってるわけじゃない!ただ......


お前の許せないことは、俺も許せない、気がする」


「.........」


「....あ!そうだ.....その前に、


...俺と友達になってくれ」


「ヒュー!二人ともおアツいねえ」


二人に割って入ったのは、手持ち花火をいくつか携えた陽だった。


「早くしなよ、カレーも冷めちまうし、花火大会にも遅れるぜ」


その呼びかけに応じて、疾都はその場を後にした.....


「..って、おい」


英一の戸惑いに、疾都は少し振り向き、


「......バカだな」


とだけ答えた。その口元は少し緩んでいる気がした。


「.....おい、何で俺がバカなんだよ!」


英一は疾都に駆け寄って追いついた。





「たかちゃんほのちゃん、撮るよ~!(後でハートでも付け足そ)」





「線香花火、いいよね」


「あ、柱田さん」


「僕の一番下の弟にそっくりなんだ」


「.......?」





「たーまやー!!!」


「結局お前が一番楽しそうじゃねーか.....」





「ほらよ!...あんたらみたいな場合、こうして子供みたいにはしゃぎ合うのが一番の近道なんだぜ」


陽が英一と疾都に、それぞれの手持ち花火を差し出す。


「.....やるか」


「ふん....」


「オレにまかせな」


陽が火打石を器用に使い、花火に点火していく。


「「...............」」


棒立ちで花火を見つめる二人。


「....思ってたんと違うな、こりゃ」





陽も、自分用に点けた花火を持って岩場の端に立った。


彼女は、色とりどりに輝く水面を見て、微笑んだ。


まるで波に、浮かぶ泡に、語り掛けるように。





第七話 終

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