9.愚痴ってQ

「最近の時雨君のデレデレっぷりは目に余る!」

 大衆向けの焼き鳥が人気の居酒屋。座敷の席に座るレニがビールのジョッキをテーブルに叩きつけながら声を張った。

「ネージュにデレデレ! シエル姫にデレデレ!」

「落ち着け、レニ。他の客もいる」

 対して対面に座る師匠は努めて静かに酒をチビチビと口にする。見た目ほとんど中学生の師匠が酒を飲む様は少々異様。顔見知りの店でなければ店に入る時点で必ず一悶着ある。

 年がら年中銀河を飛びまわるレニと、ほとんど組合本部にいる師匠が酒の席を共にすることは多くはない。だからこそ、レニが帰って来た時には必ず師匠は彼女を誘って街へ繰り出す。もっとも、近況報告などは通信で聞いているので、交わすのは大抵レニの愚痴話。師匠は聞き役。

「声も大きくなるでしょ。この間なんてラビーナスイーパーズに遊びに行ったと思ったら、朝帰りを決めるし」

「宇宙に朝も夜もあるか。それに遊びに行ったんじゃなくて仕事じゃろ」

「更にはシエル姫にもデレデレしちゃってみっともない! 私が隣にいるのに鼻の下を長くして……」

「あやつも成人男性じゃ。むしろ興味ない方が困る」

「でも、私や師匠、ソレイユにはそんなことないじゃない。見た目じゃ負けているつもりはないわ」

「そりゃあ、親と姉弟じゃ違うじゃろ」

「ソレイユは」

「あやつは……、ロボットじゃし、なんか綺麗すぎるし」

「むももも……」

 怒りに任せて串を頬張ったレニが妙な唸り声をあげる。何をそんなに焦っているのか。

「でも、あれよ。身内でもあいつにはデレデレしてたじゃない」

「イサラか? そういやそうじゃな。あやつの所に行くときの時雨の目は実に輝いとった」

「私、あいつ苦手なのよね~」

「わしもじゃ。じゃが、あやつは時雨にだけ甘い」

「甘いというか、あれは最早……」

「皆まで言ってやるな」

 こと幼少期の勉学の教育についてはイサラに任せていた。実際彼女は教えるのが上手いし、時雨も彼女を気に入っていた。だが、どうにも彼女は少年を愛好する癖があったようだ。組合員やレニには上手いこと隠していたようだが、本人を目の前にすると少し本性を現していた。師匠の目がある以上手は出していなかったようだが。

「時雨君はあいつの甘やかしっぷりも気に入ってたけどそれより……」

 見た目的な。そう。

「おっぱいじゃな」

 おっぱいが大きかった。度を超えて。しかも、胸元を大きく露出する服を好んで着ていた。子供を相手するというのに。いや、分かっていてやっていたのか。

「あいつが時雨君の性的嗜好を歪めたのは確かね……。ん? そういえばネージュも中々巨乳だったわね。シエルも……」

 繋がっていく。盛られた天ぷらの山から獅子唐を齧る。辛い。

「あいつはおっぱいの大きな女の子が好きなんだ!」

 とうとうハイテンションなレニを前に、一層冷静な師匠はもう一口酒をちびり。

「そりゃそうじゃろ。男ってのは皆そうじゃ」

「だから私や師匠には見向きもしないって訳ねーっ! 貧乳が悪いかーっ!」

「ソレイユはないというわけじゃないじゃろ。それにお主も背が高いからシュッと見えてよい。わしのこれに比べればどうということはなかろう」

「……。師匠ってその体に不満はないの?」

「ん~? 別にもう気にしとらんよ。便利なこともあるしな。だからお主も気にすることではない」

 師匠はお銚子をひっくり返して最後の一滴までお猪口に注ぎ、一気に飲み干した。

「それよりじゃ。時雨も別にお主の見た目を気に入って一緒にいるわけではなかろう。お主だってそうじゃろう?」

「そりゃあ、そうだけど……」

「そやつらに取られそうで怖いか」

 そう……。なのだろうか。時雨とは生まれた時から一緒にいる。離れたと言えば学校が同じじゃなかったくらい。今も寝食を共にし、仕事も一緒。だから、時雨と離れるのが怖いのかすらも分からない。

 冷奴に箸で十字に切れ込みを入れ、一欠けを薬味と共に口に運ぶ。

「はあ……。私も少しは弟離れをした方がいいのかしら」

「そうじゃなあ。ずっとあやつとだもんな。遊びに行く友達とかはおらんのか」

「……、いない」

 組合の同業者以外とはそうそう面識を持たない。暇も少ないので、新しく友達を作るなんてとてもとても。

「学生時代からの付き合いとかはないのか」

「私が大学を卒業したの十五の時よ。好奇の目で近寄ってくるのは多かったけど、流石に友達作りって雰囲気じゃなかったわ」

「む、むう……」

 師匠が唸っている間に、レニはもう一杯飲み干す。今度はジョッキを静かに下ろした。潤んだ目が虚空を見つめる。

「ううう、時雨君がいなくなったら私はどうすればいいのよ」

「なにもいなくなるわけではないだろう」

「分からないじゃない。どっかのおっぱい魔人に引き抜きを掛けられたら、時雨君は私を見捨てて行くに違いないわ」

「お主の泣き上戸は知っておるが、今日は輪をかけてじゃな」

 その後もひとしきり愚痴をこぼしまくると、今度は卓に突っ伏して寝息をたて始めた。自由奔放な奴だ。

「やれやれじゃ。まだまだ手のかかる子じゃのう。主よ、会計を。あと電話を貸してくれ」

「あいよ」

 店の端にある黒電話。こいつを使ってかける相手はもちろん……。

 数コールの後につながる。

「おう。時雨か。まだ起きとったか。……。ああ、そうだよな。でじゃ、迎えを……。そうじゃ、いつもの場所じゃ。いつもすまんな。ああ、気をつけろよ」

ちーん

 嫌な顔一つせずに迎えに来てくれる。そんな奴が嫌っているわけがない。引く手数多のあいつがどんな良条件でも蹴ってシグレニにいるのは、レニの能力を買ってでも、昔からの恩義でも、自由が利くからでもないはずだ。

 そんな当たり前のことでも、いや、当たり前のことだからこそ、気付きにくいし、疑ってしまう。時雨には今度ケーキでも買ってくるように、いや、あいつの事だから作ったりするのだろうが、ともかく、何かしら楽しそうな事をやるように言っておこう。

 むにゃむにゃと寝言を言うレニの頭を軽く撫ぜてやれば、その寝顔がほんの少し微笑んだように見えた。

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宇宙便利屋シグレニ ユーカン @u-kan

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