8-6.end
敵はやっつけたが、厄介事はまだ残っている。
「シエルさん。お話しよろしいでしょうか」
「はい。もちろん」
近くにおあつらえ向きに腰の高さの岩が二つあったので、そこに腰かけて話を始める。
「まずは、有人惑星にお送りする件ですが」
「あ、それですが、こちら側の者と連絡がつきましたので、迎えをよこしてもらうことにしました。急ですが、申し訳ありません」
「こちら側……。アルクアン王星系の家臣かしら?」
「……。御存じでしたか」
シエルの表情が急に冷たくなる。今までのにこやかな顔が作り笑いに上塗りされた作り笑いだったというのが分かるほどに。
アルクアン王星系。銀河連邦と隣接する小国。豊富な資源と卓越した技術により、単一の星系でありながらも、経済、軍事力共に銀河連邦と渡り合うほどの力のある国家だ。
そこの王女の名前が確か……。
「シエル・ル・アルクアン王女。あいつがシエル姫と口走ったところでようやく思い出したわ。確か写真も見たことあったけど、まさかこんな所にいるとは思わなくて、直ぐには分からなかったわ」
「お忍びでの旅行中でして。助けていただいてありがとうございます。お礼の方は言ったとおりに」
「ええ。それは期待できそうね。それよりも……」
レニの目つきは既に『お客様』を相手する時のものではなくなっている。口調もまた。
「どこまであなたの筋書き通りだったのかしら?」
「……」
「流石にとんとん拍子に事が運びすぎよね。たまたま王女様が強盗に襲われて、たまたま無人惑星に落ちて、たまたま近くをその強盗と渡り合える便利屋が通って、たまたま乗ってくれて、たまたま無敵のバリアーよりも強いスーパーロボットに通信が繋がって。流石に不自然よね」
「強盗から逃げてきたのは事実です」
「その後は?」
「……」
沈黙。つまり、暗に肯定。二組がこの辺りに来ていることについての情報を持っていたからこそ、ここに逃げてきたのだろう。
レニは深いため息を一つ、疲れを乗せてはきだした。
「今思えば用意周到だったものね。その破廉恥な格好は時雨君の判断力を鈍らせるため。すぐに謝礼の話を出したのは私対策ね」
「御想像にお任せします」
「それ、ほとんど肯定してるようなものよ」
シグレニは実力と共にフットワークの軽さも売りの一つ。しかし、それをこうも見事に利用されては考え物だ。
「いくらお姫様だからって、やっていいことと悪いことがあるでしょ。こちとら命張ってんのよ。ソレイユは壊れちゃうし」
「それに関しては、心よりお詫びします」
「結果的に解決したからそれはそれでいいけど。で、どういう目論見があってこういうことをしたわけ。まさかこの期に及んでいたずらとか言い始めないわよね」
「……」
今までうつむいていたシエルが顔を上げる。その顔に上品な笑顔を張り付けて。
「宇宙便利屋シグレニに、是非我がアルクアン王星系傘下に入っていただきたくて」
「はあ?」
「ただオファーを送っただけで首を縦に振ってくれるとは思えませんでしたから、特殊な状況に置けばなし崩しにいいお返事を下さると考えたのです。吊り橋効果というものもあるでしょう」
「ありゃ恋人の……。って、そうじゃなくて」
「もちろん、好待遇をお約束します。お給料も、あるいは発言権も」
「ちょ、ちょっと待って……」
「優秀な部下をお付けしましょう。ソレイユさん向けのメカニックも……」
「待ってって!」
「はい」
荒げた息を整える。シエルのこの笑顔も、最初は魅力的に思えたものだが、今見ると非常に胡散臭い。まだ真顔でいてくれた方が話を聞きやすいくらいだ。
「はあ。残念だけど、直ぐには決めかねるし、おそらくいいお返事を返すことはできないわ」
「……。でしょうね」
「それに、あなたが欲しいのは、私と時雨君じゃなくて、ソレイユでしょ?」
「……」
「あの子の何があなた達をそこまで動かすのかしら。見た目だけなら簡単に再現できるし、兵装もそうでしょう。自律性だって、ただ利用するだけなら邪魔になりそうだし。人死にを出したり、国が動くほど欲しがるものだとは思えないのだけど?」
「……」
「おいそれと他人に話せるものではない、と」
「私達の所に来ていただければ、お話しできることも多いと思います」
「なるほどね……。でも、考えは変わらないわ」
「そう、でしょうね」
「断る所まで織り込み済みかしらね。どっちみち、もう巻き込まれてるのでしょうけど」
そこまで聞くと、シエルは話は終わったと言わんばかりにすくりと腰を上げる。
「またお会いすることもあるでしょう。その時までご無事で」
「あ、ちょっと待って。あのバリアーの奴が何者なのか。あなた知ってるんでしょ」
「……。銀河連邦内で不穏な動きがあることは承知しています。恐らくその一環かと」
「ふうん」
「今回のお礼は宇宙便利屋組合の方に。それでは」
そのまま荒野の向こうへ歩いていく。レニは彼女が見えなくなる所まで見届けた後で、コズモラパンに向かうために自分達の着陸ポッドへ向かった。
大変なことに巻き込まれている。おそらくソレイユがらみで。だからと言って、彼女を地球に送る仕事を諦める気はないし、誰かに擦り付けようとも思わない。これは自分達の仕事だ。邪魔する奴らはぶっ飛ばせばいい。
大丈夫だ。時雨も、ソレイユも頼れる仲間。何が起ころうと、離れる気はない。
「レヒト、リンク。いますか」
レニから離れ、見えなくなったところでシエルは聞こえるか聞こえないかの声で二人の名を呼んだ。すると、どこからシエルの後ろに二つの影が。
「レヒト、もう動けるのですか」
「はい。あの男の治療はなかなか手際が良かったです」
「それはそれは。感謝しないといけませんね」
「ですが、よろしかったのですか? 力づくで従わせることもできたはず」
「むしろ、この方が良いのです。まだこの戦いは始まったばかり。大局を見据えねばならない」
この戦いは、必ず勝利で終わらせないといけない。故郷を、この銀河を失くすわけにはいかないのだから。そのためには、自分だけの力では足りない。どんな手段でも、使えるものは使ってやる。その覚悟は、ある。
レニがシグレニ丸でコズモラパンに乗り付けると、そこでは宴会が行われていた。名目は一応レニが初めてこの艦に来たから。だが、コズモラパンの船員はいつも通り時雨に群がる。
「え? 時雨君ってこの船ではいつもああなの?」
レニは、女の子の山に埋もれる時雨を目を見開いて眺めるばかり。その感情は読み取れない。
隣に座るユウサがジョッキを飲み干してから答える。
「そうだねえ。うちの子、皆時雨君大好きだから」
「ほ、ほお~お」
その表情は、時雨からも見えていた。
やばい。とにかく悪い予感で頭がいっぱいだ。ああなったレニは、ある意味殺意を持って向かってくる敵以上に怖い。しかし、ここで女の子を振り払ってレニの下に酌に駆け付けられる時雨ではない。後でどうにか取り繕おう。そうだ、今は……。でへへ。
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