8-5.
が、またも目の前に轟音と共に落下物。キャンサーが落ちて来た時以上に濛々と高く砂塵が舞い上がる。
「今度は何事!」
「んん? 本当に時雨君たちじゃん。大丈夫う?」
砂塵の晴れた中から現れたのは、巨人……?
いや、違う。大型の人型ロボットだ。純白の機体が、光り輝く。そして、外部スピーカーから聞こえるのは、はっきりと間延びした女性の声。これは……。
「ネージュ!? なんでこんな所に!」
時雨が叫ぶ。
ネージュはラビーナスイーパーズのメカニックのウサ耳娘。彼女が狩るのは四mの人型ロボット『スターローダー』。しかし、スターローダーは宇宙空間での作業を想定した機械。重力環境下での使用はできないはずだが……。
「お話は後かなあ。こいつを倒せばいいんでしょ?」
妙に物分かりがいい。ここに来てからずっとこんな感じだ。とんとん拍子に事が運ぶ。
呆気にとられるレニの代わりに、時雨がセコンドに入る。
「ネージュ、気を付けて。奴は見えないバリアーを張っている!」
「分かってるよお」
ネージュは思いきり腕を振りかぶり、アッパー気味にキャンサーを殴りつけた。拳とバリアーがバチバチと音を立てて拮抗するが、それにも負けずに腕を振りぬく。奴は大きく弾き飛ばされた。スターローダーも無事だ。
「へへえん。単独での大気圏突入にも耐えるこの外装。やわなバリアー程度じゃ焦げ一つつかないよ」
「そ、その機体は?」
「よくぞ聞いてくれましたあ」
ネージュはフィギュアスケートのようにクルクルと回り、止まったところで見栄を切る。
「これはスターローダーを戦闘用に改造した、名付けて『ブランシュ
「な、何故そんな物を」
「いやあ、最近あの時みたいな巨大彗星棲獣が頻出しててねえ。それに対抗できるものを艦長に頼まれてたんだけど、趣味に走った結果こうなっちゃいました」
ネージュの口調からは、内容通りの申し訳なさは微塵も感じられない。自由な人だ。
一方、吹き飛ばされたキャンサーも丈夫さでは負けていない。ぶつかって崩れた岩の瓦礫の中から飛び出して、また向かってくる。衝突の衝撃で腕がおかしな方向に曲がっているが、それも気にしない。どうせすぐに直るのだから。
迎え撃つネージュは足を振り上げ、思いきり踏みつける。バリアーごと踏みしめるが、一向に変形すらせず、キャンサーごと地面に埋まっていく。これも効果なしだ。
「ぬうう。正攻法じゃ無理かあ。時雨君、捕まえたりするのはちょっと難しいかも。やっつける方向でいい?」
「もちろん。出来るならだけど」
「任せておいて。そりゃあ」
埋まっているキャンサーを引き抜いて、両手で胸の前に構える。奴も身を捩るが、がっちり固定されていて動けない。
「て、手前……。いきなり現れてなんなんだ……」
「んふふ。残念だけど、時雨君達に手を出したらただじゃおけないよ」
「く、くそ。バリアー出力上昇……!」
バリアーとブランシュの間で飛び散る火花の勢いが増す。白煙まで上がってきた。それでもネージュの動きは止まらない。
「なかなかやるねえ。でも」
ブランシュの片足が大きく引かれる。体の上まで上がるほどに。そのままキャンサーを離すと、フットボールのパントキックの要領で思いきり蹴り上げる。
「これで終わりだあ!」
バチリとひときわ大きな音を立てて衝突が起きると、キャンサーは真上に吹っ飛んでいく。高く、高く舞い上がり、それでも速度はまだまだ落ちない。
遂には最早肉眼では視認できない高さまで離れ、最後にキラリと光ったのを最後にその姿は見えなくなってしまった。
「大気圏突破を確認しました。あの速度ですと、重力圏をも振り切るでしょう」
ソレイユが誰に聞かれるともなく答えた。
ドヤ顔のネージュ以外は、時雨もレニも口をぽかんと開けて空を眺めるばかりだったから。
宇宙にまで蹴り飛ばされたキャンサーは一人藻掻いていた。バリアーのおかげで内部の気密は保たれ、気圧変化や窒息はないはず。しかし、移動手段がない。手足をばたつかせようにもバリアーの中で動かしたところで効果無し。このままどこかの惑星にぶつかるまで宇宙を一人旅か。
幸い、バリアー発生装置には生命維持機能の他に、緊急信号発信機能もある。これが生きていれば仲間が迎えに来てくれるはずだ。助けが来るまでじっとしているほかないか。 そこまで考えたところで、急に意識が希薄になる。
「なんだ。急に眠気が……、それに息苦しいぞ。バリアは張っているはずなのに……。はっ!」
そうだ。外に空気は逃げないものの、バリアー内の酸素の量は有限だ。呼吸して二酸化炭素に変わるたびに、空気に対するその割合は減っていく。
「ぐ、意識が……」
キャンサーは死んだ。窒息死だ。バリアーがあっても呼吸はしなければならなかった。
数秒後。キャンサーは目を覚ます。生命維持装置の働きだ。この装置は外傷のみならず、病気などの疾患、更には今回のように窒息死にまで対応している優れもの。
しかし、キャンサーは一呼吸すると、再び昏倒。そして死亡。そして目を覚ます。また死ぬ。また目を覚ます。
終わることのない苦しさがキャンサーを襲う。
「な、何度死ねばいいんだ。いつになったら助けが来るんだ。お、おのれシグレニ! 絶対に、絶対に許さ……」
キャンサーは死んだ。そしてまた……。
敵の撃破を確認したネージュが時雨達の方に歩いてきてブランシュから降りる。が、二m半の高さの胸の辺りのコクピットから飛び降りたものだから、バランスを崩して時雨の上に着地してしまった。
「あててて。あ、時雨君ごめん」
「大丈夫、大丈夫。でへへ」
「なに女の子上に乗っけてデレデレしてんのよ」
レニが解け切った表情の時雨の顔に蹴りを入れる。
「あ、時雨君のお姉さんですか。初めまして」
「ん。初めまして。うちの時雨がお世話になっているようで」
「いえいえ、いつも助けてもらってて……」
世間話が始まる。片方は時雨の上に乗ったままで。いくら小柄なネージュとはいえ、このままでは流石につらい。無駄話をやめてもらうと共に、降りてもらう。
急に来て、無敵と思われた敵をやっつけて、何故かなじんでいるネージュだが、そもそも場違いな存在のはずだ。この広い銀河、知り合いとばったりなんてことはほとんどあり得ない。それもこんな無人惑星で。
「皆が呼んだんじゃないの? ソレイユちゃんからコズモラパンに緊急通信があったんだけど。たまたま近くに用事で来てたから、すぐ来れたんだ」
「へ? そうなの、ソレイユ」
「はい。その通りです。申し訳ありません。伝えるタイミングを逃しました」
「ん。結果的に助かったから良し。気が利くわね」
「いえ。着陸ポッドまで怪我人を運んだ時に、シエルに通信を出すようにと言われました」
「……。そう」
にこやかだったレニの表情が、急に鋭くなる。それから、急に黙って考え込み始めた。ときおりあることだ。その隙に、時雨はこの先の事について進め始める。
「ネージュ。ソレイユが少し損傷を受けたんだけど、君に診てもらえないかな。どうやら僕じゃ手に負えそうになくて」
「ん。ちょっと見せてね」
ソレイユの右腕。内部の配線があちこち千切れ、見るも無残な姿になっている。時雨も多少の機械修理はできるが、ここまで複雑だとおいそれと触るわけにはいかない。
「うん。大丈夫。コズモラパンでなら直せるよ」
「よかった。じゃあ、ソレイユはネージュに頼んで。レニさん、シエルさんとお話しつけちゃいましょうか」
「いや、時雨君はソレイユと一緒に行ってあげて。こっちは一人で済ますから」
「そうですか? じゃあ、お願いしますね」
コズモラパンから送られてきた着陸ポッドに三人が乗り込み、ブランシュをくっつけて飛び去る。
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