8-4.

 待てど暮らせど、痛みは襲ってこない。

「マスター、大丈夫ですか」

 目を開けると、そこにはソレイユの背中。彼女がレニの前に入り、盾となってくれたのだ。しかし、銃弾の直撃した彼女の右上腕が大きくえぐれ、中の機械部分が露出し、断続的に火花を上げている。

「ちょ、あなたこそ大丈夫なの」

「右腕が動きませんが、その他の動作は問題ありません」

「それならいいけど……」

 いや、よくない。一発で壊れずともそれだけの損傷を受けたのなら、連射されればいくらソレイユと言えども保つわけがない。

 しかし、二の矢は飛んでこない。ソレイユの背中から顔を出すと、キャンサーは困惑した顔で突っ立っている。

「手前、ロボットだったのか? いや待て。メイド服のロボット、女と男……」

 合点がいったように、手を打つ。

「手前ら、シグレニか?」

「そういえば、自己紹介がまだだったわね」

 攻撃が飛んでこないのであれば、時間稼ぎに問答くらいいくらでも受けてやる。

「私達は宇宙便利屋シグレニ。私がレイニー。そっちが時雨。お見知りおきを」

「なるほどな。ったく。それを先に言え」

 キャンサーはいよいよ銃を下ろした。表情も柔らかくなったように見える。

「そのロボット。ソレイユっつーのか? そいつを渡してくれたら、お前らもシエル姫も見逃してやるよ。金を払ってもいいくらいだ」

「え?」

「悪い条件じゃないだろ。まあ、もし受けないってんだったら、そいつを動かなくなる程度に壊して、お前らも殺すだけだが」

 奴は実に饒舌に、取引になっていない取引を持ち掛けてくる。

 確かにこの進退窮まった状況。ありがたくさえ思える。ソレイユを差し出すだけでいいのなら、自分と時雨君を助けてくれるのなら……。

「流石の俺も無駄に血を流すような真似はしたくないんだよ。わかるだろ。な?」

「……。本当に私達は見逃してくれるのね?」

「もちろんだとも」


「残念だけど、お断りするわ」


「な、なんだとーっ!」

 キャンサーは驚愕した。最早自分でも取引だとは思っていない。相手にはあのロボットを差し出す以外の選択肢は残っていないはずなのだ。

 なのに、なのに。あいつはむしろ自信満々に立ち、こちらを見下さんばかりに背を逸らして勝ち誇っている。

「あなたねえ。その顔はどうみても答えによっては助命に動く顔じゃないでしょ」

 ハッとして口に手を当てる。

「そんな下衆な笑いを浮かべて、あんな台詞がよく言えたものだわ」

「て、手前……」

「そもそも、ソレイユは私達の仲間よ。仲間を売ってまで生き延びようなんて、臆病者のすることよーっ」

 さっきまでのしおらしさはどこへやら。顎に手の甲を当てて高笑い。何も状況は変わってはいないのに。

 なのに、キャンサーはむしろ自分が追い詰められているかのように感じた。この女の余裕は何だ。何故銃を向けられているのに笑っているんだ。何故敵が隙の無いバリアに覆われているのに強気なんだ。何故助かる取引を蹴ったのだ。

 平常心は確実に失っていた。いくらでも料理の使用はあるのに、もう一つの事しか考えられなくなっていた。

「へ、へへっ。粋がってんじゃねえぞ。脅しじゃねえのはわかってんだろ。一発であの世に送ってやるぜーっ」

 再び銃を構えなおし、レニの頭に照準を合わせた。


「今よ、ソレイユ!」

「イエス、マスター。フィンガーショット」

 レニの指示に、ソレイユが動く左腕を上げ、指先から銃弾を放つ。放たれた弾は、キャンサーの構えた銃口に一直線に飛び、奴が引き金を引くよりも早く、その銃身に吸い込まれた。

 そして、今まさに発射されようとしていた奴の銃弾と衝突し、爆発。更に、その爆発は込められていた弾薬に誘爆し、それは奴の体に巻きつく弾帯にも連鎖して広がる。外からの補給を行えないバリアーの中、長期戦に備えて大量の弾薬を用意していたのだろうが、それが仇になった形だ。

 遂にはバリアーいっぱいに爆風が広がり、キャンサーは断末魔の叫びをあげる間もなく、細切れの肉片と化してしまった。

「うっぷ。ちょっとグロテスクね」

「レニさん。やりましたね」

 時雨が岩陰からのそのそと出てくる。少しバツが悪そうに。

「出てくるの遅すぎでしょ」

「いや、何か策があるのかと思って……。で、どうやってバリアーを貫いたんですか?」

「そりゃ簡単よ。あいつは銃そのものをバリアーに開けた穴から外に出して撃ってたってわけ。後は適当な問答でイラつかせて真っ直ぐこっちを狙うように仕向ければ一発でドカン、よ」

「なるほど~。流石ですね」

「あんなゴロツキ風情なんて物の数にも入らないわ。さ、ポッドの方に戻りましょ。ソレイユの手当てもしなくちゃ」

「はい。早くしましょう」

 空しく肉片を守るバリアーを残して、三人は鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌でその場を後にした。




「いけません! まだそいつは死んでいない……!」

 そう叫んだのは着陸ポッドに先に行っていたはずのシエル。爆発音を聞いて戻ってきたのか。焦り散らしている。叫んでいる内容は支離滅裂。とても受け入れられるものではない。

「死んでないって。もうあいつは肉屋もかくやの細切れ状態よ。とてもじゃないけど生きているとは……」

「そうではありません! そいつは……」

 レニ達も流石に不安になってバリアーの方に振り返ると、なにやら肉片がもぞもぞと蠢いている。なおさら気持ち悪い。

「そいつのバリアー発生装置は、生命維持装置も兼ねているのです!」

 蠢く肉片はだんだんと山を成し、人の形を成し、遂には皮膚も含めて元のキャンサーの姿へと戻ってしまった。服や銃は再生していないので素っ裸だが。

 キャンサーは苦しそうな呻き声と共に起き上がり、一層恨めしそうな顔でこちらを睨みつける。

「て、手前ら……。油断、しちまったぜ……」

 息も絶え絶え、当然だろう。さっきまで死んでいたのだ。痛みも味わっているはず。それでも、確かに二本の脚で立ち、言葉を発している。生き返っている。

「傭兵くずれの宇宙賊如きじゃ歯が立たなかったのも分かる」

「……! あいつら、あなたの差し金だったの」

「ああ、だが今はそんなことどうでもいい。もう許さねえ。お前ら全員ぶっ殺してやる」

「ソレイユやシエルさんはさらっていくんじゃなかったの」

「知った事か。シャハハハハ!!!」

 狂気染みた笑い声と共に、こちらへ向かって突進してくる。舞った砂塵がバリアーにぶつかりバチバチと音を立てながら火花となって飛び散る。

「時雨君。シエルさんを」

「分かってます!」

 時雨はシエルを抱えて飛び退く。レニ、ソレイユも同様に。

 奴は突進の勢いそのままに岩に衝突。岩肌を大きくえぐってやっと止まる。その形相からはもはや知性を感じられない。完全に怒り狂っている。

「どうするんですか! このまま避けるだけじゃジリ貧ですよ!」

「分かってる! けど……」

 このまま逃げようにも、着陸ポッドで脱出するには時間がかかる。例え誰かを犠牲にしたとしても、あのバリアーの前ではわずかな時間すら稼げないことは目に見えている。

 などと考え事をしていたレニは、疎かになっていた足元の小石に足を取られた。バランスが崩れ、思いきりすっころぶ。

 痛い。痛いが、それどころではない。奴はすぐに方向転換をしてこちらへ向かってくる。

 今度こそ万事休すか。

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