8-3.
時雨の方も動かせる程度には手当てが済んだらしく、漸く出発という事になる。乗ってきた着陸用ポッドまで担架を用いて怪我人を運ぶ。
が、動き出そうとした瞬間。
一行の目の前に、轟音と共に砂煙が舞い上がる。吹きあがるというよりは、何かが落ちてきたような……!?
「げほっ。ごほっ。な、なにが……」
「おっと。動かないでもらおうか」
砂塵が晴れると、そこには男が立っていた。
「動くとおでこに風穴が開いちまうぜ」
その男の手に持つマシンガンがこちらに向かって鎌首をもたげる。その銃につながる弾帯は、これでもかという長さで体に巻きついている。弾切れの心配はなさそう。
実に不気味な雰囲気の男だ。歳はレニ達とそう変わらないように見える。しかし、髪は長く無造作。そこから覗く眼光は爬虫類のように鋭い。口角を不敵に吊り上げ、こちらを狩りの獲物かのようにねめつけ、滑るような喋り方で脅す。
「っと、数が多いな? 要があるのはそっちのシエルちゃんだけなんだが……。かばいだてするなら容赦はしないぞ?」
「あの……?」
レニの後ろに隠れるように滑り込んだシエルに視線を送る。明らかに状況がおかしい。
「言い忘れていたことがあります。小惑星帯に迷い込んだのは、あの強盗風情に追いかけられたからなんです」
「はあ!?」
言い忘れにもほどというものがある。むしろ事故がどうとかよりよほど重要だ。この時点で分かった。この女。確実にこちらを利用しようとしている。
だが、強盗という言葉、銃を突き付けられたこの状況。のっぴきならないでは済まされない。あの男が何を目的にしているかは知らないが、既にお礼をもらうと約束を交わした身。見て見ぬふりはできない。
報酬があるなら、これは仕事だ。依頼通りに彼女を無事に送り届ける。
今度はソレイユに目線を送る。それに頷いたソレイユが一歩前に出て。
「フィンガーショット」
指からの銃弾を地面にばらまいた。再び辺りに砂塵がたちこめる。
「よし、今のうちにソレイユはシエルさんと怪我人をポッドに運んで」
「イエス、マスター」
担架の両端を二人が持って、すたこらさっさと走り出す。案外なじんでいる。
これで後ろを気にしなくて済む。後はこいつを適当にとっちめればよし。あいにく武器を向けてくる奴に対する容赦は持ち合わせていない。
十分に二人が離れた所で砂塵が晴れる。そこに立つのは強盗と、レニと時雨。
「なんのつもりだ。お前らに用はないと言ったはずだが」
「残念だけど、あの人の依頼を受けちゃって。彼女を無事に送り届けないとならないの」
「そうか。それなら……」
「ちょっと待った!」
男がこちらに銃を向けると、レニが手を前に出してそれを制止した。
「なんだ!」
「いやあ。いきなりそんな物向けられても困るじゃない。あなたは何者なの? 何が目的なの?」
「……。確かに、そうかもしれないな」
意外と物分かりがいい。
「俺の事は、そうだな。キャンサーとでも呼んでくれ。目的は、シエルちゃんの身柄だ。何も手荒な真似をしようって訳じゃない」
「身柄、ねえ。あの子は嫌がっているみたいだけど?」
「それでもだ」
「あなたが警察で、あの子が犯罪者ってんならそっちに分があるけど、そうでもないみたいね?」
「引く気がないなら、問答はこの辺りにしておくか。そう気が長いわけではない」
「……! 時雨君、来るわよ!」
キャンサーと名乗った男が、こちらに再び銃を向け、間髪入れずに放ってくる。威嚇射撃ではない、確実にこちらに危害を、いや、殺そうという射撃。
幸いこの辺りは大きな岩のゴロゴロとした荒野地帯。隠れる場所はいくらでもある。二人は大きく飛び退いて、岩陰に身を隠した。
「レニさん。作戦はあるんですか」
「もちろん」
レニは自信満々に頷いた。
「私が気を逸らすから……」
「僕が飛び掛かってやっつけるんですね」
「分かってんじゃない」
満足気なレニと、ため息の時雨。見慣れた光景だ。
その辺に転がっている手ごろな石を奴にぶつけ、その隙に時雨をぶつける。完璧。
後はタイミング。石を投げる段階でも意表を突く必要がある。このまま待っていれば痺れを切らすはず。その一歩目を踏み出す瞬間。その一瞬が一番気が緩む。そこがベストなタイミングだ。
未だにキャンサーは出てこい、逃げるな、と喚いているが、そんなことは気にしない。返事もせずに息を潜める。根競べならこちらに分がありそうだ。
「返事がねえぞ。威勢よく立ちはだかった割に逃げ腰か。来ねえならそれでいいがな」
そう叫んでキャンサーが歩を向けたのは、シエルが立ち去った方向。
しめた。むしろ、こっちに来てくれるより都合がいい。
岩陰から頭を出し、握りこぶしほどの石を掴んで、思いきり投げつける。それと同時に岩の反対側から時雨も飛び出した。
石は吸い込まれるように奴の頭部へと飛び、見事に命中……。
すると思われた。
直撃する直前。何もない空間でバチンと音を立てて何かに弾かれるようにその軌道を変えてしまった。これでは気を逸らしたことにならない。半ば正面から飛び掛かる形になった時雨は、寸でのところで別の岩陰に隠れ直す。
今、何が起きたのか。石は確実に奴の頭に向かっていた。本当に何もないところで不自然に軌道が変わった。加えて、奴自身何も行動を起こしていない。もっと言えば、石を投げられたことすら感知していたようには見えない。
「おっと。お前ら、そこにいたのか。隠れてればよかったのによー」
こちらが隠れているであろう岩陰に向かって銃を乱射。流石に岩は撃ちぬかれないものの、このままでは動けない。
流石にこのままでは動けない。銃弾の合間を縫ってもう一度石を投げてみる。が、結果は同じ。何もない場所で弾かれる。
しかし、そこで目についたのは弾かれた石。なにやら焼け焦げた跡と、そこから出る白煙。
……。まさか。
「御無事ですか。マスター」
不意に後ろからソレイユの声。無事にシエル達を着陸ポッドまで送り届け、帰ってきてくれた。
「ちょうどいいところに来てくれたわね。あいつの事を撃ってみてもらえる?」
「イエス、マスター」
ソレイユは岩陰から指先だけを出し、器用に折り曲げてキャンサーに狙いをつける。
「フィンガーショット」
連続して放たれる弾丸は、果たして予想通り奴の下にたどり着く前に弾かれる。
「やっぱりね。じゃあ、今度はこいつごと地面を」
「イエス、マスター」
レニが懐から取り出したのは大きな水筒。奴の目の前に投げ入れられたそれに、ソレイユが狙いをつける。
「ハンドキャノン」
直角に立てたソレイユの肘に砲口が開く。そこから腕と同じ口径の砲弾が発射された。
炸裂式の砲弾が、水筒ごと地面を撃ちぬくと同時に爆発する。すると、乾いた砂に水が混じって、泥となって降り注ぐ。当然キャンサーも泥まみれに……。
なっていない。奴の体から数十cmほどの所に球形状にまとわりつき、じゅうじゅうと音を立てて水を蒸発させ、泥が乾いて固まっている。
岩陰から出てくるレニはしたり顔。
「なるほどね。まさかとは思ったけど、バリアーを張っているなんて」
「ぐ、味な真似を……。だが、いい推理だと誉めてやろう」
バリアー。超出力の電磁エネルギーにより、原子の侵入を阻む障壁。またはその障壁を生み出す装置のことを言う。壁として物体の侵入を阻む他、強力なエネルギーにより触れた物体の温度を上げ、燃やし、あるいは溶かしてしまう事すら可能な超兵器である。
事実、乾いた泥は既に解け始め、中にいるキャンサーの姿があらわになっている。砂埃一つついていない綺麗な姿で。
「まさか! バリアーの技術は聞いたことあるけど、発電所を丸々一つ使って精々雨傘程度の物を作るのがやっとのはず!」
それほどの電磁力を、ましてや空中に展開するとなるととてつもないエネルギーが必要となる。軍事力として研究されるようになって久しいが、その発展は遅々として進まない。あくまで実験レベルで成功しているだけであって、実際に使うなどとてもとても。
だが、目の前にバリアーの中には、発電所はおろか大型のバッテリーも、どこからか伸びるケーブルもない。なのに、バリアーは人間一人を包み込んでなお余りあるほどに展開されている。
動揺する時雨に、キャンサーは鼻で笑って答えを返す。
「こいつは特別製でな。いくらでも動かせる上に、虫が入るほどの隙間もねえ。おとなしく投降した方がいいぜ」
もはやファンタジー染みた存在だ。奴の言うことが本当であれば、こちらの付け入る隙は無い。
「いや、待って。それが本当なら、そっちの攻撃もバリアに弾かれるんじゃない?」
「それはどうかな」
まだ落ちきらぬ泥の間から銃弾が飛んでくる。バリアがあるはずなのに。
「このバリアに隙は無い。おとなしく死んでおけ」
「く……」
それが事実なら、対処のしようがない。無理に突撃しようものなら体が焼け焦げることになる。蜂の巣か、ステーキか。死に様を選べるだけだ。
「じゃあな」
銃口がこちらへ向けられ、引き金が引かれる。
ああ、おかしなことに首を突っ込んでしまった。正直油断していた部分はある。この星に降りてしまったのも、シエルの依頼を簡単に受けてしまったのも、こんな奴如き三人なら余裕で勝てるとも。
後悔先に立たず。今は目の前の現状をただ受け入れるしかない。目を強く瞑り、これから起こることからせめて目を背ける。
乾いた破裂音。それから……、それから……。
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