8-2.

 着陸用ポッドで降りた先はだだっ広い荒野。岩肌に薄く砂が積もっており、あちこちに人の背くらいの岩がゴロゴロと転がっている。

 この星は昔は地下資源を掘るための鉱山があちこちにあったのだが、それが尽きたことにより半ば放棄されている。ハビタブルゾーンにこそあるのだが、土壌はやせ、水は少ない。本来であれば人が済むには向かない星だったのだ。

 通信の発信先をめがけて降りて来たので、件のシエルとやらは近くにいるはずだが……。キョロキョロと辺りを見回していると、先に時雨が声を上げた。

「あ、レニさん。向こうに煙が上がってますよ。あれじゃないですか」

 時雨の指さす方角には、もうもうと上がる黒煙。根本は岩陰になっていて隠れているが、無人のこの星、おそらくあれが目的で間違いないだろう。

「そうね。行ってみましょう」

 レニがずんずかと前を歩く。その後ろに時雨。更に後ろにソレイユ。二人の頃には感じない後ろからの視線に、時雨は少しむずがゆさを覚えた。


 いよいよ近づくと、そこには黒焦げの宇宙船の残骸。原形はとどめているので、着陸には成功したものの、無事には行かなかったということか。通信では墜落したから助けてくれということだったので、要救助者は近くにいるはずだが……。

「マスター。あちらに人影が。あれではないでしょうか」

 見つけたのはソレイユだった。彼女の目は望遠レンズにも切り替えられる。彼女曰く、一km先の蟻の喧嘩の勝敗すら分かるらしい。うっそだあ。

 彼女の指さす先、残骸から少々離れた岩陰には確かに何人かの人影。レニが声を掛けながら近づくと、あちらもこちらに気付いて顔を上げた。

「大丈夫ですか。ご連絡いただいたシグレニです」

「シグレニさん! こちらです。連れの一人の容態が芳しくなくて」

 答えたのはおそらく通信をしてきたシエルと名乗った女性。二十そこそこと言った所か。随分上品なお顔立ち。時雨の顔がだらしなくなっている。彼女の高そうなドレスの胸元が大きく破けているからか。

 しかし、その時雨の顔もすぐに引き締まる。彼女の隣に横たわる、従者らしき男の顔色が明らかに悪い。呼吸も今にも止まりそうだ。彼女の口調が通信時に冷静なものから逼迫したものに変わっていることからも危機の程度が分かる。

 すぐに時雨が男に駆け寄った。

「大丈夫ですか。僕は救命士の資格を持ってます。ちょっと見させてくださいね……」

 あちらは時雨に任せておけば大丈夫だろう。レニはそう考え、視線を目の前のシエルの方に戻す。が、彼女の表情が落ち着きを通り越して冷たいものになっているのに気づきぎょっとする。

「あの。シエルさんでしたっけ。あなたは怪我などはなさっていませんか」

「……」

「シエルさん?」

 レニの何度かの呼びかけに、ようやくシエルははっとこちらに向き直った。

「あ、申し訳ありません。あのシグレニさんに来ていただけて安心していたものですから。私は大きな怪我はしていません。少し擦りむいたくらいで」

 口調からもまた、冷静さ、上品さを感じる。

「そうですか。……、ん? 私達の事を知っているんですか」

「はい。お噂はかねがね。優秀な便利屋さんだと」

「それはどうも。この後はどうしましょうか。我々の船で近くの有人星まで送りますか?」

「そうしていただけるとありがたいです」

「では、あちらが済み次第、我々の船へ」

 一区切りついたところで、時雨に進捗を尋ねると、命に別状はないが大気圏脱出するには少々手当てが必要だという。なので、もう少しここに留まることになった。

 その間にレニはもう少しシエルと話を続けることにした。気になることが多い。

「シエルさん達は何故ここへ? 墜落してしまったという話ですが」

「……。旅行の帰りでした。星系外へ出るところを小惑星帯に迷い込んでしまい、小惑星にぶつかって、操縦を失いまして……」

「なるほど……。それは災難でしたね。ですが、短距離通信で助けを呼んだのはどういう事でしょうか。今回はたまたま我々が近くにいたから良かったものの。本来であれば緊急通信を用いるべきです」

「それは……。あちらの怪我をしている人があの船の通信士でして、墜落後に私が見様見真似でやったものですから」

「そうですか。すみません。混乱しているでしょうにいろいろと」

「いえ」

 正直適当言った。あまり混乱しているようには見えない。宇宙船が無人惑星に落っこちて、乗組員が一人半死半生なのに。それに、彼が通信士なら彼女が操舵士? 見かけでは判断できないが、とてもそういう服装には見えない。

 何か漠然とした違和感を抱えているも、確証がない以上詰め寄ったり、置いて行ったりすることはできない。


 辺りの警戒に当たっていたソレイユが帰って来た。

「マスター。特に不審な物はありませんでした」

「そ、ありがとう。もうすぐ済むと思うからその辺にいて」

「イエス、マスター」

 ソレイユはその場で恭しく頭を下げた後、警戒態勢に移行した。

「ロボットさんも日陰に入ったらいかがですか」

 シエルが優しく促す。

 この星は水が少ない分雲も出ない。恒星から離れてはいるのだが、直射日光がきつく、気温も高め。それを気にしたのだろう。なかなか気の利くお人だ……。

 いや、そんなことは問題ではない。

 彼女は今、ソレイユの事を何と呼んだ。確かにロボットと言ったはずだ。

 確かに無表情ではある。確かに動きが繊細ではある。しかし、ソレイユが彼女の前に現れたのは今が初めてだ。ちょっと見ただけでロボットと分かるような作りはしていない。シグレニの噂を聞いたとは言っていたが、ソレイユの事はまだ噂にもなっていないはず。

 そもそも、彼女は何かおかしい。何かを隠しているのだが、隠していることを隠そうともしていない。まるでバレてもいいように。いや、むしろバレることを望んでいるように。

「シエルさん。あなた……」

 怪訝な視線を向けるも、涼しい顔が返ってくるばかり。まさか本当に罠なのか。

 ただ、あの怪我人は本物だ。自分達を陥れるためにそこまでするのか。あるいはそれほどまでに……。

 その視線に気付いてか否か、シエルは繕うように切り出した。

「もちろん、お礼の方は然るべく。船の方でお話ししましょうか」

「さ、早く行きましょう。超特急でトばしますわよーっ!」

 即答だった。

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