8-1.ジャンジャンバリバリ大決戦
とある星系の小惑星帯。その中の小惑星の一つの陰に、隠れるように停まる宇宙船が一隻。外装に傷や焦げ跡が目立つ。無事という様子ではない。それは内部も同じような様相。コクピットの操作盤からは火花が散り、不具合を示すランプが忙しく点滅を繰り返す。
乗員は、操作盤をいじり、どうにか状況を把握しようという男が一人。その後ろのソファに横たわる男が一人。それを介抱する女が一人。三人とも傷だらけ。特に横たわる男は頭から血を流している。息も絶え絶え。
忙しく動いていた男が動きを止め、振り返って喋り始めた。
「殿下。なんとか動きそうです。一度だけなら大気圏突入も可能かと」
「分かりました。ここまでこれたのは不幸中の幸いでしたね。後は時間を……」
女がそこまで喋ると、アラームが言葉を遮った。再び男が操作盤に向き直ると、レーダーに接近する影が映っている。かなり高速で、こちらに一直線に。
「まずい。ここがバレているのか」
「慌てないで、レヒト。もうここまで来ているのです。一か八か惑星に降りるしかない」
「ですが殿下、リンクのこの傷では……」
憔悴する男に対して、女は毅然とした態度を崩さない。少なくとも表面上は。
「それでもです。このままここにいては、全員宇宙の藻屑。それだけは避けなくてはいけない」
怪我人がいる中で、万全ではない小型船での大気圏突入。危険極まりない。少しでも怪我人へのリスクを避けるため、ベッドごとテープでぐるぐる巻きにして揺れの影響を少なくする。出来るのはそのくらいだ。
「後は、短距離通信の用意を」
「それは……。相手へこちらの位置を特定させることにもなりかねません」
「元々時間の問題です。今は少しでも彼女達に」
そこでまた言葉を遮るようにアラームが。
「もう時間がありませんね。発進してください」
「……。御意に」
小惑星の波を縫うように、小型船が飛び立った。
「工作部品のヒンジってあるじゃない? 私、あれのことずっと肘が訛った言葉だと思ってたのよ」
レニが突然おかしなことを呟き始めた。
一仕事終えたシグレニ一行は、久しぶりに組合本部に帰るために星系宙域を航行中。レニはトレーニングマシンで日課の筋トレ中。シグレニ丸には1G航行機能があるとはいえ、ほとんどの時間は等速航行、つまり無重力状態。無重力状態にあると人間の筋肉はどんどこ衰える。それを防ぐための筋トレというわけだ。
空気圧で負荷をかけるトレーニングマシンで全身の筋肉を鍛える運動には少々時間がかかる。だからと言って何か作業をしながら、というわけにはいかないので暇つぶしに時雨に話しかけるのだ。
「何言ってるんですか。いきなり」
洗濯物をたたむ時雨が力なく答える。面倒くさいからと答えずにいると機嫌が悪くなるからしょうがなく。ビデオでも見ればいいじゃないかと答えれば、それも機嫌を損ねることになる。
願わくば話が終われと思っていたが、レニの口は止まらない。
「東北辺りの方言で言葉の間にンが入ることがあるじゃない。それみたいに」
「はあ」
「それに、ヒンジは曲がる部分につけるでしょ? 肘も腕の真ん中で曲がるじゃない。もしも木材か何かで人形を作るなら、肘のパーツにはヒンジを用いるでしょうね。何も間違っていないじゃない」
「確かに」
何が確かにか。あまりに内容がない。暇が過ぎると人間ここまで堕ちるのか。時雨自身も普段の家事、手だけ動けばいいから暇には変わりないのだが、流石に退屈だ。
などと考えているとちょうどよくソレイユが居間にやって来た。話し相手を擦り付け……、頼もうと思ったが、先に口を開いたのは彼女だった。
「マスター。短距離通信が入っています」
「短距離通信?」
この星系は内側は有人だが、今いる外側の惑星には人は住んでいない。そこを走っているのに短距離通信とは少々異な話だ。
「でますか」
「……。そうね。繋いでちょうだい」
「イエス。マスター」
マシーンを降りたレニは、軽く汗を拭いてコクピットへ向かう。流石に彼女だけだと心配なので時雨もついて行く。
コクピット脇の通信機がランプが点滅させて着信を知らせる。レニは受話器を咳払いしてから取り上げた。妙に甲高い余所行きの声で。
「もしもし。こちら宇宙便利屋シグレニでございます」
帰ってきたのは、レニのような繕ったものではない、本物の上品さを感じる女性の声。
「こちらシエル。惑星に墜落してしまい、身動きが取れません。怪我人もいます。救助をお願いしたいのですが」
「救助? それは構わないけど……」
レニが目線と顎と、それからデコピンで指示を伝えた。時雨はそれに応えて機械を色々動かして、出てきたデータをまたレニに伝える。
「ええと。通信の発信先はこの先の惑星ラナイス。気圧、気温、大気組成共に問題なしです」
「ふむ。じゃあ、直ぐに行きますので、少々お待ちを」
「ありがとうございます」
通信が切れる。
レニは張っていた肩の力を抜いて、息を吐きながら椅子に深くもたれた。
「時雨君はどう思う?」
「……。やっぱり短距離通信というのが気になりますね。この辺りは無人だし、怪我人がいるというのならなおさら、緊急通信を使うのが筋です。墜落したというのなら、それが使えなくてもしょうがないですが。にしては、こちらが通信に応えるのが当たり前みたいな落ち着き払った口調でしたが」
一通り喋り終えると、レニは満足気にゆっくりとした拍手。
「結構。で、どうするかよね」
「罠……、とまでは言いませんが、単純ではないと思いますよ」
「そうね」
レニは顎に手を当てて俯いて熟考モード。本当に怪我人がいるというのであれば、あまり長い時間をかけてもいられない。しかし、不穏な空気も少なからず感じる。ならば……。
「出たとこ勝負ってのはどうかしら」
そう言い切る表情からは、微塵も不安を感じさせない。
「そうくると思ってましたよ。ソレイユもいい?」
「お二人の判断に従います」
こちらも予想通りの答え。レニが満足気に頷いて針路変更の指示を出す。
向かうは惑星ラナイス。何事もなければいいのだが。
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