7-5.end

 邸宅から少し離れた、荒野の小高い丘。その頂上で今にも沈みそうな夕陽を背に、親玉とレニは向かい合って立つ。空にはオーロラがかかる。強烈な恒星風が吹き付けるこの星では、極地でなくとも夜になるとオーロラが常に見れる。

 カラフルなオーロラは綺麗ではあるのだが、少々場違いで、不気味にも感じる。

 決闘のルールはいたって簡単。向かい合った所からお互いに背を向け、同時に十歩歩き、振り向いて銃を抜き相手を撃つ。相手より先に撃てなければお陀仏だ。

 二人の横から勝負を見守る時雨が、隣のシモンに耳打ちで尋ねる。

「なんで、決闘ってこんな面倒くさいルールなんでしょうか」

「決闘っつっても、要は人殺しよ。荒くれ者跋扈する開拓時代でも法というものは存在する。無防備な者を撃ち殺せばただの人殺し。しかし、相手が先に銃を抜いたのであれば、それは正当防衛だ。そこで考え出されたのがこれよ。相手に銃を抜かせたうえで、早撃ちで撃ち殺す。これなら名誉も法も守れる」

「へ~」

 その間に、お互いの準備が整ったようだ。腰のホルスターにつけた銃をもう一度確認し、改めて相対する。

「さっさとやりましょ。もう日が暮れちゃうわ」

「ああ。……。ありがとうよ。すでに死に体の俺のわがままに付き合ってくれて」

 親玉の口調は妙にしおらしい。先ほどまでの慌てぶりが嘘のように落ち着き払っている。彼には彼なりの、ワルの親玉としての矜持があるのだ。若造共にビビって捕まったとあっては残された部下に示しがつかない。そこで決闘なのだろう。

「構いやしないわ。この程度であきらめがついてくれるのなら」

「すまねえな」

 そう。これは決闘。誇りを懸けたぶつかり合い……。

 などと親玉はそんなこと微塵も考えていなかった。ワルに矜持などあるわけがない。勝てばよかろうの無法の地で成り上がるのにそんな物何の役にも立ちはしない。その中で決闘を提案したのは、まだこちらに勝ち目がありそうだったから。当然そんな提案を相手がのむことはあり得ないはず。しかし、あの二人の若造の保護者らしき親父。あいつはどう見ても西部劇かぶれだ。もしかしたら乗ってくれるかもしれないと思ったら、まさかのどんぴしゃりだ。

 ただ、部下の報告によるとあの女もなかなかやり手であることは間違いない。それでも親玉には勝つ算段があった。こんな決闘に乗ってくれて、こちらのしおらしい顔も見せた。恐らくルールにも則るだろう。だが、こちらはルールなどくそくらえ。十なんか待ってやるものか。三、いや、五歩で背中から撃ってやろう。その後は近くに忍ばせてある部下を一斉にけしかければなんとかなる。これで行こう。

 オーロラが一際輝くのを合図に、二人はお互いに背を向ける。

 まず一歩目。


パアン


 乾いた破裂音が響いた。数瞬遅れて、肩がじんわりと熱を帯びる。それからすぐに鋭い痛みが走った。

「い、いでえええ!」

 悲鳴を上げたのは、果たして親玉だった。

 あまりの痛みに銃を放り投げ、何が起こったのかを確かめるため体を捻じ曲げると、そこにはこちらを向く銃口。それから得意げな表情を浮かべるレニ。思わず痛みも忘れて声を張り上げる。

「な、なにしやがんだ! まだ一歩目だろうが!」

「なにって……。銃を持った相手に背を向けるとか正気の沙汰じゃないでしょ」

「そ、そりゃそうだが……。お前には名誉とか誇りとかそういうものはないのか!」

「誇り? はっ」

 レニは鼻で笑うと、銃口から立ち昇る硝煙を吹き散らして、拳銃をクルリと回してホルスターに収めた。

「私は宇宙便利屋よ。目の前に転がるお金の前には、誇りなんか埃同然! 掃いて捨てるほどの価値しかないわーっ! 必要なのは確実なる勝利に他ならないのよーっ! あはははは!」

 背を思いきり反らせて高笑い。

「こ、このアマ……。人の心がないのか」

「え。あなた、まさか十歩を律儀に守るつもりだったの」

「う、うぐ……」

 言えない。今思えば五歩で撃とうなどというのは、勝利の観点からも、誇りの観点からもあまりに中途半端。『逃げ』の一手に他ならない。今更恥じたところで遅いにもほどがある。今できるのは。

「で、出会え、出会え! こいつらを生きてここから返すな!」

 親玉の号令に、岩陰やら窪みやらから手下達が大量に湧き出してきた。

「はあ。そう来ると思ったわ。シモン、手伝ってもらっていい」

「待ってました」

 ここに来てからほとんど何もしていなかったシモンは、これが本業だと腕を振り回してアップに入る。

「時雨君は親分さんを守ってあげて」

「分かってますよ」

 親玉は今の言葉を聞いて耳を疑った。よしんばこいつらに勝ち目があったとして、何故一人割いてまで敵を守らせるのか。

 しかし、その考えはこれから始まる惨状を見て間違っていたと思い知ることになる。

「暴れてやるぜ!」

「覚悟しなさい!」




 数刻後。決闘が行われた丘を中心にして、巨大なクレーターが出来上がっていた。辺りには手下達の屍が散らばっている。その縁に立つシモンとレニはやけに満足気だ。

「いやあ。やっぱり生け捕りってのは向いてないな。お前らに手伝いを頼んで正解だった。あんなに上品な闘い方が出来るようになってるなんてな」

「当然よ。私も師匠に矯正してもらったし、時雨君は最初から私と師匠で教えたから。あなたの闘い方はおおざっぱが過ぎる」

「役立つじゃないか。こういう時は」

「ま、そうだけど」

 レニの徒手戦闘技術はシモン仕込み。しかし、このシモンが普段戦うのは鍛えられた傭兵や、特に危険度の高い宇宙生物。単なるワル気取りごときに用いるにはあまりに破壊力が高すぎる。対して師匠の技術は頭を使って騙し透かしてスマートに決めるもの。シモンには悪いが、何でもやる便利屋稼業にはこちらの方が向いている。

 笑い声が絶えない二人に対して、時雨は渋い顔。

「分かってるなら静かに事を進めてくださいよ」

 親玉も、それを守っていた時雨もボロボロ。敵と同等以上に。せめて敵味方の区別はつけて暴れてほしい。

「いいじゃない。時雨君丈夫なんだから」

「そうだぞ。信頼関係あればこそだ」

「勘弁してくれ……」

 時雨の嘆きが、空のオーロラに吸い込まれた。

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