7-4.

「もしも、遠慮すると言ったら?」

「こっちには令状があるのよ。無理にでもついてきてもらうわ」

「なるほど。それは困りますので……。先生! お願いします!」

 親玉が首をひねって家の中に呼び掛けた。すると、中から見上げるような大男がぬっとお出ました。

「お呼びかな」

 如何にもムキムキな体つき。その筋肉を誇示するようにぴくぴくと動かしながら親玉の隣に並んだ。なるほど用心棒というわけか。なかなかやりそうではある。しかし、出て来たのは彼一人。

「こっちは三人なのに、そっちは一人でいいの?」

 レニの問いかけに、大男は豪快に笑って答える。

「ははははは! 三人でかかってきてもいいんだぜ。一捻りにしてやる」

「大した自信ね。まあ、でも一人なら……。時雨君、お願いしてもいい?」

 そう言い切る前に、分かってましたと言わんばかりに時雨は前に出てため息を一つ。

「ああ? なめてんのか」

「全然」

 更に筋肉を怒らせる大男の隣で、今度は親玉が笑った。

「先生はマフェスム星系統一ボクシングのヘビー級チャンピオンだぞ。そんなひょろひょろ、相手になるわけがないだろう」

「元、だがな」

 そう付け加えた大男が、庭先に出て来て、いよいよ対峙した時雨を射殺すかのように睨みつける。その剃った頭には浮き出た血管が幾筋にも走る。

「あまりにも相手が弱っちいのばかりでな。軽く小突いてやったら、ぱーん、死んじまいやんの。それが十人続いて追放されちまった。その後は用心棒をやってるが、へっ、歯ごたえのない奴ばかりだぜ」

 顔を近づけて威嚇するが、時雨は一歩も下がらない、

「大した経歴ですね。でも、僕も空手と柔道の有段者ですよ」

「ほお。どんくらいだ」

「……。三人の賢者がいた。その内の一人には二つの段を足した数字を教えた。二人目には二つの段を掛けた数字を教えた。三人目には何も教えなかった。三人にそれぞれの段を当てるように言った。一人目は『分からない』と、それを聞いた二人目は『僕には分かるけど、君には分からないだろうね』と言った。一人目が『それを聞いて分かったぞ』と言った。そして三人目が『今の二人の会話で分かったぞ』と答えた。さて、僕の二つの段はそれぞれいくらでしょう」

 時雨が一息に言い切ると、辺りに沈黙が流れた。しばらくの静寂の後、大男が漸く喋り始め、

「……。ええと、足した数が……。掛けると分かって……。おい、旦那。紙とペンをよこせ」

 問題を解き始めた。分かったところでなんだという話なのに。

「やっとる場合か! さっさと捻ってやれ!」

「隙ありですよ」

 大男が視線を外した隙に、時雨は一足飛びに間合いを詰め、大男の首筋に手を軽く押し当てた。すると、大男は一瞬抵抗をする素振りを見せた後、白目を剥いて崩れ落ちる。

「ひえ……」

 親玉は血の気が引いて座り込んでしまった。あの屈強な男が一瞬で鮮やかに倒された。例え倒せなくても逃げる時間くらい用意してくれると思っていたのに。

「気を失わせただけです。すぐに目を覚ますでしょう。さあ、神妙にお縄についてください。暴れなければ手荒な真似はしません」

 軽く手をぬぐった時雨が親玉に近づく。その表情は冷たく、目の前で起きた事態と合わせて正常な思考を失わせるには十分だった。

 いや、だからこそ、それが大胆な行動に出させたのかもしれない。

 親玉は一瞬の隙をついて時雨を後ろ手に捕まえ、そのこめかみに拳銃を突きつけた。

「て、てめえら、こいつの命が惜しかったら、おかしな真似はするなよ」

 威勢のいい言葉を吐きつつも、その声は思いきり震えている。しかし、その手つきは堂に入っている。腐ってもワルのプロと言った所か。

「時雨君あなたねえ、何捕まってんのよ」

「す、すいません。油断しました」

「だけど、親分さん。あなたもあなたよ。今更人質なんかとって、逃げられるとでも思ってんの」

「う、うるせえ! こうなったら、ここの流儀で決着をつけさせてもらおう!」

 親玉は懐から拳銃を地面に投げつけた。時雨の頭に突きつけられているのと同じ、回転式の古臭いやつ。

「決闘だ。女、銃を取れ」

 やはり、ただの西部劇かぶれだったらしい。ただ、彼の目つきは本気だ。一応依頼は生け捕りとなっている。このまま話をこじらせて自決でもされようものならそれはそれで困るの。これで納得してもらえるなら万々歳か。

 レニは軽く肩を落として、それから拳銃を拾い上げる。

「分かったわよ。やりましょ、決闘」

 それを聞いて親玉の口角が少しだけ上がった。

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