7-3.

 結局何も進んでいないのにすっかり一仕事終えた気分のレニが駅前に戻ると、そこにはやはりすっきりした表情のシモンがすでに戻っていた。

「よう。どうだい、首尾は」

「全然ダメ。やっぱ私こういうの向いてないわ」

 レニはあまりこういう交渉事は得意ではない。どうにもし縦に出るというのが苦手な上に、生まれつきのキツイ目つきがどうやら相手の敵愾心を煽るらしい。なるべく柔和な表情を作ろうと心がけて入るのだが、非常に肩が凝る。長くは続かない。

「シモンは?」

「芳しくないな。ちょいとそういう奴らが集まりそうなところを何軒か回ったんだが……」

 シモンが顎で指す方、通りが一本更地になっている。

「結構お口固いんだな、あいつら。こう不便な星に来ると、いつもは楽させてもらってるってのが身に染みて分かる」

「まったく」

「だがどうする? このままじゃ埒が開かんぞ」

 こんな喧嘩ばかりをしていては、この辺り一帯が焼け野原になるのも遠からない。それは望む所ではない。いや、人尋ねだけで建物が消える方がおかしいのは分かっているのだが。

「時雨君に任せるしかないでしょ。あの子人と話すの上手だし」

「だよなあ。あいつもおしとやかに育っちまって。誰に似たんだろうな」

「あなたに、ではないのは確かね」

「違いねえ」

 二人は調子を合わせて高笑い。

 そこに時雨が帰って来た。焼け野原になった通りと笑う二人を見て事態を察しため息を一つ。それから、くせ毛を手でかき混ぜながら二人に近寄った。

「何笑ってんですか、二人とも。無責任にも程というものがありますよ」

「ははは。いいじゃねえか。それより首尾はどうだ」

「見つけましたよ。探偵の資格を取るときに一通り勉強してたので」

「ひゅ~。流石時雨君。頼りになるぅ~↑」

 妙なテンションのレニを見る時雨の目は冷たい。

「……。二人が暴れてくれましたからね。楽じゃなかったですよ」

「うぐ……」

 言葉に詰まる。役に立たないならまだいいが、これだけの大暴れ。むしろ、迷惑をかけるようなことになるのも想像に難くない。

 顔を地に向けたままちらりと時雨の表情を伺うと……。

 ほっぺたを膨らませて今にも吹きださん勢いで笑いをこらえている。

「ぶ、ぶふふ……。レニさんが情けない顔してる……」

 何を言っているんだ。こいつは。あまりにむかつくので拳を固めようとすると、更に時雨は言葉を繋げる

「冗談ですよ。手下の人とお話ししている間中、あちらこちらから悲鳴や爆音が響くものですから、もうあちらさん観念して簡単に話がつきました。会ってくれるそうです」

 この辺りはあちらの縄張り。建物やお店も全部ではないが持ち物。これ以上野蛮な便利屋に暴れられては困るという事か。そこにノコノコ出てくるとは、なかなかあちらさんも肝が据わっている。

 ともかく、レニ達の暴れっぷりが逆効果になっていないことだけは安心した。

「あ、当たり前じゃない。そこまで考えて暴れてたわけよ。よくやったわね時雨君」

「ほーお。じゃあ、なんでお前は涙目になってんだ」

 シモンの頬に、レニの固めた拳が突き刺さった。




 時雨がつけたマフィアの親分との約束は、彼の持ち物である郊外の牧場で待っているというもの。三人は近くで昼食を済ませてから駅馬車で目的地に向かう。舗装されていない悪路を質の悪い車輪で走るので、乗り心地は最悪。しかも、牧場まではまあまあ遠い。たっぷり数時間は文字通り揺られ、到着する頃にはすっかりグロッキー。

 顔も真っ青のまま馬車から降りると、如何にも下っ端という男が近寄ってくる。手下の一人で、案内人だそうだ。牧場の中の獣道を連れて行かれる。その道中、下っ端がなれなれしく話しかけてくる。

「あんたら、賞金稼ぎだよな」

「正確には違うが、まあ、目的はそうだな」

「だったら、取引をしないか? ボスはあんたらの腕っぷしを大層気に入っている。賞金は諦めて、用心棒として雇われてくれないか」

 小物臭いにやけ面で流暢に語る。

 それに反応したのはレニ。こちらもにやけ面。

「雇うって、どれくらいで?」

「もちろん、言い値ですぜ」

「へえ。じゃあ」

 レニは懐から算盤を取り出すとパチパチと弾き始めた。

「え~。願いましては……」

 いつもならスマホの電卓機能で済ますところだがこの星ではそうもいかない。精密機器を用いない算盤なら電磁波の嵐吹きすさぶこの星でもいつも通りに使用可能。……。用意周到だ。

 歩きながら数分、最後の珠を威勢よく弾く。

「出ました! 三人で四千百五十七億六千七百万円!」

 下っ端が仰け反りながら思いきり吹きだした。

「な、あまりに法外すぎる! どういう根拠で言ってるんだ!」

「まず、今回の賞金、数億円。それから、私達が信用を失うことによる損失。おそらくあなた達を裏切っても便利屋稼業はもうできないでしょうから、生涯賃金分はもらわないと。これが三人分で五十億はもらおうかしらね。更に更に、宇宙便利屋組合も稼ぎ頭を失う上に、信用も失う。これも入れて……」

 更にレニはああだこうだと理由をつけて額を上乗せしていく。計算している時間よりも長い。

 それを聞く下っ端は額に青筋を浮かべて耐えしのぶ。。

「……。まだ一千億残ってるんだが」

「ああ、それは私のお小遣い」

「なめてんのか!」

 いよいよ怒りが吹きあがる。対するレニはいたって楽しそう。

「冗談に決まってるじゃない。最初から下る気はなしよ。道案内ついでに暇つぶしご苦労様」

 牧場の最奥、荒野の中に建つにしてはなかなか立派な邸宅の前に到着。言葉を詰まらせた下っ端は、苦々しい感情を押し殺してそそくさと脇に捌けて行った。

 白を基調にした外壁。二階建てで広々とした作りであることは外観からでも想像できる。庭には草花が生い茂り、プールまでついている。やはり、よほど儲けているのであろう。

 いよいよお目通り願おうと、その庭に足を踏み入れようとすると、正面の重そうな玄関扉が開く。

「あちらからお出迎えって訳か。余裕だな」

 扉の向こうから現れたのは、手配書の絵と同じ顔、賞金首その人だ。高そうなスーツを着た恰幅の良い中年男性。山高帽をかぶり、体のあちこちに金ぴかのアクセサリーを下品にじゃらじゃらと付けたその様は、まさにマフィアの親玉。

 玄関前のサンルーフに立ち、こちらをじろりと一瞥。鼻で笑って、葉巻に火を点けてから唸るような低い声で喋り出した。

「おやおや。こんな辺鄙な所までよくぞいらっしゃった。何か御用かな」

「ふざけやがって。俺達が何故来たか。お前がこれからどうなるか。分かり切った事だろう」

「おお怖い怖い。私はこの辺りの土地を採掘者に貸しているだけ。そりゃあ、少々こちらの方は頂いていますが、当然の事でしょう。私にも生活というものがある」

 親玉は葉巻の煙を燻らせて、大仰な身振りと共に話す。いかにも余裕綽々だ。

「どの口が言うのかしら」

 そこにレニが手配書を手にして前に出た。

「分からないと言うのなら教えてあげましょう。不法な額のみかじめ料を巻き上げた廉! それを断った、あるいは払えなかった人に対する暴行、また殺人の廉! 更には脱税! 詐欺! 公務執行妨害! 飲酒運転! 立小便! ごみのポイ捨て! 全部証拠があるのよ。おとなしくお縄につきなさい」

 こちらもこちらで妙に芝居がかっている。

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