7-2.
汽車は目的のマフィアの親玉がいると思われる街に到着した。というのも、インターネットはおろか、電話すらまともに使えないこの星。情報らしい情報はほとんどない。それこそ名前と顔写真だけ。
駅に降り立った一行は、三方に別れて探ることにした。
駅前と言っても、高いビルもおしゃれなショップもありはしない。背の低い木造の建物がまばらにあるだけ、人通りもまばら。むしろタンブルウィードの方が頻繁に通るくらい。
二人とわかれたレニは取り合えずまだ人の居そうな街道方面に向かうことにした。
街道と言ってもなんのことはない。舗装も碌にされていない砂だらけの道。両脇にはドアがあるんだかないんだか分からないような建物。正しく西部劇で見た風景。西部劇を参考に建てたのか、それとも荒野に街を建てようとするとどこでもこうなってしまうのか。
どちらでも構わないが、ここはセオリーに従ってみよう。おあつらえ向きにまだ日も沈んでいないのに馬鹿に騒がしいサルーンがある。無法者が集まる所と言えば、大抵こういう場所だ。勝手なイメージだが。
サルーンの中はいつだって騒がしい。それは俺達無法者の荒くれ者がいつだってたむろしてるから。今日も荒っぽい仕事を一通りこなした連中が、革のベストを放り出して馬鹿みたいに騒いでやがる。
だが、そんな馬鹿騒ぎは一瞬にして切り裂かれた。
勢いよくスイングドアが開き、皆の視線は入り口に集中する。そこに立っていたのは時代錯誤の服を着た女。いや、時代錯誤は俺達の方なんだろうが。
その女は視線を意にも介さず、カツカツとお上品な足音を響かせて主人の居るカウンター席に腰を下ろした。
「何か飲むかい」
「茶碗蒸しでももらおうかしら」
一瞬の静寂の後、下品な笑い声が辺りを包む。笑い声の絶えないアットホームなサルーンだ。
まったくお笑いだ。ここは一丁この辺りのしきたりってやつを教えて差し上げないとな。
「ガハハハ。姉ちゃん、この店にゃあ茶碗蒸しなんてガキ臭いもの……。ガキ臭いか? ……。まあ、とにかくそんなものねえんだよ! お家に帰ってママの茶碗蒸しで食ってるんだな!」
更に笑い声が大きくなる。ノリのいい連中だぜ。
それでも女は顔色を変えない。しかも、すぐにそいつの前に皿が出てきた。
「おまちどお。熱いから気をつけな」
「え! あるの!?」
再び静寂が訪れた。この店で茶碗蒸しが出てくるなどとは知らなかった。知っていれば連日茶碗蒸しパーティーを開いたものを。
いや、そんなことを言っている場合ではない。今すべきことは、涼しい顔で茶碗蒸しを食べているこの女につぶされた面子の落とし前をつけてもらうことだ。
「よお、姉ちゃん。ここらじゃ見ない顔だな。よく裏メニューなんかご存じだな。ええ?」
「裏メニューって。そこに札がかかってるじゃない」
「え!」
女の指さす先を見れば、酒瓶の並ぶ棚の横に、フードメニューとして様々な料理の名前が。俺はこのサルーンに入り浸って二十年にもなるが、そんな物は知らなかった。つくづく人の面子をつぶすアマだ。
「へっ。よく見てるもんだな。しかしだな。口の利き方ってもんがいまいちだ。この俺が教えてやろうか?」
「ん~。それもいいけど、せっかくだからこっち教えてくれない?」
女は俺の凄みも意に介さず、自分のペースで懐から一枚の紙を取り出してこちらに差し出した。
賞金首の手配書だ。この辺りを仕切っている親玉の。
「そいつについて何か知らないかしら。居場所とか」
「姉ちゃん。賞金稼ぎかい」
「似たようなもんね。で、知ってるの」
「知らねえなあ。知ってても見知らぬ人に個人情報を教えるような真似はしねえが」
答えを聞くや否や、女はまるで想定通りという風に立ち上がった。
「そ。騒がせたわね。御主人、これお代。じゃあね」
そのまま軽い足取りで店を後に……。
「待て待て待て。何勝手に出て行こうとしてるんだ」
「何って。知らないんでしょ。私も暇じゃないの。次に行かなきゃ」
「ここまでコケにされておいて、そうは問屋が卸さねえよなあ」
軽く合図を出すと、店中の荒くれ者が我先にと立ち上がり、出口を塞ぎ女を取り囲む。あんな手配書を持つ賞金稼ぎ。タダで帰す道理はない。
しかし女はというもの、怯えた様子もなくちらりと辺りを一瞥してため息をつくばかり。
「はあ。なんのつもり」
「まどろっこしいアマだ。ふんじばっちまえ!」
俺達は一斉に女に飛び掛かった。
気がついた時。俺はザラザラの床に寝転がって汚れた天井を見つめていた。記憶はまばらだが、何があったか思い出してみよう。とは言っても、ほとんど目に追えるものではなかったが。
まず最初に、下っ端の野郎が飛び掛かった。それに女が反応してそいつの手首をつかんで軽く捻った。次の瞬間にはそいつの頭が床を突き抜けていた。何が起きたか分からないまま次の奴がそこらの椅子を女に投げつけた。その椅子は直撃する寸前でいきなり飛ぶ方向を変え、真横にいる奴をなぎ倒した。
それからも次から次へと飛び掛かるが、一向に触ることすらできやしない。屍が積みあがっていくだけだ。俺も正直ブルった。しかし、もう残っているのは俺だけだった。
最早半ば自棄だ。思いきり腕に捻りを加えて、言葉にならない叫びで自分を奮い立たせて突っ込んだ。
結果は明白。背中から思いきり床に叩きつけられ、思ったように呼吸ができない。
女は店内の人間の気配が無くなったのを確かめると、また一つ溜め息をついた。
「はあ。やっぱり物聞きだすのは面倒くさいわ。やっぱり時雨君を連れてくるべきだったわね」
軽く服のほこりを払って、乱れた髪を直して、スイングドアに手をかける。
「御主人。迷惑料はそいつらにツケといて」
「……。まいどあり」
まるで嵐が通り抜けていったようだった。女が出ていくのを見届けたところで、俺の記憶は途絶えていた。
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