7-1.荒野の便利屋

 車窓に通り過ぎて行くのは、果てしなく続く荒野。所々に水くみ用の風車。それからサボテン。そこにレニ達の乗る色褪せた蒸気鉄道を合わせれば、まさに雰囲気は西部開拓時代。ワイルドなウエスタン。

「随分とご趣味のいい惑星ですこと」

 罅割れた革張りのシートに腰かけるレニが眉をひそめて皮肉交じりに呟いた。

 お世辞にも座り心地がいいとは言えないシート。空気は熱く、窓を開けても入ってくるのは砂埃の混じったからっからに乾燥した風だけ。なのに、車内にはエアコンどころか扇風機もない。前時代のそのまた前時代的。この宇宙時代にはそぐわない。はっきり言って不快だ。

 ここはサラカ星系第二惑星『レネスク』。銀河連邦の辺境に位置するこの星は、元は無人の惑星だった。しかし、二十年ほど前、地下に膨大な量の希少鉱石が埋蔵されていることが発見された。それからというもの、銀河の各地からフロンティアスピリッツにあふれた者たちがこの地に集い、さながらゴールドラッシュの様相を呈していた。

 のだが、この星の環境は一筋縄ではいかない物だった。

「そう言ってやるな、レイニー。この星系の恒星、サラカは随分な気分屋でな。恒星嵐が月に何度も発生する。恒星嵐は電磁波や地場の波。これに晒されると人体には影響はないんだが、電子機器の類はすぐに壊れちまう。それで、電気を使わないこんな古臭いもんが引っ張り出されて使われてるって訳だな」

 向かいに座るシモンが得意げに解説する。

 彼はシグレニと同じく宇宙便利屋組合に所属する宇宙便利屋。もうすぐ五十になろうという歳だが、今もなお危険飛び交う最前線で便利屋稼業を行っている。口髭がトレードマークのダンディーな容姿と渋い声が特徴のナイスミドルだ。

「なるほど。それで」

 レニの隣の時雨が深く頷く。

「現在普遍的に使われているような先進的な素材はここでは作れないわけですね。たとえどこかから持って来ても維持ができない。それで、前時代的な見た目になっていると」

「あるいはここを作ったやつが西部劇かぶれだったか、だな」

「そりゃあなたの事でしょ」

 この星のありようを鼻で笑ったシモンの服装は、シャツの上に革のベスト、革のズボン。更にはテンガロンハットまでかぶっている。どこのカウボーイだ。

 先ほどまで得意げだったシモンは、レニの指摘に平静を乱す。

「いや、これはだな。郷に入りては郷に従えという言葉もあって……。そうだ、それこそここではお前らの服装の方が目立つからな」

「大丈夫でしょ。Tシャツはともかく、ジーンズはゴールドラッシュの時代に生まれたんだから」

「む。そ、そうか」

「ま、似合ってはいるけどね。それより、仕事の話に入ってちょうだい。まさかファッションショーのためにこんな辺鄙な所に呼んだわけじゃないでしょ」

「ああ、そうだな」

 シモンは姿勢を整えると、懐から資料を取り出した。紙の資料など久々に見る。

「今回の仕事は、賞金首の確保だ。犯罪者をとっ捕まえるってことだな」

 銀河連邦は高度な技術を持ち、それを治安維持にも役立てて入るものの、如何せんその版図が広すぎる。辺境の土地ともなれば、中央の目は届かないし、どうしてもなおざりになるというもの。

 そこで、連邦警備組織は犯罪者に賞金を懸け、随時賞金稼ぎや宇宙便利屋に狩らせることで、治安維持の一端を担わせている訳である。

「この辺りの希少鉱石市場を牛耳ってる組織の親玉でな。個人でやってる採掘者から法外なマージンをせしめているらしい」

 資料の中の手配書には、如何にも悪そうな髭を生やした恰幅の良い中年男性の写真。問われている容疑。それから中々魅力的な賞金の額と共に、生け捕りにする旨が書かれている。

「なるほどねえ。犯罪者っていうか、まんまマフィアかヤクザね。でも、あれじゃない?」

 レニは窓枠に頬杖をついたまま、足を組み替える。

「悪者は悪者でしょうけど、仮にも縄張りを仕切ってるんでしょ。無法にも法があるっていうか、ヨソ者の私達がそいつをしょっ引くような真似をしたらバランスが崩れちゃうんじゃないかしら」

「俺もそうなるとは思う。しかしだな、この仕事の裏にはどうやら連邦政府の意向があるらしい。噂によると、この星の鉱床そのものを手中に収めたいってことだ。それでそいつらが邪魔になったってことだな。賞金なんて回りくどいことをしているのは自分の手を汚したくないからか、軍を動かせない事情があるのか。ま、俺ら便利屋は報酬さえもらえれば文句を言わねえ、正しく便利な存在だと思われてるんだろう」

「否定はできないわね」

「ちげえねえ」

 二人は流れゆく車窓の景色に自嘲染みた笑いを飛ばす。

 それを眺める時雨は苦笑いすら浮かんでこない。こいつらのように陽気になれるほど、経験は積んでいない。

「そういや、お前らん所に新顔が入ったって話を聞いたが、今日は一緒じゃないのか」

「あら、師匠から聞いてなかったの?」

「なにをだ?」

「ん、それならそれでいいんだけど。まあ、今日はお留守番よ」

 話題の新顔、ソレイユはロボット、精密電子機械もいいところだ。恒星嵐渦巻くこの星系に連れてこられるわけがない。今はこの星系の外のサービスエリアに泊めてあるシグレニ丸でお留守番。

「そうか。残念だな。べっぴんさんだと聞いていたんだが」

 本当に残念そうな表情だ。会わせなくてよかったかもしれない。

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