5-5.end
スイーパーズの面々の一部が撤退したらしく、触手による攻撃は更に苛烈に。四方八方から触手が伸びてくる。
「ハンドガン」
ソレイユの手首が収納されるとそこから銃口が。フィンガーショットよりも口径の大きな銃弾で、触手を蹴散らす。時雨はその後ろをついて行くだけ。そこからはすぐにネージュの下までたどり着くことができた。
しかし、ネージュは時雨が離れたことにより、もうかなり彗星の表面まで引き寄せられている。もう一刻の猶予もない。
「どうする? 二人で引っ張ろうか」
「私のスラスターの出力はスターローダーよりは遥かに劣ります。無謀かと」
「じゃあ、さっきのハンドガン……。いや、あれだと怯ませる程度。締め付けや引っ張りが強くなったら困る」
「でしたら、もっと高威力の物を使いましょう。一度で千切ればよいのですね」
ソレイユはそう断言すると、するすると触手をすり抜けながらネージュに絡みつく触手に近づいた。腕をまっすぐに伸ばすと手首が収納され、また別の銃口が展開された。先ほどの銃口よりも大分口径が大きい。
「後ろを支えていただけますか。反動が大きいので」
「あ、ああ。分かった」
スターローダーの腕を操ってソレイユの背中に優しく手を添える。スラスターの準備はばっちりだ。
準備が整うと、ソレイユの構えた銃口に光が集まる。エネルギーを充填しているのだ。数秒の溜め時間の後、光の波が全て銃口に収まる。
「ソレイユビーム」
構えた銃口から白い光の柱が放たれる。彼女の言う兵装名通りのビーム光線だ。放たれたそれは一直線に標的である触手に伸び、一瞬で突き抜けた。触手の着弾した部分は完全に消し飛び、その先に捕らわれるネージュは自由の身になる。
「す、すごいな」
期待以上の威力だ。触手を消し飛ばした結果もそうだが、スラスターを全開で抑え込まなければ打ち消せなかった反動からもその威力が分かる。
先の千切れた触手は根元の方に引っ込んだ。今がチャンスだ。
「ソレイユ。ネージュを助けてあげて。まだギチギチに締まったままだから」
「イエス、時雨」
触手が絡みついたままでは姿勢制御も碌にできない。ソレイユがネージュのスターローダーを担ぎ上げてコズモラパンに運んでいく。
しかし、彗星棲獣はまだ力尽きていない。離れていくネージュを再び捕らえんと大量の触手を伸ばそうとしている。ソレイユだけでは逃げ切れないか。時雨もそちらに行こうとしたとき、通信が入る。ユウサからだ。
「時雨君! 奴がこちらに向かっているぞ」
随分と切羽詰まった声だ。もう状況はほとんど済んでいるというのに。
「はい。ですから、ネージュを連れて帰還します」
「早くしてくれ。彗星が、奴自身が軌道を変えているんだ!」
「なんですって」
異常なまでに巨大化した彗星棲獣が彗星を乗っ取り、なんだかよく分からないがとにかく、その公転軌道を逸らしているのだ。このままでは時雨達はもちろん、コズモラパンも、更にはこの星系の有人星すら奴の標的になりかねない。そうなれば彗星が惑星に衝突することになり、その被害は計り知れない。
「だから今、緊急信号を打っている。最早我々の手に負えるレベルにない……!」
「……。いや。もう状況は終わっている!」
時雨はびしりと彗星の表面を指さした。
そこにあるのはピカピカと光るビーコン。
「触手の動きから奴の本体の位置は既に割り出してあります。その上で、ビーコンを撃った場所、彗星の目を破壊すれば奴は彗星から追い出される。さあ、ミサイルを撃ってください」
「い、いつの間に」
いや、時雨はそういう人間だ。最初から終わりを見通しながら動く。周りのやってほしいことを言う前に終わらせてくれている。なんとも気の利く男だ。
ユウサはホッと息をついてから、機器を操作してビーコンをロックオン。ミサイルが放たれる。
発射されたミサイルは吸い込まれるようにビーコンに向かって飛び、着弾すると光を放って炸裂する。光が止むと、彗星が真っ二つにパカリと割れ、そこから彗星棲獣が飛び出した。
「中はあいつのせいでほとんど中空になっていたようですね。彗星を食べる彗星棲獣。あそこまででかくなるとあの彗星では小さすぎる。どちらにしろ先は長くなかったんだ。……、ソレイユ」
「イエス。時雨」
ソレイユの構えた腕から銃弾が放たれる。彗星棲獣の核を貫いたそれは、天の川の彼方へと消え去った。
コズモラパン内の大食堂に一同が集まって、仕事を終えた恒例の打ち上げが始まる。ユウサが前に立って乾杯の音頭を取った。
「みんなお疲れ様。トラブルもあったけど全員無事でよかった! 今回の仕事の無事の成功と、その立役者、時雨君とソレイユに乾杯!」
「乾杯!」
声を揃えて大盛り上がり。
あの騒ぎの後は、内部が空洞だったこともあり、彗星の全てを円滑に回収できた。結果的に今回の彗星獲りは大成功に終わった。故にメンバーの羽目の外しっぷりも半端ではない。
特にソレイユの周りはそれが顕著。次々にメンバーの、特に前線組が周りに集まり、折り重なり、もう小山になっている。
「あははは。ソレイユちゃん、モテモテさんだね」
その喧騒から少々離れた所、時雨の隣に座るユウサが豪快に笑う。
「いつもはあそこが時雨君の席だから寂しいんじゃない?」
脇腹にユウサの肘が刺さる。痛い。
「いや、ははは……」
今までは大抵もみくちゃにされながら打ち上げを楽しんでいた。しかし、こうして賑やかなのを遠目に眺めながらチビチビと箸を進めるのもいいものだ。
「年寄りくさ!」
どこからか漂ってきたネージュの頭が脇腹に刺さる。痛い。
「まあ、そっか。時雨君は褒められるよりも、頼られる方が好きだもんね」
確かに、時雨はチヤホヤされるのはあまり好きではない。振られた仕事は難なくこなす、こなせると思っているから。むしろ、やってくれと言われた時の方が力を見とめられているのだと感じることができる。
「ふうん。時雨君ほど気が利く便利屋なんてそうそういないんだから胸張ればいいのに」
「は、はい。……。ところで、ネージュはこっちにいていいの? ソレイユなんて見事君の好みばっちりだと思ったんだけど」
「あああ。それね。もちろん気になるけど、それ以上に時雨君と一緒にいることの方が気になるかな」
「そうだよ! それ! 時雨君水臭いなあ。あんなにスゴイ子隠しとくなんて」
ネージュ以上に、ユウサが食いついてきた。
「いや、あの。まあ、隠して……、ましたけど」
「あんなに人間にそっくりなロボットなんて初めて見たし、宇宙飛んだり手からビーム撃ったりなんてのも聞いたことないし。何者なのあの子」
「それなんですけど……」
時雨はソレイユの事をかいつまんで説明した。少々面倒くさいことになりかねないことも。彼女らを巻き込むのは本意ではないが、ソレイユとの付き合いが長くなりそうな以上、知らない仲ではない彼女らには話しておくべきだ。これは師匠やレニとも話し合って決めたこと。狭くないシグレニの交友関係。ごく近いところであれば、しっかり話して口止めをしておいた方がいい。
こんな形になるとは思っていなかったが。
「というわけなんで、なるべくここだけの話にしてほしいんです。勝手に連れてきて厚かましいですけど」
「そりゃもちろん構わないよ。私達は受けた恩義に恥じるような真似はしない。ま、そもそも時雨君に嫌われて平気な奴はうちにはいないけどね」
「たはは……。とにかく、助かります」
「うん。で、そのソレイユちゃんだけど。あれはいいの?」
ユウサの指さす先には、ソレイユと女の子の小山。先ほどと変わらず、いや、量が増しているようにも見えるその中心で、ソレイユは料理を食べさせてもらったり、飲み物を飲ませてもらったり。楽しそう(?)だ。
「ロボットなんでしょ? ご飯食べられるの?」
「大丈夫ですよ。生体パーツの維持に必要なそうで。美味しくないと箸が進まないそうですが」
「嫌そうな顔してないってことはお口にあったってことでいいのかな」
表情は元から変わらない。しかし、差し出される料理を次々と食べる様は、嫌々食べているようには見えない。
「へえ。生体パーツね……」
それを眺めるネージュが興味ありげに呟く。
「ね。今度遊びに行ったときに、もっとゆっくりお話し聞かせてよ」
「そりゃあ構わないけど。今行かなくていいの? これ終わったら帰っちゃうけど」
「んん。ま、そっちも気になるけど、今は時雨君を労っておかないと。助けてくれてありがとうね。ささ、のみねいのみねい」
時雨の持つグラスに酒が注がれる。
ネージュは時雨があまりお酒を飲まないことを知っているはずだ。なのに、テーブルに並んでいる中でも特に強い物をなみなみと注いでくる。彼女の顔を伺おうとするも、直ぐに背けられてしまった。照れているのか。今更な気もするが。
ま、好意として受け取っておこう。時雨は一息にグラスの中身を飲み干した。
「ぐえっほお! マジで強いなこれ!」
ネージュが小さく吹きだしたのを、ユウサは見逃さなかった。
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