5-3.

 その後もいくつかミサイルが放たれるが、ユウサも時雨もいまいち納得がいっていないようにソレイユの目には映る。

「キャプテン・ユウサ。なにやら苦戦されているようですが」

「ん? ん~。ビーコンの位置もミサイルの着弾点も申し分なく思えるんだけど、思ったとおりの壊れ方にならないんだ。どうしたものかな」

 ユウサは首をひねる。彼女も時雨も彗星獲りは何度もやっている。これまでこんなにも思い通りに行かなかったことはない。軽く機器のチェックをしてみるが、特に問題は無さそうだ。だが……。


 時雨は再度彗星の周りを飛びまわってみる。もしかしたら何か見落としがあったかもしれない。そうなんどもミスを繰り返すわけにはいかない。

「……」

「しいぐれ君。何難しい顔してんの」

 突如スピーカーからネージュの声が響く。てっきりブリッジからの通信だと思っていたら、機体の肩に衝撃。後ろからツンツンとつつかれている。体を捻るとそこには白くペイントされたスターローダーが。

「ネージュ! な、なんで現場に」

「いやあ。たまには時雨君が飛んでるところも見ておかないとねえ」

 そのままネージュは時雨の周りをグルグルと飛びまわる。彼女は時々きまぐれを起こす。度はわきまえているので構わないのだが、時雨はそれに振り回されてばかりだ。

 だが、今回ばかりは来てくれたのは助かった。どうにもこの事態、時雨の考えだけではどうにもならなさそうだ。

「ちょうどいいや。なんか彗星の割れ方がよくないんだけど、何か分かる?」

「ん? ううむ。これは……」

 ネージュも足を止めて彗星の表面を観察してみるが、これと言っておかしな部分は見つからない。

「分からない? じゃあ、もう少し近くに寄って見るか」

 彗星に関しての知識はネージュの方が上なはず。その彼女が分からないというのであれば、何か見落としがあるという事だろう。もう少し近づいて見てみよう。

 スラスターを吹かして彗星の表面が分かるくらいの距離までやって来た。特に変わった様子は……。いや、小さな罅割れのようなものが無数に表面に走っている。こういった物は見たことがない。もっと近くに……。

 次の瞬間。その罅割れが一気に裂けたかと思うと、そこから巨大なイソギンチャクの触手のようなものが飛び出してきた。なにがなんだか分からないが、とにかく避けなければ。しかし、猛スピードで一直線に伸びてくるそれに時雨は対応しきれず、出来た操作は機体を逸らせるだけに終わる。

 直撃する。そう覚悟してその後の操作に頭を向けた瞬間だった。

「時雨君、危ない!」

 強烈な衝撃が機体を襲い、前方に弾かれる。今度こそ何が起こったのか、理解するより早く機体を振り向かせると、そこにはネージュがいた。彼女が時雨を突き飛ばし、代わりに触手の餌食となったのだ。触手は一気に彼女に絡みつき、軽く締め上げつつその根元、彗星の方に引っ張り始めた。

「ネージュ!? 何を……!」

「ぐ、ぐぐ。時雨君が捕まって私が無事でも何もできないから……。取り合えずなるべく早く助けて」

「そりゃ分かるけども」

 なんて無茶をする奴だ。しかし、頼まれた手前なんとかせねば。


 その惨劇はブリッジのモニターに映る時雨の目線カメラの映像はもちろん、窓からでも容易に見ることができた。いち早くそれに気づいたユウサが声を張り上げる。

「あ! あれは、彗星棲獣!?」

「知っているのですか。キャプテン・ユウサ」

「ああ。スイーパーズの間ではその存在自体は常識だけど……」

 彗星棲獣とは、読んで字の如く、彗星の内部に棲む生物である。見た目はほとんどイソギンチャク。

 彗星を構成する物質は水だけではなく、岩石や有機物も混じっている。彗星棲獣はそれを食べて生きているのだ。とは言っても、普段は冬眠状態で、凍り付いているそれを細々と削り食べているだけ。しかし、彗星が恒星に近づくと、コマとして水と共に大気として溶けだした有機物を、その触手を彗星の外まで張り出させ、からめとって食べるのだ。

 彗星棲獣の大きさは大抵数cmから大きくても一mに満たないほど。しかし、今対峙しているあの触手の直径は三十cmは軽くありそうだ。電柱並みの太さ。長さも十mはくだらない。まさに規格外の巨大さだ。

 それが彗星のあちこちから何本も触手を伸ばし、スターローダー達をも絡めとらんとのたくっている。あまりに巨大化したせいでスターローダーを餌と勘違いしているのだ。

 その触手の動きは正確でも速くもないが、力は強く、巻きつかれたら振りほどけない。ネージュの駆る機体も、スラスターを全力で吹かしているにも関わらず、少しづつ彗星棲獣の方に引き寄せられている。

 スターローダーに武装はない。あの触手を切断することはおろか、怯ませるほどのダメージを与えることすら期待できない。今はほとんどのパイロットが攻撃を回避できているが、このままではやられるのも時間の問題だ。

 本来であればこの不慮の事態、とにかく撤退命令を出すべき。しかし、既にメンバーの一人が捕らわれている。かと言って出来ることは……。

 その時、スピーカーから時雨の力強い声が響いた。

「ユウサさん! 皆に離れるように指示を!」

「ま、待ってくれ。ネージュが捕らわれているんだろ!?」

「僕が何とかします。縄抜け検定を持ってますから!」

 何か役に立つのだろうか。そう思いながらも、彼のみが頼りだという事には変わりない。

「……。分かった。皆、なるべく捕まらないようにしつつ、奴を牽制してくれ」

 今、皆が大きく離れれば、その分の触手が全て時雨に向かいかねない。危険ではあるが、頑張ってもらうしかない。ここで指示を出すことしかできない自分が歯がゆい。

「時雨君。頼んだぞ」

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