5-2.

 しばらくスターローダーを撫でまわしていると、艦内放送が入った。目標の彗星が近づいてきたから加速に入るとのこと。彗星獲りの間はその彗星と並走することになる。

 ガタリと艦が揺れると加速が始まり、ふわふわと浮いていた物が床に落下した。

「そろそろか。ソレイユはブリッジの方に行ってて。ユウサさんに許可はもらってるから」

「イエス、時雨。無事を祈ります」

 ソレイユは恭しく頭を下げて、あまり足音を立てずに立ち去った。

「よし。じゃあ、発進口まで移動させるか」

「はいはあい。気をつけてね」

 カタパルト発進口までスターローダーを操縦して歩かせていく。

 所定の位置までが、とても長く感じる。この出撃前の時間は、一番緊張する。すれ違うパイロットやメカニックからの視線も、今までの友達へ向けるものではなく、指揮官への信頼の視線だ。ともすれば命すら落としかねないこの仕事。その成否を託してくれている。その重圧こそがこの足を前に進ませる。

 失敗するわけにはいかない。だからこそ、いつも通り。失敗してもいい仕事なんてない。

 またガクリと艦が揺れ、今度は重力が失われる。彗星と同じ速度になった、つまり、並走状態にあるという事だ。

 発進口が開かれ、ドック内の空気が抜ける。開かれた発進口の脇にいる、宇宙服を着たメカニックが手元の信号で発進準備ができたことを告げた。

 時雨は一度大きく深呼吸をして、しっかりと足元を見据えてカタパルトに足をかける。

「時雨、行きます」

 真空状態による無音のまま、時雨の駆るスターローダーは宇宙空間へ飛び出した。




 ブリッジの扉が開いた。いっぱいに彗星が見える大きく取られた窓と、忙しく動く映像がうつるモニター。その前に座る通信士や操舵士。ここがラビーナスイーパーズの頭脳だ。

「失礼します。キャプテン・ユウサ」

「おっ、ソレイユちゃん。いらっしゃい。今ちょうど皆が出撃してるところだよ。見てごらん」

 窓からは彗星をバックに、スラスターをなびかせて飛ぶ数十機のスターローダーが見えた。しかし、気になるのはその中でも目立つ時雨の乗っている機体だ。ペイントもさることながら、ほぼ人型の他の機体と比べると、片腕が銃になっているように見える。あれはどういうことだろうか。

「何故、外部の人間である時雨が特別な機体に乗っているのでしょうか。ネージュは隊長機と呼称していましたが」

「ああ、それね。見ていたら分かるよ。すぐに仕事が始まるから」

 それからすぐに通信が入った。時雨からだ。

「ユウサさん。そろそろ始めていいですか」

「もちろん。準備OKだよ」

「じゃあ、いきまーす」

 時雨は彗星の周りをグルグルと飛びまわり、ある一点で止まった。銃口を彗星に向け狙いを定めると、発射。放たれ、表面にぶつかったのはのは銃弾ではなく、ピカピカと光を放つビーコンだ。

 スターローダーには武装が搭載されていない。彗星を獲るといっても、まさか素手で掘れるものでもない。ラビーナスイーパーズではコズモラパンからミサイルを撃ち、砕いた彗星のかけらをスターローダーで回収する戦法を取る。そのためのミサイル誘導装置が、時雨が撃ち出したマーカービーコンだ。

 それに応えてユウサがミサイルを撃ちだす。尾を引いて飛ぶミサイルが彗星に直撃すると、破片が四方八方に飛び散った。周りでスタンバイしていたスターローダー達がそれを次々と回収する。見事なチームワークだ。

 マーカービーコンを設置するのも、ミサイルを撃つのも資格がいる。元々はユウサの母親がミサイル発射役を、ユウサがビーコン設置役をやっていたのだが、ユウサの母親が腰を悪くして現役を退いてしまった。なので、資格を持っているのはラビーナスイーパーズでは艦長のユウサだけになった。

 資格持ちが一人だけでは彗星獲りはできない。だが、ラビーナスイーパーズはそう長くやっているわけでもなく、資格を取れるような経験の長い乗組員はいない。そこで、急場凌ぎとして宇宙便利屋組合に資格持ちの便利屋をよこすようにと頼んで、来たのが時雨というわけだ。

 時雨が初めてこの艦にやって来たとき、ユウサは何だこの若造は、と適当なのをよこしたもんだなと思ったものだが、いざやらせてみれば腕はいいし態度も紳士的。むしろこっちが惚れてしまった。このままうちに入らないかと誘ってみたが、断られている。しかし、大仕事の時には毎回来てくれるので大助かり。


 続いて二発目のミサイルが発射された。彗星のかけらが飛び散る。

 その中に少々大きく分かれすぎたものが出来てしまった。時雨は渋い表情を浮かべる。

「あれ。ビーコン打つ位置がそれたかな」

 ビーコンを打つのも一筋縄ではいかない。彗星に走る目を見極めて上手く割れるように打たなければいけないのだ。

「ん~。大丈夫だったと思うけど。まあいいや、時雨君も手伝ってあげて」

「了解です」

 大きなかけらに手を添えながら、三人がかりで運び込む。重さを感じない宇宙空間。だからこそ、平衡感覚が乱れるし、少しバランスを崩すとあらぬ方向へ飛んでいくことになってしまう。そうなっては事だ。スターローダーには長距離移動方法も、長時間の生命維持装置もないのだから。

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