5-1.コメット・スイーパーズ

 水。それは生命の源。

 地球に生命が誕生し、豊かな繁栄を遂げたのも液体の水が存在したこと、出来たことが理由の大きな一つである。

 それは地球のみならず、この銀河に住むほとんどの生き物にとっても、必要なことに変わりはない。

 しかし、この宇宙航行時代。星系内での人口の増加。無人惑星の開拓。水の必要量は日に日に増えている。

 しかし、水と言うのはどこでも手に入れることが容易という物ではない。採取・運搬・利用に適した液体の水が存在する、有人惑星などごくわずかだ。個体の水、氷を切り出し、更にそれを遠くの星に運搬しようとすれば、それ相応のエネルギーがかかる。非効率的だ。

 蛇口をひねれば水が出てくるように、宇宙の向こうから水がやってきてくれれば良いのだが……。




「もしもし。こちらシグレニ。応答願います」

「こちらコズモラパン。時雨さんですね。お待ちしてましたよ」

 全長百mの巨大宇宙母艦コズモラパン。海に浮かべる空母にも似たその艦の巨大さたるや、アパートの一室ほどの大きさのシグレニ丸が小舟に見えるほど。

「今ドッキングアームを出しますね」

「お願いしまーす」

 その甲板に向けてシグレニ丸が接近すると、これまた巨大なドッキングアームがしなやかに捕まえ、格納庫へと仕舞い込んだ。

 時雨達がコズモラパン内部に降り立つと、すぐに長身の女性が出迎えてくれた。

「やあ、時雨君。いつもいつもすまないね」

「いえ。僕も好きでやってますから」

「そう言ってもらえると助かるよ。で、そちらは?」

 彼女の視線は時雨の後ろへ。二人がフワフワと宙に浮く中、一人だけ綺麗な直立の姿勢を保つメイド服の彼女に。

「ええと、メイドさん?」

「恰好だけですけどね。うちの新しいメンバーです」

「お初にお目にかかります。ソレイユと申します」

 ソレイユの恭しい礼が決まる。

「なんか、見学したいらしくて」

「あ、そゆこと。歓迎歓迎。好きなだけ見て行ってちょうだい。スイーパーズのお仕事を見るのは初めて?」

「スイーパーズ。とは、なんなのでしょうか」

「おや、知らないのかい。彗星を捕まえる事を職業にしている人達の事だよ」


 スイーパーズ。彗星の別名『ほうき星』にかけてそう呼ばれる彼らは、彗星を獲り、売ることで生計を立てている。

 何故そんなことをするのか、何故彗星が売れるのか。

 彗星は尾を引いて宇宙を飛ぶ天体である。星系に侵入し、恒星に近づくとその体を溶かして尾とする。何故尾ができるかと言えば、彗星の核がほとんど固体の水によって構成されているから。

 氷でできていて、どこからか星系内に侵入してくる彗星は、謂わば水の宅配デリバリーサービス。だが、高速で近づいてきて、ノンストップで星系を脱出する彗星の恩恵にあずかるのは簡単な事ではない。

 そこで登場するのがスイーパーズだ。水を欲する人の居る星の近くに来た彗星を運搬、利用しやすい大きさに砕き、届ける。それが彼らの仕事だ。

 その説明をしてくれた彼女の名は、ユウサ。自称三十代前半だが、このコズモラパンの艦長にしてラビーナスイーパーズのリーダーである。ラビーナスイーパーズは全員がラビーナ星系人で、しかも女性だけで構成されている。

 ラビーナ星系人の特徴は頭の上についた兎のような細長い耳。狩猟民族であった彼らのそれは兎とは違い前を向いている。それと、地球人の美的感覚からすると全員が美男美女かつナイスバディである点も特筆すべきだろう。


「なるほど。時雨がここ最近上機嫌だったのも合点がいきました」

「げ。そ、そんなことは……」

 ソレイユの冷静な指摘に、時雨は顔を赤くして彼女の口を塞ごうとするが、ここは無重力空間。慌てて動こうとしても思い通りにはいかない。無様にクルクルと回るばかり。

「ははは。それで来てくれてるってんなら、いくらでももてなしてあげるよ。さ、みんな待ってるから、顔を見せに行ってあげてくれ。時間になったら呼ぶからね」

 豪快に笑うユウサに背中をはたかれて、時雨達は船内に歩を進めた。


 発進ドックへ向けて歩いている途中も、時雨は多くの乗組員に話しかけられた。右を向いても左を向いても、ウサミミの美女だらけ。しかも、女性だけだからか薄着の人も多くて目のやり場に困る。そのほとんどがにこやかに挨拶をしてきて、中には抱きついて再会の喜びを表現する者もいた。

「随分とモテモテなのですね」

 ソレイユの冷たい視線が刺さる。いや、ソレイユの表情は変わっていない。彼女の感情を伺ってしまう時は、自分が周りにそう見られていると思い込んでいるに他ならない。

「顔がニヤけていますよ」

「にこやかと言ってよ。大体、ラビーナ星系の人は皆フレンドリーなんだ。スキンシップに対しても開放的だし……」

「やっほお。時雨君」

 また後ろから一人、ラビーナ星系人の女性が時雨におぶさってきた。当然ブレーキなど利かず、時雨は壁に強かに顔面を打ち付ける。

「いでで。ネ、ネージュ」

 アンダーリムの赤い眼鏡をかけた彼女はメカニックのネージュ。常に笑顔を絶やさないコズモラパンのメカニック。歳は時雨の二つ下だが、このコズモラパンの機械いじりの全権を任されている。メカに関する技術はそんじょそこらのプロでは歯が立たない。

「んふふ。あれはいつでも準備万端にしてあるからね。早く行こお。……、って、そちらはどちら様?」

 ネージュの興味は当然ソレイユの方へ。例によって軽く挨拶を済ませるが、彼女はソレイユから視線を離さない。大きな耳をピクピクと動かして興味津々の風だ。

 ソレイユの見た目は人間と同じに作られている。相当近くに寄って見なければロボットだとは分からない、はず。しかし、このネージュ、かなり機械慣れしているので、もしかしたら何かを感じ取っているのかもしれない。特に隠しているわけでもないのだが、言い出すタイミングというものはある。

「何か気になることがございますか」

 時雨が答えあぐねていると、ソレイユが先に返事をした。ソレイユの声は、合成音声ではなく、人工声帯と口腔に実際に空気を流して発している。そこでもバレることはないはずだが……。

「……。ん。何でもない。それより、さっさと行こ。彗星も近づいてるし」

 ネージュはパッと笑顔を輝かせると、時雨におぶさったまま加速した。彼女の考えていることはいまいちよく分からない。


 やって来た整備ドックには、スターローダーが立ち並ぶ。今にも発進の時間だということもあって整備スタッフ達が慌ただしく駆け回っていた。

 スターローダーは全長五mほどの人型パワードアーマー。乗り込んだパイロットの動きをトレースして操縦できる優れものだ。これを用いて彗星のかけらを回収する。

 その並びのひと際目立つペイントがなされた機体の足元で三人は足を止めた。

「時雨君はいつも通りこれに乗ってね。私が直々に整備したから大丈夫だけど、自分でも確認しておいてね」

「ああ。わかってる」

 ネージュにスターローダーのコクピットを開けてもらって、時雨はその中に乗り込んだ。

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