4-2.

「いやあ、どうしてもこの時間になるとお腹が空いちゃって」

 バレてしまっては仕方がない。部屋が明るくなったのと一緒に、時雨の表情と口調も明るくなった。

 時雨は間食が大好き。当然夜食も。師匠の家にいた頃は夜中に抜け出してコンビニに行ってカップラーメンでも食べていたが、便利屋稼業を始めてからはそうもいかなくなった。星系間の移動は長いし、隣にレニはいるし、何より狭いし。

 だが、今のこの船を買ってからは問題が解決された。キッチンのスペースに大型の冷蔵庫を置いて置けるし、レニは寝室で寝ているし、居間は広い。だから大っぴらに夜食が食べられる。

 しかし、この船において食事を作るのは常に時雨だ。元々手際が良いのもあるが、何よりレニに作らせると何が起こるか分からない。他人の作る料理が恋しくなったからと言って、彼女には任せられない。

 そこで思い立ったのがソレイユに作ってもらうこと。戦闘に限らず、大抵の事を彼女なら、料理くらい朝飯前に作ってくれるに違いない。そう思って頼んでみたのだ。

「いや、そりゃ分かるケド。なんかすごく言い渋ってたじゃない。何か思い詰めてんのかと思った」

「夜食って、得も言われぬ背徳感あるじゃないですか。それもメイドさんの恰好した人に作ってもらうなんて……。ぐへへ。そんな簡単にできませんよ」

「き、キモチワルイわね……」

 だらしなく顔を緩ませる時雨。はっきり言ってその一言以外しか浮かばない。

 だが、時雨のその気持ちはレニも分からないでもない。行ってしまえば間食、おやつとそう変わらないのに、夜食と名がつくだけで何か特別な感情を抱く。それに、ソレイユが料理をするのは見たことがない。どんなものを作るのかも興味がある。

「じゃあ、お夜食食べていいんですね!」

「最初からだめだとは言ってないでしょ。好きに食べなさい」

「やったあ。じゃあソレイユ、お願いね」

「イエス、時雨」

 ソレイユはキッチンに向かい、冷蔵庫の中身を確認するとテキパキと支度を始めた。


「何を作るのかしら」

「さあ。明日寄港ですから大したものは残ってませんからね。卵と、パックご飯と、あとお漬物くらい。一人なら卵かけご飯か、一手間かけてチャーハンにでもしようと思ってましたから」

 手間をかけても精々卵焼きとか、オムライスが限界だろう。だからこそ今、頼んだのだが。ソレイユは時々抜けている事がある。軽く頼んでフルコースでも出てきたら処理に困る。最初から材料を限定しておけばよほどの物は出てこないだろう。

 それを知るか知らずか、ソレイユは流れるような手つきで調理道具を華麗に使いこなし料理を作っていく。包丁の弾む音、フライパンで油の跳ねる音、他人が自分のために料理を作っている音と言うのは、なんと心地の良いものか。


~三十分後~


 ソレイユの出来ましたの声にキッチンに向かうと、カウンターに完成した料理があげられていた。

 綺麗に焼き目の付いたバンズに、それに挟まれた今にも肉汁がしたたり落ちそうなビーフ・パテ。更には見目にも鮮やかなレタスまで挟まれたそれは……。

「おまちどおさま。ハンバーガーです」

「ハンバーガー!」

 時雨は目を丸くして驚嘆の声を上げた。何しろ、予想していた出来上がる品と、真逆ともいえるものが出て来たのだから。

「な、なんで!?」

 パンなんか少なくともハンバーガーにちょうどいいものはない。小麦粉はあったはずだが、三十分でパンが綺麗に焼きあがるものか。牛挽肉も同様だ、とうに使い切った。野菜も保存がきく根菜が残っているくらいで、こんな瑞々しいレタスが出てくるとは思わなかった。

「私はレシピに登録されている料理しか作ることができません。そのレシピも現状、十分な量があるとは言えません。その中で、冷蔵庫の材料と照らし合わせた結果、もっとも近いのがハンバーガーだったのです」

「いや、だからって……。どうやって作ったの」

「まず、バンズです。これはあるものではご飯が一番近いです。パンは主食、炭水化物、三大穀物。米の性質と一致します」

「一致するからって……」

「続いてビーフ・パテ。これに近いのは卵です。卵は成長したら鶏になります。鶏肉は肉、牛肉も肉です」

「いや……」

「最後にレタスですが、キュウリのお漬物がありました。キュウリは野菜、レタスも野菜ですね。何の問題もありません」

「……」

 最早ツッコみきれない。連想ゲームかなにかか。そもそも、代用したからと言って同じ形になるわけがない。だが、ハンバーガーは何故だか知らないが形を成している。

「さあ、どうぞ召し上がってください」

 無表情のまま顔を近づけてソレイユが催促する。怖い。

 眼前に構える美味しそうなハンバーガー。材料を聞くと不気味な物にすら思える。しかし、香ばしい良い香りが鼻をくすぐる。食欲には勝てない。時雨はむんずとそれをわしづかみにすると、一思いに頬張った。

「お、美味しい……!」

 予想に反して、それは非常に美味だった。

 柔らかいバンズ(?)がこれまた柔らかいパテ(?)を包み込み、シャキっとしたレタス(?)がアクセントになっている。ありもので作ったとは思えないクオリティ。

 手が止まらない。思わず一息にパクパクと詰め込んでしまった。

「いやあ。美味しかったよ」

「ありがとうございます、時雨」

 ソレイユが恭しく頭を下げる。

 美味しかった。美味しかったのだが、ちゃんとレシピを教えてあげないといけない気がする。料理本とかでもいいのだろうか。

「ふうん。何だか美味しそうだったわね」

 時雨の肩の上にレニが顎を乗せる。

 調理中は興味無さそうな素振りをしていたが、時雨が美味しい美味しいと食べるのにそそられた。

「はい。とっても美味しいですよ。残ってた材料だけで作られたとは思えない……」

「マスターにもお作りしましょうか」

「ん~。残念だけど遠慮しとく。こんな時間に食べると太っちゃうし」

 自転も公転もない宇宙船には本来時刻も日付もない。だからと言って無茶苦茶な生活をしていれば体を壊してしまう。そのため、航行中の生活はむしろ時刻に気を遣う。しっかり二十四時間に合わせて朝起きて、夜眠るのだ。こんな夜更けにハンバーガーなど食べてはいけない。

 しかし、レニはむしろハンバーガーそのものより、それを作ったソレイユの腕の方が気になった。あきらかにおかしな材料で、割と味にうるさい時雨を唸らせる料理を作ったその腕が。

「レシピ通りの物が作れるなら材料は何でもいいの?」

「はい。なるべく近いもののほうが良いものができますが」

「へえ……」

 これはもしかしたら使えるかもしれない。

「ふふふふふ……」

 レニが怪しく笑う。

 時雨は知っていた。彼女がこういう笑い方をする時は、必ず何かよからぬことが起きると。

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