3-5.end
「とは言えあれじゃな。ロボットさん、ロボットさんとは、他人行儀じゃな」
「あ~。そういえばそうね。ここに来るまでの付き合いだと思ってたから、お互いに名乗りすらしなかったわね」
流石に彼女がロボットだと分かってからは荷物とは思わなくなったものの、認識は精々道案内の客程度だった。どうせここで分かれることになると思っていたから。しかし、いつ終わるとも分らない地球行、いつまでも彼女とか、あなたとか呼んでいるわけにもいくまい。
「じゃ、とりあえず私達の自己紹介からね」
レニはソファから立ち上がり、(彼女の手を借りながら)姿勢を正した。
「私はレイニー・ラテール。知っての通り宇宙便利屋シグレニの頭脳労働係ね。レニって呼んでもいいわよ。で、こっちが……」
促されて時雨も立ち上がる。こっちは割とスムーズに。
「僕は静海時雨。同じく実働部隊ってことになってる。二人だからその区分けもよく分からないけど。呼ぶなら時雨でいいからね」
「イエス、マスター、そして時雨。よろしくお願いします」
彼女は恭しく頭を下げる。
時雨は自分をマスターと呼んではくれないのかと思ったが、レニを差し置いてそう呼ばれでもしたら後が怖いので、気にしないふりをした。
「それじゃあ、あなたのお名前も聞いていいかしら」
「申し訳ありません。私には個体名が与えられておりません。品番程度ならあるかもしれませんが」
「あら、そうなの。でもそれじゃあ不便よねえ。……。じゃあ、私がつけてあげましょうか」
「そんな、ペットじゃないんですから。レニさんのネーミングセンスじゃ心配だし」
「なによ。まあ、でも、確かにそうかもね。名前を付けてあげるってなると所有物みたいになっちゃうかも」
いくらロボットでメイドさんの恰好をしているからと言って、そのまんま手下として扱うのはよろしくない。あくまで、共に目的を分かち合う同志でありたい。その気持ちは二人に共通していた。
名前がないのは困るが、そこが崩れるのも困る。
ならば。
「師匠に名付けてもらいましょうか」
「何故そうなるんじゃ! わしゃ別にお主らの名付け親ではないぞ」
「でも、妙案だと思わない?」
「……。ふむ、そうか。果てしない旅路を行くお主達への餞にそれぐらい送ってやるか。そうじゃな……」
無理難題を吹っ掛けられた師匠は、片隅の本棚に向かった。目当てはそこの一角を占拠する子育てに関する本。中には命名辞典もあり、それを使う気だ。ブツブツと何かを呟きながら分厚い本をめくったり戻したり。まだまだ時間がかかりそうだ。
暇になったレニはまたペタペタと彼女を撫でまわして暇を潰している。
「あ、安請け合いしちゃったけど、あなたって何で動くのかしら。電気? 船にはあんまり大容量のバッテリーとか置けないけど」
「問題ありません。急速充電の際にはコンセントを用いますが、通常稼働時には恒星光発電のみで稼働が可能です。後、できれば美味しい御飯を頂けると幸いです」
「御飯? なんで?」
「体の一部に生体パーツが用いられており、それの維持に必要です」
「ああ、なるほど。ハイテクなのね。美味しい必要はあるの?」
「美味しくなければ箸が進みません」
彼女は表情を一切変えずにしゃべるので、冗談なのかいまいち分かりにくい。しかも、いい感じに話の中に混ぜてくるものだから、ツッコんでいいのか分からない。続けて冗談だ、などと言わない辺り本当なのだろうが。
「まあ。一人分の食い扶持くらいは何とかなるでしょ。その分働いてもらうし。ね?」
「イエス、マスター」
「服とかも買った方がいいのかな。私のだと小さそうだし」
彼女は結構背が高い。時雨よりは低いが、女性にしては高い方のレニよりもいくらか。背もそうだが、スタイルも抜群。もし腰回りが緩いとでも言われようものなら、流石に傷つく。
「そういえば、メイド服ってどこで買ったらいいの? コスプレショップ?」
「メイド服でなくても構いません。動きやすい物であれば」
「ふうん」
時雨は、レニがの口角がニヤリと上がったのを見逃さなかった。
ああ、あれは体のいい着せ替え人形を手に入れたとでも思っているに違いない。
明くる日。
師匠宅に泊まった一行が朝食を食べていると、目の下に大きなクマを作った師匠が大きなあくびをしながらふらふらと現れた。
「げ。まさか師匠、徹夜したの?」
「ふわ~あ。当たり前じゃ。下手な名前は付けられんからな。かと言って、あまり名無しの権兵衛が続くのもよろしくなかろう」
「それもそうね。で、決まったの?」
「おう。こほん」
師匠は咳ばらいを挟むと、さっきまでふらついていたとは思えないほどにピシリと背筋を正した。
「『ソレイユ』というのはどうじゃろうか」
「それいゆ……、ソレイユ、ね。徹夜したにしてはなかなか平凡だけど、いいじゃない」
我々の行くべき道を照らす力強い光と、生命を育む慈愛の暖かさを兼ね備えるその名は、三人の門出への最高の餞だ。
「どう? あなたは。嫌なら嫌って言っていいのよ。師匠がまた徹夜するだけだから」
「おい」
「ありがとうございます、お師匠。素晴らしい名前だと思います。気に入りました」
彼女はいつにも増して恭しく、深々と頭を下げる。その表情はほんの少し柔らかく、見えた。
それを見届けた師匠はホッと息を吐くと、張っていた肩を下ろした。
「うむ。それは良かった。ではな、わしは寝る。長居もせんのだろ? 出るときは声をかけてくれ」
言う事だけ言うと、師匠は自身の寝室に素早く消えた。年寄なのに無理するから。
「は~あ。なんか久しぶりに帰って来たのに、あんまりゆっくりできなかったわね」
「しょうがないですよ。仮にも仕事で来たんですから。で、この後はどうしますか」
「取り合えず船を買いに行くしかないでしょ。あれはもう使い物にならないし」
流石にあの事故でぐちゃぐちゃもいいところ。そもそも、乗り換えようと思っていた所だったのでちょうどよかった。保険も下りたし、今回の報酬と合わせて大分いい船が買える。はず。
「分かりました。ええと、ソレイユ。も来るよね」
「イエス、時雨。どこへでも」
「ふふふ。じゃあ、行くわよ、時雨君。ソレイユ」
宇宙便利屋シグレニは、彼女ことソレイユも加わって三人で今日も銀河を行く。
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