3-4.
一時間ほど経つと解凍が済み、遂に装置の蓋が開く。白い煙で中はまだ見えない。
そして、その煙が晴れ、中が見えるか見えないかの時。耳を劈く方向が響き渡った。
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
いや。咆哮と言うより赤子の鳴き声か。二つの装置の片方にはその鳴き声の主、一歳になる頃くらいの赤子。もう一つにはそれよりは少し上、三歳くらいの子供。こちらは泣いていない。不安そうにキョロキョロしている。
色々想定してはいたが、人間の赤子とは。まだ怪物の方が良かった。赤子の扱い方など知らないし、流石に放って逃げるというわけにもいかない。
取り合えず泣いたままでは可哀そうだ。慣れない手つきでその子を抱き上げ、赤ちゃん言葉で喋りかけながら揺すってみる。
……。時間は掛かったが何とか眠ってくれた。いや、泣き疲れたのか。まあ、どちらでもいい。寝かせる場所もないので、装置のベッドに戻す。
と、そこで気が付いた。装置の蓋の裏に、なにやら紙が貼りつけられている。べりと剥がして見てみると、そこに書いてあるのは、地球語。英語だ。
……。軽く目を通すと、太陽の光が潰える前後と思しき内容だった。
そうか。ここは、この暗い星は、地球だったのだ。
書いてある内容をまとめると、この装置を見つけてくれた人に対するお願いであるらしい。
この宇宙基地は地球にあったある組織の実験施設であり、この子達を含んだ二家族が居たようだ。極秘の実験、と書かれているだけで実験の内容は見て取れない。
それはともかく、特に問題なく暮らしていたようなのだが、あの太陽の光が無くなる日を迎えてしまった。
地上との連絡を取ろうにも、あちらはこちら以上の混乱に包まれており、簡単には意思の疎通ができない。地上に戻ろうにも、この真っ暗な状況でロケットなど飛ばせない。
更にまずいことに、この宇宙基地の動力は太陽光発電で賄われており、地上の混乱が収まる半月程も持たずに溜めてあった電力も使い切ってしまう。
この子の親達はもう助かる術はないと思い詰め、遂には心中に至ることになる。
しかし、何も知らない子供を共に連れて行くのは憚られた。ちょうど冷凍睡眠装置が二つだけある。今、それ以外の電源をすべて落とせば、千年の眠りが約束されるはずだ。もしかしたら、地上の生き残りが見つけてくれるかもしれない。そうでなくても、それだけ経てば、宇宙人がこの星を見つけてくれないだろうか。
淡いにもほどがある期待。それでも、誰かに希望を託したかった。もしかしたら今死ぬよりも辛いかもしれない。それでも、子供達の未来に少しでも希望を残したかった。
どうか、心優しい人に見つけられますように。
最後に二人の名前と誕生日が書かれ、愛の言葉と共に締められていた。
図らずもとんでもないものを見つけてしまった。成人した人間であれば、一緒に連れて行って適当な星で達者で暮らせと別れるだけで済むが、流石に赤子ではそうもいかない。適当な施設に預けようにも、どこで拾ったと聞かれれば答えに困る。かと言って、いくら何でも見捨てていくわけにもいくまい。
ああ、どうしよう。自分の船まで連れて帰ったらもう後戻りできなくなる……。
などと考えていた時だった。
俄かに宇宙基地全体が震えだす。あちらこちらの機械やなにやらから火花や煙が吹き出し始める。なんかヤバい感じだ。もはや一刻の猶予もないように思える。エラい所にヒドいタイミングで来てしまったようだ。
もうダメだ。考えている時間はない。集めてきたパーツと、二人の子供を抱きかかえると、一目散に自分の船に戻って、直ぐにその場を離れた。
それからすぐに、今までいた宇宙基地は爆発。爆風が船を襲った。だが、それがちょうどよく衛星軌道を押し出してくれて、一先ず脱出することができた。
二人に向けた最後の贈り物か。閃光に照らされた地球が、一瞬、青く輝いたような気がした。
その後、宇宙空間での船の修理を終えた師匠は、二人を連れて自宅まで帰ってくることができた。
問題はその後だ。行きがかり上連れて帰ってきたは良いが、どうしたものか。自分が地球へ行ったことも、この子らが地球生まれであることも、広く知られれば余計な諍いに巻き込まれることは想像に難くない。
なら。なら……。
どうしたものかと、ベッドに寝かせた二人の寝顔を見ていると、何か胸に温かいものがこみ上げてくる。
嗚呼、自分の心にまだそんなものが残っていたのか。
決して簡単な道程ではないかもしれない。
この子達にとって最善の選択ではないかもしれない。
それでも、師匠はこの時、この子達と共に歩むことを望んだ。立派に育て上げることを決意した。
「それから早二十年。こんな仕事しか知らん人間が母親代わりをやったと言うのに、よくも真っ直ぐ育ってくれたものじゃ。背なんかもわしよりグングン大きくなって……」
一区切りつく所まで語り終えた師匠が一息つく。が、それに対しての感想の類が一切聞こえてこない。途中から相槌も少なくなったように思える。
実際に彼女を見てみると、目は開いているのだが、その立ち姿はどことなく虚ろだ。
「どうしたんじゃ。話は終わったぞ」
話しかけても反応がない。ペチペチと頬を叩いてみると、体をビクリと跳ねさせて漸くこちらを向いた。
「……。あ、申し訳ありません。スリープモードに移行していました」
「わしの話が退屈だったか」
「いえ、そういうわけでは。要点はしっかり聞いていました。マスター達は地球生まれで、お師匠のお子さんで、姉弟なのですね」
「そ。まあ、今思えば師匠の接し方はお母さんと言うより、おばあちゃんみたいだったけど」
「悪かったな。って、なんじゃレニ、考えはまとまったのか」
小難しい顔で唸っていたレニだが、今はいつもの自信満々の表情を取り戻している。
「まあね。それじゃあ、ロボットさん」
「イエス、マスター」
「あなたの依頼、受けるわ。行かせてもらいましょ、地球に」
「ありがとうございます」
彼女は恭しく頭を下げる。その淀みない動作は、まるでレニがそういうと分かっていたようにも見えた。
「じゃが、よいのか? 最近、またあの辺りで恒星の光が消えたとかで警備が厳しくなっておろう。一筋縄ではいかんぞ」
「それはそうだけど~。やっぱり彼女を使っていいってのは魅力的かなって。それに、まっすぐ行かなくてもいいんでしょ? いつかは行ってみたいと思ってたし。そしたらちょうどいいかなって」
「それはそうかもしれんが……。時雨はどうなんじゃ?」
「……。あ、はい」
半ば上の空でテレビを見ていた時雨が、師匠の問いに我に返る。
「時雨君、いたんだ」
「そりゃいますよ。地球行きでしたっけ? 仕事の事はいつも通りレニさんに任せますよ。ロボットさんも強くて優秀そうですからね。手が増えるなら助かります」
「そうか? まあ、今更お主らに危険だからやめろ、などと言うつもりはない。この子も駄々をこねて地球へ連れて行けと喚いているようにも見えないしな。それに……」
師匠がグッと背筋に力を入れると、その目つきは呆れたようなものから、遠く優しい目に変わる。
「お主らには、一度故郷を見てもらいたいとずっと思っておったんじゃ。この依頼が、ロボットさんがその一助となるのなら、むしろ頼みたいくらいじゃな」
「師匠……」
レニ達にとって、師匠は口調通りおばあちゃんっぽいか、見た目通り子供っぽいか、どちらかだと思っていた。しかし、その心の奥には、これで中々親らしい感情も持っていたようだ。少し鼻がつんとする。
「ロボットさんよ。二人をよろしく頼むぞ」
夏休みに親戚に子供を預けるような雰囲気で、彼女の肩を叩く。もうそんな歳じゃないぞ。
「イエス、お師匠」
こちらもこちらで、それが似合っているから困る。
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