3-3.

「と、そんな訳で、簡単に地球に行くことはできないってこと」

 レニは語り終えると、残っていたお茶を一気に飲み干した。

「そんなことになっていたとは。驚きです」

 そう言いながらも、彼女の表情は変わらない。

「ですが、依頼の条件は変わりません。お受けいただけるでしょうか」

「そんなこと言われてもねえ……」

「先ほどのメッセージにもありましたが、前金で私がもらえますよ。手前味噌で恐縮ですが、私は相当優秀ですよ。戦闘能力はお見せした通り。その他にもお琴、お花、お茶。なんでもできます」

「なんでもの範囲がお見合いみたいになってるけど。でも……」

 ただ達成が困難な仕事の依頼であれば、いくらでも受ける。しかし、今回の地球行きというのは、現状困難という領域を明らかに超えている。明らかに最初から無理な仕事の依頼を、前金目当てで受けるというのはプライドに反する。


「しかし、なんじゃなあ」

 レニが熟考の谷に入り込もうとした時、師匠が切り出した。

「二人に地球行きの依頼が来るとは因果なもんじゃなあ。いや、依頼者が知っていたという事も考えられるか」

「どういうことでしょうか」

「こいつらはな。『地球人』なんじゃ」

「地球人……。その末裔という事でしょうか」

「いやいや。地球人の血を引くものならこの銀河中どこにでもいる」

 異性に避難した地球人には、安住の地と共に星系間航行の技術も供与された。無事に入植の住んだ彼らに沸き起こるのは、好奇心。冒険心。

 特にそれが旺盛な人達は、我先にと銀河中を飛び交った。

 この銀河には、地球人以外にも大勢の異星人がいる。その中でも知能を持った者は、大抵人間と同じような二足歩行で腕は二本。顔のつくりなんかもほとんど同じだった。中には獣のような風貌の物や、爬虫類のような鱗を持つ者もいたが。更に、地球人は彼らのほとんどと子を成すことができた。

 ……。実際に試してみた奴が先か、研究で分かったのが先かは知らないが。

 地球人の中には、王族や貴族などと名乗って地球人同士でのみ血を繋ぐことを目指している物もいるが、レニと時雨はそれでもない。

「レニと時雨は正真正銘、地球生まれじゃ」

「矛盾があるように感じます」

「じゃろうな。少し昔話になるがよいか」

 師匠の問いに、彼女はレニの方を見て、まだ目を瞑って鳴り続けていることを確認すると、深く頷いた。

「それでは始めるぞ」

 師匠は懐から拍子木を取り出すと、二回ほど音高く鳴らして、それから語りだした。紙芝居でも始める気か。


 師匠は今でこそ組合長として本部にいることの方が多いが、昔はスゴ腕で鳴らした宇宙便利屋だった。銀河を股にかけてあっちでお掃除、こっちでお片付けと血なまぐさい仕事ばかりこなしていた。

 そんなある日。仕事からの帰り際、星系間宙域で事故を起こし、宇宙船が動かなくなり、宇宙漂流の憂き目にあってしまう。

 推進力はともかく、通信機までがダメになってしまった。不幸中の幸いでそれ以外の生命維持装置や照明は動いていたし、食料・水は十分にあった。しかし、このまま何もない星系間宙域で漂流していれば、遅かれ早かれ宇宙の藻屑となることは避けられない。

 そんな漂流生活が始まって数週間。窓の外を見て、ある事に気が付いた。

 窓の外が暗い。いや、黒い。

 星が影のように立ちふさがり、その向こうの星々の光が見えないのだ。要は日食のような状態。

 どうやらこの宇宙船は、この星の重力に捕らえられ、衛星軌道に乗ってしまったらしい。

 これは困った。このままでは、漂流してどこか人の居る場所へと流れつくという希望も失われる。星の表面に降りようにもそんな装備もない。そもそも、あまりに真っ暗すぎる星だ。降りたところでどうにかなるとも思えない。

 ああ、困った。困った。焦りから船内をウロウロと右往左往していると、短距離レーダーがアラーム音を発した。何かが接近しているのだ。

 すわ有人船かとレーダーを覗き込むと、なんだ、同じように衛星軌道上を回っている物ではないか。ただ、どうにもある程度の大きさの人工物であるらしい。こちらと同じように、どこからか漂流してここに捕らえられたのだろう。

 最後の望みだ。信号発信装置か、そうでければ何か使えそうな機械があるかもしれない。

 まだ何とか動く姿勢制御用のスラスターを吹かして、少しづつその物体に近づいて行く。


 ドッキング用の入り口があったのは助かった。どうやら宇宙基地か何かのようだ。取り合えず宇宙服を着こんで中に入ってみる。

 空気がほぼ一気圧で充満している。組成は、窒素が八割、酸素が二割、その他もろもろ……。宇宙服無しでもいけるかもしれない。念のため脱がないが。

 

 照明はスイッチを操作してもつかない。ヘッドライトを点けると、ようやく内部が見えてきた。白を基調とした流線型の壁、床。電源の入っていない実験機材や観測機器が並ぶ。実験施設か何かのように見えた。

 これなら何かしらあるだろうと探していると、やっぱり見つけた。倉庫らしき場所に宇宙船予備パーツが山ほど積んである。これだけあれば宇宙船を修理できそうだ。

「それは泥棒と言うものでは」

「緊急避難じゃ。大目に見てくれ」

 後はそれを持ち帰って修理するだけ。何とか解決の目途が立ったので、気が軽くなった。せっかくこんな所まで来たのだから、何か金目の物がないか物色しながら帰ることにしよう。

「それは紛う方なき泥棒です」

「何も言えん」

 しばらく調べてみて分かったが、全体的に技術レベルが大分低い。この基地もやっとこさ宇宙に浮かんでいるレベル。移動能力などもなさそうだ。だからこそ宇宙船用のパーツが置いてあったりもするのだろう。

 そんな折、興味を惹かれるものを見つけた。冷凍睡眠装置のようだ。二つ並んでいる。機能を停止している他の機材と違って、これだけは電源が入っていて未だに稼働している。

 してはいるのだが、なにやら様子がおかしい。装置のあちこちから火花が散っているし、稼働状況を表示する液晶パネルは不安定に点滅を繰り返す。まるで今にも壊れてしまいそうに。

 まさか自分がこの船に乗り込んだからだろうか。もともとこの船は大分古い物。そこにドッキングの衝撃が最後の藁になってしまったのかもしれない。

 漂流中であれば見捨てたかもしれないが、助かる目途のついた今となってはそうするのも気が引ける。とは言え、凶暴な生物が入っていたらどうしようか。

 などと考えている間に。プシューと言う音が聞こえてくる。冷凍ガスの抜ける音だ。いよいよ冷凍睡眠が解けてしまうらしい。壊れかけでも、最後の力を振り絞って命だけでも救おうという事か。

 ええい。乗り掛かった舟だ。顔くらい見て行ってやろう。

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