3-2.

「どういうこと? あなたはこの依頼の事を知っていたの?」

「はい。強いて言えば今、思い出したというのが正しいでしょう。依頼者によって吹きこまれていたメッセージの記憶領域のロックが解除されました」

「依頼者……。そうか。師匠は依頼を受けた時に会ってるんだっけ?」

「会いはしたが、仮面をつけていた上に合成音声じゃったからよく分からんかった。積まれた前金に気を取られている内にいつの間にかいなくなっていたしな」

 師匠は当たり前の事のようにからからと笑う。師匠がお金に弱いのは今に始まった話ではない。明らかに怪しい仕事を回してきたことを含めて、そこはもう放っておく。

「じゃあ、あなたは依頼者について何か知っているの?」

「いえ。このメッセージを再生しているだけで、他の情報はありません」

「……。そっか。じゃあ、続けて」

「イエス。マスター」

 彼女はまた音声の再生状態に移る

「なので、次の仕事もあなた方に依頼したいと思います。こちらも運搬の依頼、荷も同じくこのロボットです」

「次の仕事って……」

「返答は用意されていません。続けます。前金として、運搬物であるこのロボットの使用を許可します。また、目的地が遠方、かつ到達が困難であることから、達成期限は無期限とし、他の依頼との並行も構いませんし、その仕事にこの子を用いることも許可します。もちろん壊さなければ、ですが。そして、最終的に目的地に到達してください」

 無期限でしかも他の仕事もやっていいとは。ほとんどタダで彼女をくれるような話だ。だからこそ、何か裏があるのではないかと勘繰ってしまう。

「目的地ってどこなの」

「地球です」

「地球!?」

 彼女の言葉に、他の三人が寸分違わず驚愕の声を発した。ベルトを締めていることを忘れて立ち上がりそうになるほど。

「記録されたメッセージはここまでです。……。みなさん、いかがなさいましたか」

 三人は三者三様の恰好で驚きを露わにしている。特に時雨なんかほぼひっくり返りかけている。

 一足先に平静を取り戻したレニが彼女に質問する。

「いかがって……。本当に宛先は地球なの?」

「はい。何か問題でも」

「問題って……。もう地球は滅びたじゃない。五百年も前に」

 彼女の体が、ピクリと揺れた。




 皆が落ち着くのを待つ間に、彼女がお茶を淹れてくれた。同じ茶葉なのに、いつもよりおいしい気がする。

 お茶を飲み干し終わったところで、彼女が口を開いた。

「地球が滅びた、とはどういうことでしょうか」

「文字通りの意味よ。それこそ一般教養じゃないの?」

「申し訳ありません。勉強不足でした」

 彼女は深々と頭を下げる。

 どうでもいいことほど一般教養だとか言って知っている彼女が、こんな常識を知らないとは。

「申し訳ないついでで恐縮ですが、その辺りの事について教えていただけると助かるのですが。依頼の遂行に差し障りますので」

「そういうのって、パソコンとつないで情報をダウンロードできたりしないの?」

「試しましたが、規格が合いませんでした」

「ああ、そう……。まあ、せっかくだしお話ししてあげましょうか」

 レニはこほんと咳ばらいを一つ挟むと、ゆっくりと語りだした。


 現在から遡ること五百年ほど。西暦で言うと二一二七年。

 地球は何の前触れもなく闇に包まれた。太陽から突如として光が失われたのだ。

 当然、世界は混迷に陥った。月明かりすらない闇に何の準備もする間もなく突き落とされたのだから。

「太陽の寿命はまだ百億年以上あるはずですが」

「そうね。人類が地球に住めるという条件下でも何千万、何億とその光を湛えているはずだった」

 しかし、事実として光は降り注がない。太陽はなくなったわけではなく、そこに存在しつつも、全く観測できなくなっていた。そのため公転や重力バランスは乱れなかったが、そんなことは何の慰めにもならない。

 ただ、太陽光がなくなったからと言ってすぐに破滅が訪れるわけではない。温室効果ガスの効果によって、しばらくは気温が保たれる。

 しかし、その猶予はせいぜい一か月ほど。それを過ぎれば地球は凍り付き、とてもではないが人類どころか、生物の暮らせる星ではなくなる。

 地球人の宇宙航空技術は太陽系内の他の惑星に自由に航行できる程度には発展してはいたものの、太陽系を脱出できるほどではなかった。とても一か月でどうこうできるレベルにない。

 地球人のほとんどは、地球とその運命を共にすることを覚悟した。


 それから、半月程が経過した時だった。闇に覆われた地球に、外宇宙から使者が訪れた。彼らは、この天の川銀河で一番の規模を誇る国家、銀河連邦からの使者だと名乗った。

 彼らは、地球人より科学が発展しており、星系間を自由に航行する技術を既に持っていた。この滅びゆく惑星から、人類の全て、一定量の動植物を避難させるためにやって来たのだ。

 宇宙に別の知的生命体がいることすら知らなかった地球人は驚いた。だが、それ以上に喜んだ。安堵した。彼らが地球人とそう変わらない見た目をしていたのも大きかったが、とにかく、滅びるのを待つしかなかったところに、救いの手を差し伸べられたのだ。

 銀河連邦の手引きで手ごろな星に移動した彼らはそこに定住。地球人は故郷を失ったものの、再び繁栄と安寧を取り戻すことができた。

 しかし、喜ばしいことばかりでもなかった。太陽だけでなく、その周りのいくつかの恒星も間を置かずに光を失った。原因は解明されていない。単に寿命を見誤っていたとか、何らかの影響で重力バランスが乱れたことが原因だとか。あるいは、恒星が感染するウイルスのような物があるとかいうオカルト染みた迷信や、邪神が光を食べたなどというガチオカルト与太話まで出ている。

 銀河連邦政府は、太陽系を含めた一帯への立ち入りを禁止。真っ暗な闇に閉ざされた星系に立ち入るのはあまりに危険だからだ。それが原因を解明できない理由でもある。

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