3-1.二人の過去と三人の未来

 衛星軌道上の軌道エレベーターステーションで解放された一行は、軌道バスを用いて組合本部へと向かう。

「あなたの分の料金も払わないといけないのかしら」

 窓際の席に座ったレニが不満げに呟いた。

「動く動かないに関わらず、席を占有するのであれば、乗車料金を支払うべきだと思われます」

 あなたが指す、ロボットの彼女が抑揚のない声で答えた。

「よく知ってんのね」

「一般教養です」

「でも、あなた立ってるじゃない」

「一緒です」

「ま、まあまあ。それくらい払えばいいじゃないですか」

 時雨が間に入ってレニをなだめる。

 レニも理屈は分かっているのだろうが、真っ向から否定されれば、売り言葉に買い言葉になりかねない。こと、相手がロボットならなおさらだ。

「……。しょうがないわね。時雨君のお小遣いから払っておきましょう」

「え。……、はい」

 ここで時雨まで口論に加わっては仕様がない。涙を飲むのだ。いつもの事ではないか。


 ナバナ星系第二惑星『スイバ』。地球より小さいが、気候のよく似たこの星に宇宙便利屋組合の本部がある。本部とは言っても、宇宙便利屋組合はそんなに大きな組織でもない。衛星軌道上の四階建てビル一個分程度のスペースコロニーにその居を構えている。

 銀河連邦警察での長い取り調べを終えたシグレニ一行は、漸く荷物の届け先であるここにたどり着いた。

 正面玄関の扉をくぐると、小綺麗で狭いロビー。依頼の受付も、各便利屋への仕事の割り振りも通信で行うため、外来用のスペースは最低限。だからこそ、レニ達が中に入るとすぐに手厚く出迎えてくれた。

「おお。レニ、時雨。帰って来たか。待ちわびたぞ」

 受付の席に座っていた金髪の少女は、こちらを見つけると嬉しそうに駆け寄ってきた。

「師匠。久しぶり」

 レニがその手を取って応える。

「うむ。で、そっちは?」

 少女の好奇の視線は、二人の後ろに立つ彼女の方へ。

「あの依頼の品よ。ちょっとトラブルがあって外に出ちゃったけど」

「おお、そうか。ふむふむ。美人さんじゃのう」

「あんまり驚かないのね。知ってたの」

「ロボットだという事はな」

「言ってよ。師匠も人が悪い……」

「まあまあ。お主もよろしくな」

 少女の差し出した手を彼女は握り返す。

「よろしくお願いします。……。シショウ、さんというお名前なのでしょうか」

 その少女は、体も小さく、精々十四、五歳程度にしか見えなかった。一般教養が備わっている彼女には、レニが言った『師匠』を言葉通りには受け取れなかった。

「ノンノン。言葉通りの意味の師匠よ。私達の便利屋の師匠。因みに宇宙便利屋組合の組合長」

「そうなのですか。しかし、マスター達よりも随分お若く見えますが」

「からから。美人な上にお上手じゃなあ」

 少女はいたずらっぽく笑って、彼女をぺしぺしと叩く。

 その彼女の視線はレニに向けられ、表情は変わらないが困っているように見えた。

「あんまり気にしない方がいいわよ。私達が師匠と初めて会った二十年前からずっとこの格好だから」

 赤子の時から一緒にいるが、一切成長も老化もしない。古風、と言うか年寄くさい言葉遣いもそのまま。年齢を聞いたこともあるが、数えるのが飽きたから憶えていないと言う。

 もう諦めたというようなレニの言葉に、彼女も頷いて会話を切り上げた。


「で、師匠。依頼の報告と、ついでに詳細について話してほしいんだけど」

 挨拶を済ませたところで、レニが切り出した。

「それもそうじゃな。取り合えずわしの部屋に来い。立ち話もなんじゃ」

「それはいいけど。この子は?」

「一緒に来てもらおう。まさか他の荷物と一緒に倉庫に、というわけにもいくまい」

「だって」

 話を振ると、彼女は恭しく礼をした。

「イエス、マスター」

「マスター?」

 師匠が首を傾げる。当然だ。荷物の運搬を依頼された便利屋がその荷物に持ち主呼ばわりされているのだから。

「なんか、箱を開けた人に従うようになってるんだって」

「ひよこみたいじゃな……」


 階層の仕切りに開いた穴を二階分くぐり抜けると、そこは組合長室。それぞれは革張りのソファに座ってベルトを締める。

「ロボットさんも座っていいんだよ」

 時雨が勧めるも、彼女は軽く首を振った。

「いえ、私は大丈夫です。マグネットソールもありますし」

 それはもっともだ。無重力空間で椅子に座る最たる理由は、姿勢の制御にある。無重力空間ではまずその場に留まることはできない。体を固定するために動かない物に身を預けるのだ。

 その点、彼女は磁力で床にくっつけるし、ロボットだから疲れもしない。それに、なんともソファの横に立つその姿が似合っている。伊達にメイド服を着ていないという事か。

「まずは、そうじゃな。今回の依頼についてじゃが」

 各々が落ち着いたところで、師匠が切り出した。

「はっきり言ってわしは何も知らん」

 ふんぞり返って無い胸を張る。

「はあ!?」

 腹が立つのは当然レニだ。ここまで運ぶのにどれだけ苦労があったか。死にかけもした。悪党とは言え、人死にも出た。そんな仕事を軽々と回されてはたまったものではない。

「だって、その時はそんなに重要なものだとは言われなかったし。それに、前金としてあれだけ渡されればなあ」

「まあ、そうね。確かに私もあれを見せられたら、すぐには断れないかも」

 お金さえもらえれば法に触れない限り何でもやるのが宇宙便利屋。その額によってはグレーな部分に足を踏み入れるのも吝かではない。

「更にな。先方はお主らを御指名だったし」

 それも初耳だ。

 確かにシグレニは二人でやっている割には実績がある方だとは自負している。はっきり言って優秀だ。だが、それも二人にしてはと言うだけ。本当に重要な物なら、もっと大人数で武装もしっかりやっているところに頼んだ方がいいはずだ。わざわざ大金を払ってシグレニを指名するのは少々中途半端に思えた。

「ふうん……」

「ま、金払いさえよければ些細な事じゃ。成功報酬を渡すとしよう」

 師匠は懐から一枚の紙きれを取り出した。文字などは書かれておらず、なにやら複雑な模様がいっぱいに描かれている。

「これは? 小切手?」

「さあ。じゃが、先方が言うにはこの子が届いたらこれを見せるように、とのことじゃ」

「見せる、ねえ。あなた、何か知ってるの?」

 彼女の目の前にその紙きれをかざすと、俄かにその体が反応した。

「これは、バーコードです。メモリーの一部のロックが解除されました。依頼者からのメッセージを再生します」

 それから、彼女は饒舌に、滑らかに語り始めた。

「無事の依頼の達成を感謝します。やはり、あなた方に頼んで正解でした」

「ちょちょ、ちょっと待って」

 レニが慌てて彼女の口の前に手をかざした。

「イエス、マスター」

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