2-4.end
彼女の華麗な動きに目を奪われるばかりだったレニだが、舞い散る紙吹雪の中に、何か文字が書かれた大きな紙をその視界の端に認めた。どうやら彼女の入っていた箱から出て来たものらしい。ちょうど近くに漂ってきたので素早く掴み取って読んでみることにする。
『便利屋さんへ。箱がもし開いてしまったら、中の物は自由にお使いください。最終的に目的地へ届いていれば結構です』
我々に宛てた物だ。依頼者はこうなることも予想していたのか。そうならこういう手紙はすぐに読めるように外に付けておいてほしい。
ともかく、それなら安心だ。依頼者のお墨付きとあらば、この場は彼女に任せよう。
そう考えて視線を上げると、もう一枚手紙が浮いていることに気付く。
『追伸:もしも損壊させてしまった場合には、全額弁償していただきます』
「げ!」
それは困る。今は無双の活躍でばったばったと敵をなぎ倒している彼女だが、この先不慮の事態がないとは言い切れない。
あれだけ高性能のロボットだ。壊して弁償するとなれば、その額は計り知れない。そんなことは絶対に避けなければならない。
ならば……。
「ピピー! タイムアウト!」
レニの鳴らした笛の音に、彼女も強盗達も戦いの手を止め、それぞれの陣地に下がる。
「お疲れ様。ロボットさん」
レニはタオルで彼女の汗をぬぐおうとするが、そもそもロボット。汗などかかない。
「ちょっと、レニさん。なんでタイムなんかかけるんですか」
妙なタイミングでのタイムアウトに時雨が食って掛かる。
「流れは確実にこちらだったでしょう」
「それはそうなんだけど。ちょっとこれ読んでみて」
時雨は渡された手紙を読むと、すぐに顔を青ざめさせた。
「こ、これ。弁償って……」
「でしょ? だから、選手交代!」
レニは大きく手を挙げて高らかに宣言した。
「ロボットさんに代わって、時雨君!」
「はあ!?」
流石にあの場に出たくはない時雨が、レニの挙げた手を下ろさんと掴みかかる。
「何言ってんですか! 僕が勝てるわけがない……!」
「大丈夫だって。それに多分、治療費の方が安くつくし」
「葬式代になる! 大体、俺は彼女と違って本当に素手! 丸腰です!」
「でしたら……」
彼女は手でもう片方の腕を掴んで引っ張る。すると、きゅぽんと肘から先が外れ、それを時雨に押し付けてきた。
「こちらをお使いください。手元のボタンでスタンアームが発動します」
「おお~。よかったじゃない。これで戦えるわよ」
「ぐ、ぐぐぐ……」
タイムアウト終了を知らせるアラームが鳴る。強盗達はもう臨戦態勢だ。
「ほら、行った行った」
「ち、ちくしょ~、きれいになってやる~!」
レニの試合再開の掛け声共に、時雨はいざ戦場へ切り込んだ。
数刻後、遂に時雨は強盗達を全員伸すことに成功した。
既に彼女との戦いで強盗達は半壊していたし、士気も大きく落ちていた。スタンアームの性能もよかった。なにより、レニの指示で彼女が残った腕の銃口を常に向けていたのが効いたかもしれない。実際、時々撃っていたし。
「ぜえ、はあ。な、なんとかなった」
ボロボロの時雨が倒れこむ。大きなけががなく済んだのは幸いか。
「よくやったじゃない、時雨君。お疲れ様。後は任せておいて」
レニと彼女は、強盗達が動かなくなってから、手近なロープで全員をグルグル巻きに仕立て上げた。そして、親玉の顔に水をぶっかけて叩き起こすと、早速尋問タイム。
「さてと、それじゃあ、知ってることを洗いざらいはいてもらいましょうか。この子についてと、誰に雇われたかと」
「……」
親玉は、こちらを睨みつけたまま黙っている。
「もうそろそろ警察が来るはずだから、そっちで喋ってもらっても構わないけど、出来れば私達にも直接聞かせてほしいのよね」
「……」
仮にも雇われ人の自覚はあるらしい。さて、どうしたものか。
「ふむ。じゃあ、ロボットさん。一発撃ってもらえる」
「イエス、マスター。どこに」
「脚」
レニの言葉から数瞬。破裂音と共に親玉の脚から血飛沫。この二人には躊躇と言うものがない。
「ぐおおお……」
親玉が思いきり顔をしかめる。だが、その口はまだ自由には開かない。
「次はどこにしようかしらね。指?」
「イエス、マ……」
「ま、待ってくれ。少し考えさせてくれ……」
「はあ……。そんなに気が長いわけじゃないからね」
大きくため息をついたレニは、彼女の攻撃姿勢を解除させ、その体を手持無沙汰にペタペタと撫でまわし始めた。
しかし、そんな暇つぶしも長くは続かない。三分も経たないほどで、再び彼女の銃口を向けさせた。
「ここからのカウントダウンの指折りは銃弾でしようかしらね」
「い、言うからやめてくれ」
親玉は涙目で答えた。レニがやると言ったらやる人間だと長年の傭兵の経験から感じてしまった。こうなればもう折れた心は元には戻らない。
レニはと言うもの、正直おっさんの泣いている姿は見たくないのでさっさと先に進めたくて仕方がなかった。
「じゃあ、さっさと吐きなさい。聞いててあげるから」
「ロボットについては何も知らねえ」
「嘘をついたら……」
彼女の腕を引っ張って親玉の頭に突きつける。
「嘘じゃねえ! ただ貴重なロボットだというだけ聞いていた! 動き出すかもとは言われていたが、ここまで強いとは思わなかった……」
もう涙が零れ落ちている。見苦しい。
ただ、泣き落としを掛けようとしているようには見えない。
「やれと言われただけなのね。じゃあ、誰に雇われたの」
「そ、それは……」
「……! マスター、離れてください」
「へ?」
彼女は親玉に近づいたレニを脇に抱え、ついでにそこらに浮いている時雨を乱暴に捕まえると、すさまじい速さで格納庫を飛び出した。
そのままにすぐに通路脇の窪みに二人を押し込んだ。
「げほ。い、いきなり何するのよ」
「申し訳ありません。ですが……」
その直後。轟音が鳴り響く。それから爆風が、通ってきた通路を吹き抜けた。
「な、何事!」
格納庫に戻ってみると、そこには親玉も、手下達も、人っ子一人いない。
しかし、残されていた焦げ跡と血煙はそこで何が起きたかを雄弁に物語っていた。
「まさか、自爆?」
「いえ。外部からの信号を検知しました」
「……。誰かが爆発させたってこと?」
おそらくは雇い主。マイクかカメラかは分からないが何かしらの方法でこちらの情報を得ていて、決定的な事を漏らされる前に始末したという事か。
理屈は分かるが、そこまでのことをやるものか。こいつらの後ろについているのはそれほどの力を持った者なのか。そして、それが欲しがるほど彼女は重要な物なのか。
あれほどのことがあって、これほどの惨状を見てもすました顔を崩さない彼女。レニの背筋に冷たいものが走った。
レニ達は何も分からずに窪みに押し込まれた時雨を引っ張り出して、艦橋へ移動した。流石にあの場所に留まるのはキツかったし、改めて通信をするため。
レニ達の船はもう動かないし、その船が突っ込んだままのこの船を動かすわけにもいかない。救助が来るのをただ待つしかなかった。
「はー。そんなことがあったんですね」
時雨は惨状が起きたことは露知らず。疲れからほとんど夢現だった。それも幸いかもしれないが。
「それにしても……」
時雨の視線は彼女の方へ。少々じっとりとした視線で頭から爪先まで撫でまわすように。
「美人さんですねえ……」
寝顔も綺麗だったが、改めて見てみると、見れば見るほど美人だ。
切れ長で、かつ穏やかな目元。通った鼻筋。一文字に結びながらも微笑みを感じさせる口元。落ち着いて見ても、とてもロボット、作り物のようには見えない。
クラシックなメイド服と言うのもセンスがいい。一見地味だが、それがいい。メイド服に求められるのは機能美。露出が多かったり、派手な飾りがついていたりするのは好みではない。
更にそこに浮かぶスタイルのなんと良いことか。特段目立つところはないのだが、実に均衡が取れている。よくできた絵画や彫刻を見ているかのような、美的センスを駆り立てられる佇まいだ。
「なにデレデレしてるんだか」
レニが心底呆れたように吐き捨てた。
「まあいいわ。それより、あなたに聞きたいことがいくつもあるんだけど」
「なんなりと。マスター」
「だから、私は……。まあ、それなんだけど。あなたを作った人とか、この仕事の依頼主の事とかを聞いてもいいかしら」
「申し訳ありません。それについてはお答えすることができません」
「秘密ってこと?」
「いえ。知らないのです。私のメモリーにあるのは、私自身の機能・兵装に関すること、一般教養、基礎学問のみです」
「あ、そういうこと。出荷状態ってことね」
「はい」
彼女はやはり表情を一切変えない。感情を読めず、言葉の真意まで見抜くのは厳しい。本当に従ってくれているというのであればありがたいのだが。
「取り合えず、依頼通りに組合本部まではついてきてもらうわよ」
「イエス、マスター」
会話を終えるとほぼ同時に、艦橋に着信を知らせる音が鳴り響く。どうやら救助の船が近づいてきたようだ。これにて一応、一件落着と言った所か。
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