2-3.
「……。行ったみたいね」
格納庫内の小型宇宙戦闘艇の下から這い出したレニが小さく呟いた。
「なんなんですかね。あいつら」
積み荷を抱えた時雨も影から姿を現す。
「ただのならず者集団には見えませんが」
「便利屋……。いや、傭兵くずれでしょうね。ま、雇われてワルやってるのに、そのこと口に出す時点で三流もいい所だけど」
「どうしましょうか。三流とは言え、あの数ですよ」
人数も多いし、武器も持っていた。対してこちらはたった二人で丸腰だ。雇われているのであれば、交渉に乗るとも思えない。
「あ。そう言えば楽しんでから殺す、って言ってましたよね。レニさんがウッフ~ンなんてクネクネしながら出て行ったら隙が生まれるかもしれませんよ」
「いい考えかもしれないけど、言い出した人がやりなさいよ」
「僕がやったってしょうがないじゃないですか」
「聞いてなかったの? あいつら、両方上玉だ、って言ってたわよ。暗がりだったから女に見えたのか、それとも両方いけるクチなのかしらないけど」
「う」
「時雨君、顔だけはいいんだから役に立ちなさいよ」
「その言葉、そっくりそのままお返しします」
小声でこそこそ作戦会議。しかし、大した考えは生まれない。
こうなれば頼みの綱は出しておいた緊急信号のみ。隠れているほかない。それもほとんど運任せ。奴らの無能さに賭けるほかない。つまり、打つ手無し。
レニは大きくため息をついた。
「はあ。困った困った」
「お困りですか。マスター」
「そりゃね……。って、なに、時雨君。遂に私のことを御主人様と認めたの」
適当に返事をしたものの、声の主であろうはずの時雨はぶんぶんと首を振って否定している。それもそのはず。レニをマスターと呼ぶ、その抑揚のない声は、彼が抱えた荷物、正確に言えばその箱の穴から見える顔から発されていたのだから。
「何か手伝えることがあればおっしゃってください」
目をしっかりと開いた彼女は、また抑揚のついていない口調で喋る。
「ちょ、ちょっと。これって本当に生きている人間だったの!?」
「そ、そんなはずは……」
二人は揃って慌てふためいた。時雨の手から離れた、顔だけを覗かせる箱が宙に浮かぶ様はなかなかシュールだ。
「いえ。私は人間ではありません。ロボットです。マスター」
「そ、そうなの」
彼女は人間によく似ているが、落ち着いてしっかりと見てみれば、確かにそうであることは分かる。それは動き、喋りだした今も同じだ。
レニはそう思い込み、咳ばらいを一つ挟んで気を落ち着けた。
「こほん。ええと、申し訳ないけど、私はあなたの持ち主ではないの。運んでいるだけで」
「そうなのですか。ですが、私のメモリーにはこの箱を開けた人の命令に従うように、という指示があります」
「ん……。それは事故で開いてしまったもので……」
「そうなのですか。ですが、私は指示なしには動けません」
「ま、そうなるわね。それはそうと、もう少し声量を落としてもらえるかしら。私達、隠れてるんだけど」
「承知いたしました。声のボリュームを下げます」
その声が大きいのだが。案の定、その声を聞きつけた足音が迫ってくる。その手下が応援を呼ぶと、また格納庫にはいっぱいの強盗達が集まってきてしまった。
「まずいわね。時雨君、閃光弾は?」
「そんな何個も持ってませんよ」
「だよね。じゃあ、どうしたものかしら」
「窮地に陥っているのですか。マスター」
抑揚のないロボットの声。表情も一切くずれない。それが他人事だと思っているように聞こえて少しイラつく。元はと言えば、彼女を運んでいたことでこんな事態に巻き込まれたのに。
「お助けいたしましょうか」
「だから私はマスターじゃ……。え?」
今、このロボットは何と言ったか。
「御指示を。マスター」
もし本当に助けてくれるのであれば魅力的な提案だ。ただ、気になるのはこれが運搬中の荷物であること。依頼主に無断で荷物を使ったとなれば大目玉では済まない。
かと言って、ここで殺されるのは御免だし、そうなれば彼女も依頼主の下へ着くことはなくなる。
であれば、答えは一つだ。
「じゃ、じゃあ、助けてもらおうかしら」
「イエス、マスター」
彼女がそう言い切ると同時に、彼女を包んでいた段ボール箱と緩衝材がビリビリと小気味の良い音と共に一気に弾け飛ぶ。
無重力に舞い散る紙吹雪の中から、彼女はその姿を現した。
足元まで隠すロングの黒いワンピースに、控えめにフリルを着けた白いエプロン。時折揺れる裾からは白いソックスと、ヒールの低い黒のパンプスが見えた。腰までの長い黒髪を湛える頭の上にはホワイトブリム。
その姿はまさに、クラシックなメイドさんであった。
「う、美しい……」
誰からともなくため息と共に言葉が漏れる。
彼女はふわりと床に舞い降りると、無重力にも関わらず、その場にしっかりと直立する。
「マグネットソール、起動」
靴の底から磁力が発せられ、金属製の床に張り付く。無重力の宇宙に置いて、足元がしっかりしていることは大きなアドバンテージだ。
しっかりと両足を揃えて立つその姿は、気品すら感じさせる。
対する強盗達は銃器や鈍器を持っている物の、精々姿勢制御用のスラスターを着けている程度。だが、数の差は歴然。
「へ、べっぴんさんが一人追加されただけだ。丁重におもてなししてやれ。多少手荒に扱っても壊れないそうだからな」
親玉の発破に、手下達が一足飛びに彼女にとびかかる。
「フィンガーショット」
彼女が両腕を襲い掛かってくる手下達に向けてまっすぐ伸ばすと、その細くしなやかな指先全てに穴が開き、そこから軽い破裂音と共に銃弾の雨霰が発射される。数秒間の連射の後、そこに残ったのは血の海と蜂の巣だけ。
彼女は手を軽く振って煙を払うと、また姿勢を正した。
「ちょ、ちょっとあなた」
突然の惨劇に敵も味方も若干ドン引きする中、レニが話しかけた。
「申し訳ないんだけど、なるべく殺さないようにしてもらってもいいかしら」
「なぜでしょう」
「いろいろと聞いておきたいから。殺すのは拷問の後でいいでしょ」
「イエス、マスター。致死性兵装の使用をロックします」
今度は彼女が、真っ青の強盗達に突っ込む。表情を一切変えないところが、逆に恐怖を誘った。
「スタンアーム」
彼女が両手に一人づつ強盗達の首根っこを掴むと、強盗達は短く悲鳴を上げ、痙攣したまま動かなくなった。
スタンアームは触れた相手に高圧の電気を流す技。平たく言えば、スタンガンのようなものだ。ただ、食らった強盗達が泡を吹いて、体のあちこちから焦げ臭い煙を出している辺り、そこらのそれとは出力が段違いのようだが。
ヤバいものだとは言え、死ぬようなものではないと自分で言った。その言葉を頼りに、残りの手下達のまだ勇気のある奴が鈍器を手にとびかかるが、片や無重力、片や地に足がついているのではお話にならない。彼女はするりするりと最小限の動きで攻撃をかわし、次々とスタンアームで手下達をしびれさせていく。
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