2-2.

「レニさん……。レニさん……」

 何か柔らかい物に包まれる感覚の中、レニは時雨の呼びかけに目を覚ました。

 これは……、エアバッグ? そうだ。何かに自分達の船が衝突して……。

「ああ、レニさん。無事ですか」

「ん、時雨君……」

 レニは体を起こして周りを確認した。

 船内の明かりは消えているが、パンパンのエアバッグの隙間から光が差し込んで、安堵した表情の時雨の顔が見える。後ろに積んでいた荷物のいくらかが散乱し、宙に浮かんでいる。

 そして、前方、フロントウインドウが……。

 割れている。

「ぎゃ! 空気が漏れる! 死ぬ!」

「落ち着いてください。どうやら我々の前に飛び込んできた大型の宇宙船にめり込んでいるようです」

「あ、そうなの」

 言われて外を見てみれば、格納庫のような場所らしい。そこの明かりが差し込んでいたのだ。

「ちょうとぴったりはまってしまっているようで、空気は漏れていませんが、まあ、念のため宇宙服を着ておきましょう」

「そうね」

 首からかけたペンダントのスイッチを押すと、強化ラバー製のぴっちりとしたスーツとフルフェイスのヘルメットが展開、装着された。

 これは、宇宙空間でも二十四時間は活動できる生命維持装置付きの宇宙服。小型のスラスターもついているので船外活動もお手の物。どっちみち星系間宙域で放り出されたらなす術はないのだが。

「よし、と。で、この船は何なの」

「おそらく、さっき我々に通信を送ってきた強盗さんでしょうね。まさか、こんな強硬手段に出てくるとは思いませんでした」

 星系間宙域での宇宙船同士の衝突。これが悪意によって起きたことは明白であった。

 星系間宙域と言うのは広い。とんでもなく広い。東京ドーム何個分、では表しきれない。地球何個分、でもまだまだ。太陽系何個分、でも足りない。それほどに広い。例え無軌道に宇宙船が飛び交っても衝突するなど万に一つもあり得ない。

 出発地点と到着地点が同じなら航路が重なることもあるのではないか、と思うかもしれないが、実際にはそうはならない。

 障害物のない宇宙航行では基本的に二つの地点を結んだ直線を最短距離としてとるが、惑星と言うのは星系の中で公転して常にその位置を変えており、星系自体も銀河の中を高速で移動している。到着地点の星もそうだ。そうなると、出発地点と到着地点が同じでも、数秒も違えばその航路は大きくずれることになる。やはり、衝突は起こらない。

 こちらの航路を予測してわざとそこに陣取ったりしなければ。

「帆船は汽船に優先すると決まってるのに困ったものね。それにしても……」

 エアバッグを押しのけてダッシュボードを見ると、あちこちから火花が吹き、とてもではないが再び飛べる状態には思えない。

「どうしたものかしらね」

「幸い、緊急信号発信機は生きているようですから、為す術無しとはいかないでしょう。どこかに隠れているのが得策かと」

「そうね」

 ここに隠れていたら、いつかは見つかってしまう。ならば、取り合えずここを出なければ。必要な物をかき集めて……。

 あ、そうだ。大事な物があった。運んでいた荷物だ。衝撃は大きかったが、大丈夫だろうか。

 後ろを振り返って荷物を確認すると……。

 げ、段ボールが破けてる。中から緩衝材が飛び出し、中身が一部露になっている。

「僕もさっき確認しましたけど。この中身って……」

 時雨は言いにくそうに口に出す。運んでいる物の中身を知るのは少々行儀が悪い。

 だが、見えてしまったものは仕方がない。

「これは……、人間の頭……」

 段ボールの穴からは、目を瞑った、おそらく女性、の顔が覗く。

「まさか本物じゃないですよね」

 生命力は感じないが、それならそれで知らぬ間に死体を運ばされていたのでは気分が悪い。

 近寄って確認してみる。

「……。いや、本物じゃない。人形ね。だけど、そうとう精巧に作られてる」

「女性の人形? それって、もしかしてアレですか」

「さあ」

「なんにしろ、そんな物を膨大な報酬を支払って我々に運ばせてたんですか? そして、強盗さんはそんな物を運んでいることを察知して、こんな方法で奪おうとしてるんですか?」

「さあね。とにかく依頼は依頼。不測の事態だからと言って、これを奪われるのもよくないわね」

 レニが時雨に指示して、積荷と必要な物を持って外に出ようとすると、急に視界が暗くなった。

「おっと、そいつは置いて行ってもらわないとな」

 声の方向に目をやると、なにやらおそろいの迷彩柄のお召し物を纏った男達が十数人ほど丁寧に並んでこちらを取り囲んでいる。声の主はその一歩前に立ったガタイのいい親玉らしい中年男性のようだ。

「さっきの適当な返答は忘れてやるから、それを渡せ。そしたら近くの星で降ろしてやる」

 相変わらずの高圧的な物言い。既にあちら側の腹の中と言うのもあって、その態度は大きく膨らんでいくばかり。後ろに並んでいる手下達もニヤニヤと下衆た笑みを浮かべている。

「残念だけどそれはできない相談ね。こっちもお仕事なんで」

「ほう。ずいぶん気の強いお嬢さんだ。それなら少々手荒な真似をさせてもらうことになるな。野郎共、とっ捕まえちまいな。げへへへ、よく見りゃどっちも相当上玉だぜ。荷物以外は好きにしろって依頼だったからな。殺すのは楽しませてもらってからでもいいだろう」

 親玉の舌なめずりしながらの指示に、手下達が雄叫びをあげながら一斉に飛び掛かる。

「随分お下品ですこと。時雨君、よろしくやっちゃって」

「ういす」

 レニの指示に、時雨はグローブボックスから手の平サイズのカプセルを取り出すと、それを割れたフロントウインドウの外に放り投げた。

「ば、爆弾!?」

 手下達は目の前に落とされたそれに慌てふためくも、ここは宇宙、無重力空間では一度動き出すと急には止まれない。目と鼻の先で、そのカプセルが爆発。

 放たれたのは眩い閃光と耳を劈く轟音。まともに食らった強盗達は、たっぷり数十秒は目も耳も使い物にならない。

 ようやく視界を取り戻しても、当然そこに二人はいない。

「くそ。なめた真似を。どっちにしろここからは出られねえ。探せ、探せ!」

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