2-1.謎のロボット

 星系間宙域を航行中。運転席にはいつも通り時雨。ただ、レニはいつもと違って助手席に座っていた。後部座席に寝転がるのが常の彼女が隣にいるので、何となく座りがよろしくない。

「いつも思うけど、このシートってメチャクチャ硬いよね」

 ビニール製のシートにもたれかかるレニが愚痴を漏らす。

「それにシートベルトもガタガタいうし、空調も黴臭いし」

「中古で買ったのを大分乗り回してますからね。ガタも来ましょう」

 ハンドルを握る時雨が答える。

「やっぱり、そろそろ乗り換えましょうよ。もしも、こんな何もない場所で止まったら事ですよ」

 とは言ったものの、半分冗談混じりだ。幾度もレニに懇願してきて、結局なんやかんやとはぐらかされて、この船に乗り続けている。だから今回も。

「そうねえ。確かにそろそろ買い替え時かもしれないわね」

 と、煙に巻かれ……。

「え?」

 想像とは真逆の答えに、思わず首が勢いよくレニの方に向く。

「ガタが来てるのは確かだし、長く乗るには流石にちょっと狭いしね」

 彼女の口調も、表情も、冗談を言っているようには思えない。

「ね。時雨君はどんなのに乗りたい?」

「ええ~。そうですねえ」

 いつもカタログだの折り込みチラシだのを眺めては憧れていた。理想はいくらでもある。

「やっぱり、遠心重力室付きとか……」

「ん~。それは流石に手が届かないかも。あれが付くと桁が二つは違っちゃうからね」

「ですよね」

「でも、一G加速装置付きくらいにはしたいわね」

「え!」

 一G加速装置付きと言ったら遠心重力室付きに比べれば確かに手ごろだが、今乗っているような恒星帆船と比べたら目が飛び出るほど高いのは確かだ。それを買おうというのだから、どういう風の吹き回し……。いや。

「この依頼って、そんなに報酬高いんですか」

 そう時雨に問いかけられたレニは、にやりと不敵に口角をあげた。


 今回の依頼は荷物の運搬。後部座席に横たわる大きな段ボール箱。それを便利屋組合事務所まで運ぶのが目的だ。そのために後部座席を追い出されたレニは助手席に渋々座っているわけである。

 問題はその荷物だ。後部座席いっぱいに占めているそれは、中に何が入っているかは知らされていない。ただ、衝撃は与えるなとか、水に濡らすなとか、通り一遍の注文が付けられているだけ。

「あの荷物ってなんなんですかね。冷蔵庫とかでしょうか」

「そんな物わざわざ星系外から注文しないでしょ」

「それもそうか」

 想像のつくようなものであれば、わざわざ時間のかかる場所から運んでもらいなどしない。

 そもそも、時雨達は運送業者ではない。便利屋だ。

 本物の運送業者に比べれば時間はかかるし、信頼はないし、保証もないし、値段も高いし。あえて便利屋に頼む意味はない。

 であれば、何かしらの理由があるはずだ。それこそ後ろめたいような。今回の報酬も大分相場を越えていそうだ。

「本当に運んで大丈夫な物なんでしょうね」

「さあ」

「さあ。って……」

 顔を青ざめさせる時雨とは対照的に、レニは不敵な笑みを崩さない。

「それに、今回の依頼も私達をご指名とのことだったし。裏があってもおかしくないわね」

 なぜそんなに楽しそうなのか。報酬の額しか見えていないのか。それとも、危険を楽しんでいるのか。

 時雨はそうお気楽にはいけない。もっとも、彼女と一緒に仕事をしている時点で、所謂グレーな仕事もいくつか付き合わされてはいるが。

 宇宙便利屋組合自体に元々そう言う嫌いがあるとはいえ、真っ黒なゾーンに足を踏み入れるのは流石に困る。

「マジでダメな物だったらそん時はしらばっくれましょ。『無理やり運ばされたんです~』って。報酬がもらえないのは寂しいけど」

「物によっちゃ、警察沙汰で済めば御の字でしょうよ……」

 とうとう気が落ち込む時雨の顔を見て、レニは一層楽しそうにケタケタと笑う。


 道のりの四分の三ほどは過ぎただろうか。幾度かの休憩を挟んで、後は組合本部のある星までノンストップ。

 荷物の中身も気にはなるが、報酬の大きさの前にはそんなことも気にならない。それがレニと言う人間なのだ。

 時雨もそろそろ諦めて、いやさ慣れてくれればいいのに。そんなことではこの便利屋業界では生きてはいけない。

 それでもしっかりついてきてくれるあたり、ちゃっかりとはしているのだが。多分、口では不安を並べつつも、頭の中は既に新しい船のことでいっぱいになっているはずだ。

 そのちゃっかり時雨君にハンドルを任せて、居眠りにでもつくとしよう。


ぴぴぴぴ


 うつらうつらと舟をこぎ始めた瞬間だった。目覚まし時計のアラームのような音が船内に響き渡る。

「通信ですね。……、近いようだけど、非通知だ。緊急通信じゃないようですけど、レニさん、どうします?」

「うえー。せっかく寝ようと思ってたのに。文句の一つでも言ってやるから繋ぎなさい」

「なんて理不尽な。……。もしもし、こちら宇宙便利屋シグレニでございます。どちら様でしょうか」

 客かもしれないので、時雨はなるべく丁寧に対応する。

 しかし、帰ってきたのは実に荒々しい口調のドスの効いた低い声。

「シグレニだな? 単刀直入に用件を伝える。積み荷を渡せ」

 不躾な上に無礼だ。

「はあ。でしたら、お名前の方伺ってもよろしいでしょうか」

「名乗る必要はない。積み荷だけ差し出せば手荒な真似はしない」

 交渉は平行線だ。強盗をしたいらしいあちらさんは、大分ワル振り方が堂に入っている。だからと言って、こちらとしても仕事でやっている以上おいそれと信頼を損なうような真似はできない。

 時雨も丁寧に対応しているのに、向こうは似たような言葉を繰り返すばかり。

 いい加減イラついてきた。眠りは妨げられるし、高圧的な物言いは嫌いだ。

「ちょっと時雨君、代わってもらえる」

「あ、はい」

 同じようにイラついてくせのある自身の髪をわさわさと混ぜていた時雨はすぐにマイクの前を代わった。レニの表情を見たからだ。彼女の口角がほんの少し下がっていた。これは相当機嫌が悪い。今、静かなのも嵐の前の静けさに過ぎない。

 できるなら逃げ出したいところだが、この狭い船内、それもできない。穏便にはもう済まない状況かもしれないが、せめて相手の感情を逆なでするようなことはしてほしくない、とただ祈ることしかできない。

 レニは咳ばらいを一つ挟むと、軽く息を吸った。

「あー。あんたら、取り合えず名乗れって言ってるのが聞こえないの?」

「お前らに最早選択権はない。さっさとしろ」

「……。そうみたいね。じゃあね。ばいばーい」

 がちゃり。レニは通信を切った。

「ちょ、何やってんですか」

「だって眠いんだもん。あんなんグダグダやっててもしょうがないって」

「そりゃそうかもしれませんけど……。取り合えず警察には連絡しておきますね」

「よろしくね~」

 レニは軽く返して、またシートにむにゃむにゃと深くもたれかかった。

 と、何気ない素振りを見せてはいるが、内心引っかかる部分はある。

 なぜ、ならず者風情がこちらの素性を知っているのか。それを知っているならなぜ、積荷などを要求したのか。宇宙便利屋は普通物運びなどしない。

 それに、あんなことを呼びかけたところで止まらないことなど明白だろう。ならばなぜ、停泊時ではなく、止まるはずのない星系間宙域で呼びかけたのか。

 悪い予感はしないわけではないも、便利屋稼業も短くはない。トラブルも日常茶飯事。今回もどうせ大したことにはならないだろうと高を括って、今度こそ居眠りに入ろうと目を瞑った。

 が。


びーっびーっびーっ


 アラームが鳴り響く。先ほどの着信音よりも大きく、緊急性の高さを知らせる音。

「何事!」

 またも入眠を妨げられたレニが叫んだ。

「衝突警報です! ああ!」

 レーダーに突然大きな影が映る。

「これは……、宇宙船!? なんでこんな所に!」

 時雨が慌てふためきながらハンドルやダッシュボードのボタンやらを忙しく操作する。

 しかし、時すでに遅し。帆船は急に止まれない。

「ダメだ。ぶつかる! レニさん、耐衝撃姿勢を……」

 直後、轟音。そして衝撃。二人の意識はそこで途絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る