アキちゃん
「さっぶっ!」
一月。雪がちらつき始めた日の朝。寒さも和らぐ日は遠く、まだまだ冬の空だ。
姉のお古である大きめなコートにマフラー。リョウはそれでも寒いと感じてしまう寒がりである。
「今日は一段とモコモコしてるね」
私はコートも着ず、マフラーもせずリョウの横に並ぶ。
私も不思議な力が使える。私の家は液体や空気の温度調節ができる力を持っている。けど私の力は弱く、自分の体の周りの空気だけしか能力を使えない。そして、現在進行形で私はその能力を使っているのだ。
「アキちゃん、私もその能力ほしい」
「文句言わない。リョウはその分いろんなことできるでしょ」
「アキちゃん」
昼休み、昼食を食べ終えリョウを待ちながら廊下で中庭を眺めていたとき、珍しい人から声を掛けられた。朝や放課後出会えば言葉を交わすが、廊下で見かけた程度で会話をすることは珍しい。リョウがいないのでなおさらだ。
「リョウのことで聞きたいことがあるんだけど…… 、今あいつは?」
「そこですよ、ほら」
中庭に男子と向かい合いながら寒そうに立つ涼を指差す。ダイチくんは顔をしかめる。もう見慣れたその表情に私は笑みをこぼす。
「それで、ダイチ君は何が聞きたいんですか?」
「リョウってさ、モテるの?」
わざとらしい質問に、予想通りの答え。嬉しいようなそれでいて独占欲を隠そうともしない雰囲気にまた笑みをこぼす。ダイチくんは不思議そうに私の顔をみる。
「モテますよ。最近は特に告白多くなってますね。ほらあの子、抜けてるところがあるじゃないですか。それでいてのらりくらりと人をかわしたり、時々鋭くなったり、ミステリアスな感じって言うんですかね。追いかけたくなるみたいですよ、男子は」
ダイチくんの表情は先ほどと変わらず…… いや、もっと険しくなる。本当に愛されているようで安心した。愛なんてほとんど誰からも向けられてこなかった感情を涼はどんな風に受け止めているのだろうかと、ふと疑問に思う。
「最近だいぶ力が落ち着いてますけど、何かあったんですか?」
昔は常に暴走気味で特別な御守りがあっても周りに影響を与えるほどだった。ダイチくんは少しの間黙り込み思い出したように口を開く。
「ミサキさん…… えっと、理事長の娘さんがうちの部室に入り浸るようになってから、かな。お互い気を遣わずに毎日のようにじゃれあってるよ」
私ではリョウの支えにならなかったのか、と少し寂しく、悔しく思う。生まれてからずっと近くにいるのに。
「アキちゃんがいてくれてこそだと思うけどさ。あいつが話すのはいつもアキちゃんのことばっかだし。ヤキモチ焼きそうなくらい、ね…… 」
乾いた笑い声をもらすダイチくんは私よりもさらに寂しそうだった。それもそうだ。リョウのことを私よりも、誰よりも想い続けているのだから。
「この前のクリスマスは何もできなかったんでしたよね。もうすぐバレンタインですし、リョウを狙っている人が続々と告白してきてますね~」
発破をかけるつもりで、少しだけ誇張した。それを信じたのか、ダイチくんの顔色はますます悪くなる。
そんなに心配しなくても、リョウの心が― 本人の自覚がなくても― どこを向いているかは、一目瞭然なのに。
クスリと笑みをこぼすと、なんだよと首をかしげるので、はぐらかした。こればっかりは本人たちに頑張ってもらうしかない。お節介はほどほどにしなくては。
「逆バレンタインもありだと思いますよ。聞いた話によると、カイト先輩は逆バレンタインで婚約指輪を渡すそうですよ」
「婚約指輪!?いやでも、先輩ならあり得るか…… ずっと家業手伝ってたもんな。でも俺じゃさすがにそれは無理だし」
「なかなか告白できない、ヘタレなダイチくんにはいい機会だと思うけどな~」
「おいお前、ヘタレって言ったな」
「事実を言ったまでですけど?」
睨まれるも怖くはない。自覚があるらしく、気迫がいつもの半分以下である。リョウが寒空
の下に呼び出されなくても済むように、早くくっついてしまえばいいのだ。
告白が終わったらしいリョウが廊下の向こう側から走ってくる。
「まぁ、必要ならいつでもお手伝いするので」
「あぁ、頼む。本当にアキちゃんがいてくれると助かるよ」
「なんで『アキちゃんがいると助かる』んですか、ダイチ先輩」
私に後ろから抱きつき、ダイチくんから隠れるように顔だけをひょっこりとだす。
「リョウの面倒見てくれるからだよ」
意地悪げな言葉の端から優しさが感じられる。リョウは気づいているのだろうか。いや、気づいてるだろう。気づいてないふりをしているだけで。照れ隠しなのだろうなと、こっそりと笑う。
「それも事実ですけどー。ていうか、なんでダイチ先輩はアキちゃんと話してるんですか。アキちゃんはとっちゃダメですよ」
「とらないし、お前のものでもないだろ」
昼休みの終わりを告げるチャイムが校内に響く。私たちはそれぞれの教室へ戻る。前を行くリョウを見ながら懐かしく思う。こんなにも表情豊かになったのか、と。
その日の放課後、リョウとは近くのカフェでスイーツを食べる約束をしていた。
落ち着いた雰囲気のそのカフェは私たちが小さい頃からよく通っていたところで、マスター とも仲良しである。今日はマスターの奥さんが新作のケーキを試食さしてくれるとのことで、放課後になるとすぐに学校を飛び出した。
出てきたのはガトーショコラとフォンダンショコラ、そしてブラウニーだった。ブラウニーはいつもお店に出しているメニューとは少し味を変えているらしい。
「もうすぐ、バレンタインでしょ?それに乗っかって新しいケーキでも出そうかなって考えたの。あとこれ、リョウちゃん喜ぶと思って」
そういって出されたのは、コーンフレークと生クリームの間にガトーショコラがたっぶりと入れられ、生クリームの上にはたくさんのチョココーティングされたフルーツがのっているパフェだった。
「ダイチくんがね、案を出してくれたの。リョウちゃんが好きなフルーツとかも教えてくれてね。だからこれはリョウちゃんパフェよ」
リョウはパフェにくぎ付けで、奥さんの話を聞いていないようだ。奥さんもその様子に気づき、クスクスと笑みを浮かべると、召し上がれと、スプーンとフォークを差し出した。
スイーツを堪能し、紅茶で一息つく。すっきりとした味わいで、甘いものによく合う。しばらく他愛もないおしゃべりをしていると、リョウが声をかけられた
「お姉ちゃん!」
小学生だろうか。男の子はリョウのもとへ駆け寄ると、嬉しそうに笑う。
「この間はありがとうございました」
頭を下げ丁寧にお礼を言う。話に聞いていた初詣の時の子だろうと見当がついたのは、続けて店に入ってきた人が、見慣れた制服を着ていたからだ。
「この前は本当にありがとう。こいつ、次に会ったらちゃんとお礼言うんだって張り切ってたんだ。…… よくここには来るの?」
「えーっと、まぁ、はい。そうですね」
リョウの人見知りが発動し、会話は長く続かない。そして彼はリョウしか目に入ってないのか、私の剣呑な視線に全く気付きはしない。リョウが助けを求めるように、チラチラとこちらに視線を送ってくるので、彼に声をかける。
「あーのー、たぶんリョウもお名前を伺ってないと思うんですけど、先輩のお名前教えていただいてもいいですか?名前もわからない人と会話するのはちょっと」
わざととげの含んだ言い方をすれば、彼も不快感を露わにするが素直に答えてくれる。
「ごめん、言ってなかったね。早川樹っていうんだ。よろしくね。あぁ、そうだ。連絡先交換してくれないかな? ユウキも会いたそうにしてたし、またここで会えたりしたら嬉しいなって。な、ユウキ」
ユウキくんは一瞬キョトンとし、とりあえず促されたから頷いたように見えた。
明白な下心にどうしたものかと首をひねる。リョウは早川先輩のぐいぐいと来る勢いに飲まれているようで、固まってしまっている。お節介もほどほどにしようと思ったばかりだが、ここは必要な場面だろう。
「あの、失礼ですけど、ユウキくんをダシにするのどうかと思いますよ。リョウも嫌がってますし」
「君、関係ないよね?ていうか、名乗ってないの君も同じじゃん。俺はリョウちゃんと話してるの。入ってこないでもらえる?」
「
嫌がっている、を繰り返し強調する。早川先輩は敵意を向けてくるが、こんなものは慣れているので痛くも痒くもないのでスルーだ。それに自分で言うのは何だが、リョウの大切な友人である私を邪険に扱うのは悪手だろう。ニヤニヤしてしまいそうな顔を抑えていると、カタカタと食器が揺れる音が聞こえる。
「リョーウ。落ち着いて~。ほらほら、私何も傷ついてない。平気。それとも何、私がこんなことで傷つくような人だと思ってた?」
「でも、アキちゃんを悪く言われるのは嫌。ちゃんと自分で意思表示できなくて、そのせいでアキちゃんが悪く言われるの、嫌だ」
この子はなんと可愛いんだ。守ってあげたくなる。抱きしめたくなる衝動を抑え、リョウに向き合うと、両手を握る。
「その気持ちがうれしい。リョウがそうやって思ってくれるだけで、私は大丈夫。だから、ほら。落ち着こう。マスターにも迷惑かけちゃう」
二、三度深呼吸を繰り返すと、食器の揺れは収まっていた。静かに見守ってくれていた。
ターが、リョウの頭をぐりぐりと撫でる。以前はよく食器を割ってしまっていたので、成長をほめてくれているのだろう。
リョウはもう一度大きく深呼吸をすると、早川先輩に向き直る。
「アキちゃんのこと悪く言うような人とは仲良くできません。ユウキ君と会うのは問題ないですけど、それならダイチ先輩を通して言っていただければ問題ないと思います」
断られると思っていなかったのか、早川先輩の表情は驚き一色である。返す言葉が見つからないのか、突然スマホをで時間を確認するとユウキくんの手を取った。
「そろそろ夕食の時間だし、今日は帰るね。気分を悪くしたなら、ごめんね。じゃ、また。学校で」
もう五時半を過ぎているので、夕食の時間というのは間違いではないがあからさますぎて、奥さんと私は大笑いしてしまった。
「リョウちゃんもあんなにはっきり言えるようになったのね!感心したわ」
「まだまだですよ…… 」
褒められ慣れていないために、顔を赤らめてはいるが、とてもうれしそうで。わしゃわしゃと撫でると、小さい子じゃないんだから!と怒られた。
帰宅してから、お節介な私は今日の出来事をダイチくんに報告する。文章からも伝わる焦りように思わず笑ってしまった。いつもヤキモキさせられているのだ。これくらいは許されるだろう。
今回のことで、なにがなんでもバレンタインに行動を起こすだろう。起こさなかったら私がキレる。今から当日が楽しみだ。
不思議部 水原緋色 @hiro_mizuhara
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