不思議部の初詣


 十二月三十一日。まだ日も暮れていない頃。

 アキちゃんとダイチ先輩と炬燵を囲みながら年末特番を見る。

 二人がどうしてここにいるのかと問われても、私にもよくわからない。

 一人、炬燵でぬくぬくとしていたとき。インターホンが鳴ったかと思うと、私の返事を待たず二人がずかずかと入ってきたのだ。

 驚きのあまり固まる私をよそにキッチンへ行くと、勝手になにやら調理を始めた。ひと段落ついたのか、買ってきたらしいお菓子を持って炬燵にはいってきた。


「で、二人は何しに来たの?」


 アキちゃんはニヤリと笑みを浮かべる。


「一人で寂しく年越しをすごすんだろーと思って、押しかけた。それで年明けたら一緒に初詣行こうと思って。ついでに初日の出も見よう!」


 インドア派のアキちゃんがこんなことを言うのは珍しい。だからこそ、それを拒否することはない。

 だが、なぜそこに先輩までいるのかが疑問である。疑問すぎるのである。

 じーっと見つめているとなんだよ、ときまり悪げに顔をそらす。


「なんだよ、じゃないですよ。なんでいるんですか」

「いちゃわりぃーのかよ」


 なんだかご機嫌ナナメな様子である。こんな先輩は珍しい。

 アキちゃんをつつき目配せする。すぐにスマホがピロリンとなり、確認するとアキちゃんから。


『ダイチくん、リョウの家の前でウンウン唸ってたの。一人じゃ入りづらかったんじゃない?

 けど、本当はリョウと二人きりになりたかったんだと思うよー』

 バッと先輩の方に顔を向ける。先輩はテレビに夢中でこちらには気づかない。

『そんなわけでないでしょー 

 この先輩に限って、そんなこと』

『顔、赤いよ』

「気のせい!」


 思わず声に出してしまい、すぐに口をつぐむ。アキちゃんはお腹を抱えて笑うのを堪えているようだが、全然堪えきれてない。何も知らない先輩は怪訝そうにこちらを見ている。

 そうこうしているうちに、年明けまで後一時間。

 炬燵で微睡みながら、歌番組を見る。いつもならもう寝る時間であるが、年明けの瞬間は何が何でも起きていたい。


「できたぞー」


 いつのまにかキッチンへ行っていた、先輩が出来たての蕎麦を三人分運んできた。


「え? 蕎麦じゃないですか!」

「ここ数年食べてないって言ってたでしょ。ダイチ君にたまたま話してて、覚えてたみたい。ねぇ、ダイチ君」


 なんだかアキちゃんがとても楽しそうに笑っている。

 こんなアキちゃんもちょっと珍しい。


「偶々だよ、偶々」


 先輩のことは気にせず、目の前に置かれた蕎麦を食べる。温かく、ホッとする。アキちゃんと先輩がいるからだろうか。



「寒い……」

「あはははっ」


 アキちゃんは自分の周りの空気だけを暖められる。つまり、寒くない。元気に私たちの前を歩く。

 先輩と私にはそんなことはできないので、寒さに凍えながら、神社へと向かう。

 たくさんの人、人、人。人の波に流され私は二人とはぐれてしまった。


「うーん、どうするべきか」


 独り言が雑踏の中に消える。メッセージを入れたが返事もなく、途方にくれる。もう一度スマホに目を落とし、通知がないのを確認し顔を上げたその時、見慣れた顔が二人。仲睦まじげに腕を組み歩いていた。


「何してんだ、リョウ」


 カイト先輩とソラ先輩である。

 ソラ先輩の方を向いたその視線の先に、私がいたようで、あからさまに顔をしかめる。


「なんでもないですよ。カイト先輩はソラ先輩とラブラブしといてください」

「あら、リョウちゃん。あけましておめでとう。今年もよろしくね」


 いつもの憎まれ口の応戦が始まる前にいつもと変わらぬ調子で、ソラ先輩は朗らかに笑う。


「あけましておめでとうございます。こちらこそよろしくお願いします。……カイト先輩も、よろしくお願いします」


 わざとらしく、付け加えたように挨拶をすると、カイト先輩は青筋を浮かべながらそれに応える。


「ダイチなら、向こうのご神木のとこで、クラスメイトに捕まってたぞ」

「ダイチくんったら、リョウちゃん放っておいて友達とおしゃべりなんて……お説教が必要かしら」


 頬を膨らませプリプリと怒るソラ先輩の姿が愛らしく、けれど幸せな時間にお邪魔したくないと思い、私は二人に別れを告げご神木に向かった。

 カイト先輩が言ったように、ダイチ先輩はクラスメイトと楽しそうに話している。離れているので会話の内容は聞こえないが。


『ごめん、リョウ

 拝殿の前まで流されちゃった

 ダイチくんと、一緒にお参りして!

 その後合流しよう』


 スマホが震え、そんなメッセージが表示される。

 そう言われたものの、この状況で先輩に近づくことも出来ず。とりあえず気づいてもらうため、スタンプを連投する。


「どーしたのその通知」

「いや、だから……連れが待ってんだってば」

「連れってさっき一緒にいた、後輩ちゃんたち?」

「そーだよ」

「学校でもたまに話してるよなー。なになに、どういう関係?」

「別にどうもねぇよ。ただ―」



「うぇーん、うぇーん!」


 突然聞こえてきた泣き声に驚く。目の前で四、五歳ほどの男の子が倒れていた。泣きじゃくるその子を立たせて、ついた汚れを払っていく。


「痛いの痛いの飛んでいけー。ほら、ほら、もう大丈夫!」


 頭を軽く撫で、人混みを見渡す。この子の親の姿は見当たらず、もう一度目線を合わせる。


「少年、お母さんかお父さんは一緒じゃないの?」

「兄ちゃんと……うっく、一緒に来た。でも、いなく……なっちゃって。だから、神様の木のとこ、に行こうと、思って」

「はぐれた時の約束?」

「うん。でも、どこかわかんなくなって……」

「お姉さんと一緒に行こうか」

「いいの?」


 もちろん、と笑顔で頷いたものの、正直行きづらい。けれど迷子の少年を放っておくわけにもいかないだろう。少年の手をとり神様の木――きっとご神木のことだろう――へと向かう。


「なぁ、ユウキ見なかった?」

「早川じゃん。あけおめ。ユウキって確か弟だよな」

「そうそう。いつのまにかいなくなっててさ。はぐれたらここに来る約束なんだけど……」


 クラスメイトに捕まりはや三十分。

 リョウからのメッセージに返事もできず、せっかくアキちゃんが作ってくれた状況も台無しになってしまった。

 ため息を噛み殺し、みんなが早川に注目しているうちに、お暇しようとゆっくりと離れる。


「兄ちゃん! お姉ちゃん、兄ちゃんいた!」

「よかったね」


 リョウの声が木の反対側から聞こえ、振り返る。小さな男の子と手を繋いでいた。


「ユウキ! お前どこ行ってたんだよ」

「兄ちゃんが勝手にいなくなるから!」


 男の子は早川に駆け寄り、ギュッと抱きつく。少し目が赤い。泣いていたのだろう。


「あのね、お姉ちゃんがね、助けてくれたんだ!」


 男の子は嬉しそうにリョウのもとに駆け寄る。リョウは男の子の頭を撫でると、優しげに笑った。


「本当にありがとう。ユウキが迷惑かけて、すみません」

「ありがとう、お姉ちゃん!」

「いえいえ、大丈夫ですよ」


 どこかぎこちない声音。人見知りの嫌いがあるリョウにとってここは居心地の悪いものだろう。


「リョウ」


 声をかければジト目を向けてくる。言いたいことが色々あります、とでも言いたげだ。


「ごめんな、はぐれてるの気づかなくて」

「メッセージくらい、送ってください。一応、心配なので」


 視線を逸らすのは照れ隠しだろうか、怒っているからだろうか。どちらにせよ、今度穴埋めが必要だろう。出かける口実ができたな、なんて思ってしまうあたり、俺はどうしようもないやつだ。


「それじゃ、また学校で。リョウ、行くぞ」

「あ、ちょっと待ってくださいよ。先輩。じゃぁね、ユウキくん。今度ははぐれちゃダメだよ」

 


 離れていく二人の後姿をダイチの同級生たちが見つめる。


「あれが例のリョウちゃんか」

「あれで付き合ってないんだよな、あの二人」

「見せつけやがって、このやろー」

「可愛かったな」

「おいおい、早川。お前、まさか―」



「まーた、告白できなかったんだ。ダイチくんのヘタレ」


 すーすーと気持ち良さげに炬燵で眠る、リョウの寝顔を眺めながら、みかんを食べる。

 どことなく残念な雰囲気をまとっているダイチくんは。私の言葉にも何も返さず、黙々と食器を片付けている。そんな彼にわざと聞こえるように少し大きめの声で言ってみた。


「誰かにとられても知らないよー」

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