ミサキさん現る

 いつもの不思議部にちょっといつもと違う日常が訪れた。


「さむさむさむさむさむ……」


 古い部室棟の廊下を進む。温かい教室や部室のコタツとストーブがとても恋しい。

 ガチャ。金属音が冷え切った廊下に響く。体は暖かい空気に包まれる。糸にひかれるようにコタツのもとへ行き、炬燵へダイブ。コタツの中で反転し先輩たちのほうへ首だけ出す。

 ダイチ先輩は呆れたようにため息をつき、カイト先輩は恨めしそうに視線を向けてくる。そんな先輩達の様子に首をかしげるが、炬燵には入ったままである。

 影がさす。丸まっていた状態から仰向けになり、足先がコタツから出てしまった。寒い。影は私を覗き込むようにして、頭上に立っていた。スラリと背が高く、黒のパンツスーツがとっても似合う、整った綺麗な顔立ちをした、ショートカットの女の人は意地の悪い、何かを企むような笑みを浮かべていた。


「誰の許可を得て、炬燵にはいっているんだ?」


 何故だろう、怒られた。少し寒気を覚え、ブルブルッと震える。髪の毛が踏まれている。痛い。


「私の許可を得て入っています」


 真面目顏で答える私を見て、クスクスと笑みをこぼすソラ先輩。目の前の女の人は、額に青筋を浮かべている。何かダメだったのだろうか。

 突然、ダイチ先輩が手を挙げる。


「なんだい? 神薙」

「そいつを連れて部室の外へ出てもいいですか?」

「あぁ、構わんよ」


 にっこりと微笑み、少し偉そうに答える。私はダイチ先輩に引っ張られ仕方なくコタツから出る。頭の中は?でいっぱいだが、身の安全のため付いて行った。

 部室の扉の前でダイチ先輩はうんざりしたようにため息をつく。


「ダイチ先輩、あの人誰ですか?」


「自称 不思議部顧問。校長先生の姪っ子さんらいし。だから、なんらかの力はあるとおもうんだが、校長も忙しくてよく聞けなかった。とりあえず、今日だけやらしてやってほしい、ということだ」


 不思議部に顧問がつくなんて思ってもみなかったことに少々戸惑いを覚えたが、それよりも疑問に思っていたことを口にする。


「ダイチ先輩、なんでさっき手上げてたんですか?」


 先ほどよりもうんざりした様子で話したことは、大抵のことは考えるよりも先に行動する私にとって難しいことに思えた。


『何かをする際は必ず挙手をして先生の許可を取ってから』

「できない場合は?」

「帰れ」


 即答である。全くひどい先輩だ。そう思いながらも、なんとなく帰るのは嫌だったので、努力することにした。

 ドアノブに手を伸ばした私の手首を握り、先にダイチ先輩がノックをする「どうぞ」という声が聞こえ、先輩はドアを開けた。同時に手首を掴んでいた手は離れていく。あったかかったのになぁ、と若干の名残惜しい気持ちを捨て、先輩の後に続いた。

 炬燵に行こうとするとカイト先輩に襟元を掴まれそのまま冬場以外の定位置に座らされた。睨む視線もどこ吹く風で、すっとぼけていたことが非常に腹立たしい。


「よし。では、全員揃ったところで自己紹介といこうか」


 ポカーンとする私とカイト先輩、ニコニコしているソラ先輩、あきらめ顔のダイチ先輩を放って勝手に話が進んでいく。

「私は、不思議部顧問を務める、万象美咲ばんしょうみさきだ。よろしくな。ちなみに風使いだ。じゃあ次は三年男子」


 ミサキさんに続き同じように私たち四人は自己紹介を終える。

 カイト先輩が手を挙げ発言許可を求める。


「貴女は、まだここの教師ではないですよね?」

「あぁ、来春からだな。だが、先生と呼べ」

「先生じゃないのに、先生って呼ぶのはおかしくないですか? ミサキさん」


 部室は一瞬静かになり、ミサキさんは冷ややかな目線を私に向ける。「あ!」と今更のように思い出す私を見て、ミサキさんは少し口角を上げる。


「誰が喋っていいと言った!」


 予期せぬ大声に私はビクリと肩を揺らし、カイト先輩の裏に隠れるが、カイト先輩にさけられてしまった。ダイチ先輩の裏へ逃げてから、「シャー!」とカイト先輩に威嚇して、べーと舌を出す。ダイチ先輩に頭をパシリと叩かれ、カイト先輩もソラ先輩に笑顔で耳をつねられていた。


「まったく、お前たちは自由だな……。あと、『ミサキさん』と呼ぶのをやめろ。威厳がないだろう」


「はい!」と手を挙げ今度はちゃんと許可をもらってから「嫌です!」と答えた。

 今度はミサキさんにパシリと頭をたたかれた。ダイチ先輩のように優しさがなかった……。


「まぁいい。じゃぁ好きに呼べ。で、お前たちは日ごろ何をしているんだ?」


 その時、ことりとミサキさんの前にコーヒーが置かれる。いつの間にか私たちの前にもそれぞれ飲み物が置かれていた。


「私がお茶やお菓子を用意して、カイ君がリョウちゃんと兄妹みたいに言い合ってて、ダイチ君が宿題してたり、二人の仲裁に入ったりしてますよ」


 全くその通りで、部活動らしいことは何もしていないのが不思議部であった。


「私たちのころと変わっとらんな……」


 少しうれしそうにつぶやき頰を緩ませる。だが、ソラ先輩が勝手に発言していたことには気づいたようで、優しく叩いていた。目ざとい先生である。


「ミサキさんもここの卒業生なんですか?」

「あぁ、そうだ。……って誰が勝手に喋っていいと言った」


 ソラ先輩との扱いの差に不平を口にするが、ダイチ先輩に魔法で口を閉じられた。これでは呼吸も苦しいともがいても見せたが無視された。ひどい。口じゃなくても呼吸はできるけど、ひどい。大事なことなので二回主張する。


「ミサキさん、さっき『風使い』って言ってましたけど、どんな感じですか?」


 カイト先輩の問いに待ってましたと言わんばかりに、さっそく力を使い始めた。

 最初は、手のひらサイズの小さな竜巻を見せてくれた。自分には出来ないことを見るとダイチ先輩はすぐに興味を示し、じっくりと観察する。その背中をポコポコと叩き、魔法を解いてもらった。忘れられていたようである。


「この部屋の大きさぐらいなら、全ての空気を移動させることは簡単だぞ」


 ニヤリと笑みを浮かべ、軽く手を振った。ひんやりとした空気や温まりかけていた空気、温まった空気が順に肌をなでた。


「すごいですね、ミサキさん! 私たちには出来ないですよー! 」


 キャッキャッと騒ぐ私をよそに、ミサキさんの顔はだんだんと青くなっていた。その様子にいち早く気付いたダイチ先輩はため息をつくと、ミサキさんに深呼吸を促す。もうその頃には部屋はぐちゃぐちゃで、様々なものが宙を飛び交っていた。カイト先輩は飛んできたノートの角で頭を打つ。「罰が当たったんですよ」とつぶやく私に向かって、自分にぶつかったノートを私のほうに向けて放し、風に乗ったノートが私の頭も打つ。「バーカ」と言うカイト先輩に向かって物を投げつける。私は風上に移動していたのでそれは命中し、そこからは、移動、投げる、の繰り返しでさらに部屋は大惨事になった。ソラ先輩はある程度なら操れるのか、周りは穏やかだった。

 しばらくすると風は収まり、私たちもお仕置きをそれぞれから受け、おとなしくなった。


「ミサキさんも、能力うまくコントロールできないんですね」


 まだ顔の青いミサキさんを落ち着けようと声をかける。するとミサキさんはギロリと睨み、徐々に顔を赤くしていく。まずいことを言ったと、今更ながらに気づくがもう遅い。

 ミサキさんは大きく息を吸い込む。


「誰が喋っていいと言った!」


 今日一番の大きい声が部室に響きわたった。

 その後、ねちねちと拗ね続けるミサキさんをなだめることに一苦労した。

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