第67話 帰る場所
ロッサーナから強力な魔力が放たれる。
強力な暗示魔法、それも1種類ではない。
幾つもの暗示魔法が続けざまに放たれ広がる。
ざわざわざわざわざわ。
嫌な空気が広がっていく。
街の気配が闇の色へと変容していく。
「部下の暗示を解いて最後の舞台へと向かわせました。また付近全域に強力な暗示魔法をかけています。王宮へ向かえ、王宮を襲えと。精神魔法に耐性が無い方はほぼ全員、暗示に従うでしょう。私を倒さない限りもう止められません」
街の数カ所に火の手が上がる。
「何故なんだロッサーナ!」
「先ほど説明した通りですわ」
「何故お前まで攻撃を仕掛ける必要がある。新制度の意味や意義をお前はよく知っている筈だろう」
「だからですわ」
目に見えない闇色の魔力が襲い掛かってくる。
とっさに任意移動魔法で躱す。
そのままロッサーナを捕らえようとしたが動きは予測されていたようだ。
あっさり躱され上空に逃げられる。
「私は新政権、新制度の目指すところをよく知っている。どれだけ素晴らしいかを知っている。だからこそ壊したいのです。素晴らしいからこそこの手で粉々にしたいのです」
「どういう意味だ!」
そう叫びつつ俺は何となくわかっている。
ロッサーナは既に先ほど全部説明済みなのだ。
それでもあえて、それを否定するために声の限り叫ぶ。
「何故なんだ!」
「理由はお兄様ももうお分かりだと思います。認めたくないだけですわ」
眼下で群衆が街路に溢れはじめる。
抑止する筈だった衛士や兵士まで加わり始めている。
そして群衆の波は王宮を目指し動き始める。
「私や
暴動を防ぐ為配置されていた衛士や兵士たちも半数以上が私の暗示に従っています。このままではせっかくお兄様がつくりあげようとした新制度とともにこの国そのものもさらなる混乱の海へと沈みますわ。
そして壊れた私は壊す快感に酔い始めています。この破壊の快感こそが私本来のものではないかと感じるくらいです」
「でもロッサーナ、お前が民衆の為を思って色々やっていたその気持ちは本心じゃないのか」
「それも本心。これも本心ですわ。お兄様の妹、ロッサーナは既に8年前パーマ近郊で壊れていたのです。元の私も壊れた私も私自身ですわ」
見えない闇の触手が続けざまに襲ってくる。
白竜以上に厄介だ。
ならこの魔法はどうだ。
「強制睡眠魔法!」
Bランク魔法使いでも昏睡しかけるレベルでロッサーナに放つ。
だが彼女は避けもしない。
「精神攻撃魔法は闇系統魔法の十八番です。お兄様の魔力でも無理ですわ」
その通りだ。
群衆が王宮に近づいてくる。
もう残された時間は少ない。
暗示の源であるロッサーナを倒さない限りこの流れは止められない。
応援も無い。
このままロッサーナの思うままにしてしまおうかとふと思う。
これもまたこの国の出した結果だと。
でもその瞬間、俺の脳裏にサリナやカタリナ、カルミーネ君の姿が浮かぶ。
そうだ、あいつらが幸せでないと駄目だよな。
ロッサーナの魔力が恐ろしい程増大している。
あるいは暴走しているのだろうか。
俺が今のロッサーナを確実に止めるには空間系属性魔法でないと無理だろう。
だから俺は俺の可能な最強の空間系魔法を使う。
「収監!」
次の瞬間、俺とロッサーナの姿はこの世界から消滅した。
◇◇◇
俺とロッサーナだけがいる。
遠くを見れば遥か先に人影が見える。
それも俺とロッサーナだ。
どの方向にも目を凝らすと俺とロッサーナが遠くに見える。
有限だが端の無い閉空間。
白竜や黒竜を倒す時に使う俺の最強攻撃魔法が生み出した空間だ。
いつもと違うのは今回、俺もこの空間の内側にいる事。
ロッサーナと2人で終わりない世界に閉じ込められている事だ。
「お兄様、ここは?」
ロッサーナの意志が左右を見回す。
「俺が作った別空間だ。時間もなければ境界も無い、ただ閉じているだけの場所だ」
「時間が無いのに普通に会話もできるのですね」
「時間軸は認識に絶対的に必要なものじゃない。原因と結果の関係があれば認識もその順番で可能だ。たまに逆転する事もあるけれど」
実際はこれは会話では無く認識だ。
肉体は時間とともに止まっているから。
俺でも厳密な説明はこれ以上出来ない。
異世界の書物で得た知識を俺なりに解釈しただけだから。
「それならばお兄様は間に合ったのですね」
「いや、間に合わなかった」
8年前までに俺が何とか出来ていれば……
でもそれは結果論、原因がある事を認識しているからこそ出来る感想だ。
時間も空間の親戚みたいなものだが、起きてしまった出来事は取り消せない。
時間の軸ではなく因果律の軸に記載されてしまっているから。
「いえ、間に合いましたわ。私が完全に壊れてしまう前に。壊れて全てを破壊してしまう前に」
「ここなら時間軸の影響を受けない。だから2人でここにいよう。ずっと傍にいてやるから」
2人だけの閉じた世界。
でもまあ何とかなるだろう。
ここにいる限り食事も必要ないし。
あの時間経過が無い収納庫と同じ状態だ。
何せ収納庫作成の魔法をを少し改造して作った空間だから。
身体的には生命活動をしているかどうか微妙な状態。
でも因果律があれば意志ももてるし思考も出来るし伝えられる。
そのうちロッサーナの言っていた狂った部分も消えてくれるかもしれない。
それでもだめならまあ、2人で納得した上で消えてもいい。
俺にはロッサーナにこれくらいした出来る事が無い。
サリナ達はこのまま自活も出来るだろうしな。
リーザさんも気にかけてくれているし。
「まるで夢のようです。でも駄目ですわ」
「何故」
ロッサーナは微笑む。
「お兄様には帰るところがあります。サリナちゃんやカタリナちゃん、それにカルミーネ君やリーザさんも待っています。違いますかしら」
「サリナ達はあのままでも充分自立していけるだろう」
「嘘をついてはいけませんわ。例え自立できたとしても家族は家族。お兄様の帰りを今か今かと待っていると思います。違いますかしら」
俺は否定できない。
だから何も言わない。
「それに私、ロッサーナは最後の最後で幸せでしたわ。お兄様にここまでしていただいて。だからお兄様はこれ以上私の事は考えなくていいのです。お兄様は間に合ったのですわ、間違いなく。
だから私はこれでお兄様を自由にして差し上げます」
「待てロッサーナ」
時間が無い筈の閉じた世界で、それでも俺は一瞬遅れた。
それとも時間では無く因果律なのだろうか。
ロッサーナが彼女自身に崩壊魔法を起動した。
彼女の意識が途絶え、ゆっくり散逸をはじめる。
どうすればいい。
とっさに思いついた一縷の可能性に俺はかける。
この空間ごと任意移動、場所は森の家の研究室だ。
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