第66話 闇の顕現

「……第15代国王アベラルド第三世陛下の弥栄いやさかをお祈り申し上げ、お祝いの言葉といたします」

 現在の貴族筆頭であるチェーザレ公爵の寿詞の後で無事国王の戴冠式が終わる。

 これで俺とロッサーナの仕事は終わりだ。

 エンリーコは無事民衆院議員に当選したのでこの後も色々あるけれど。


 そんな訳で俺とロッサーナはさっさと会場を後にして今まで使っていた貴賓用寝室へ移動する。

 あらかじめ私物等は全て収納庫ポシェットにしまってある。

 もう着替えて此処を去るだけだ。

「メタモルフォーゼでメイクアップ! 灰色のグレー化物ファントマ!」

 本当は風系統魔法の魔法強化服コスチュームの方がジョアンナらしいのだけれど、移動の事を考えて灰色のセーラー服へと着替える。


 一方でロッサーナは着替えずに何かを考えている様子。

「どうしたんだ、ロッサーナ」

 ロッサーナはふっと小さくため息をついた。

「……お兄様の作られた魔法強化服コスチュームを使うのは反則かもしれません。ですが最後ですから借りた力も含めて全力を使うべきでしょう。闇に消えて行った人々への鎮魂歌として。メタモルフォーゼでメイクアップ! 黒のブラック貴婦人アニス。飛装着装」

 どういう意味だろう。

 ただ不吉さだけはひしひしと感じる。


 ロッサーナは黒の魔法強化服コスチュームに着替え、飛行装備を装着し、更に上から見覚えのない長く黒いショールを羽織った。

「その飛行装備は?」

「ここの予備の装備品をお借りしました」

 何でもない事のように言って一息つき、そして続ける。

「まもなく黒の勢力コピアス・ニグラムが一斉蜂起します。主な戦力は15名。そのうちDランク以上相当の魔法使い5名。いずれも自らの破壊衝動を解き放ったかなり強力な戦力です。ですが今日この街の警備体制は万全といっていい。おそらくは全員それほど暴れないうちに拘束され、絶命するでしょう」


 俺の頭の中で危険信号が鳴り響いている。

 でもあくまで平静を装って俺は尋ねる。

「何も死ぬと決まった訳じゃないだろ」

「捕縛された時点で死ぬよう、強力な自己暗示魔術がかかっています」

「何故そう言い切れる」

「知っているから、です」


 ロッサーナはそう言って軽く頷き、そして続ける。

「およそ8年前、内戦最大の激戦地となったパーマの街は荒れ切っていました。犯罪組織や人格が壊れた者が更に弱い者から奪い貪っている。更にそこに局地戦で勝利した中部からの軍が入って金目のものを略奪する。そんな状態です。 


 そんな環境の中、それでもパーマで生きていく為にある男が始めたのがパーマ自警団です。自警団と言っても最初は個人組織、男が自らの闇系統魔法を使い犯罪者を暗示魔法で押さえつけ操り、治安維持活動をさせるという形でした。


 しかし元からの犯罪者以外にも男の元に集まった人々がいました。これら過酷な環境の中で精神的に壊れてしまった人々、良心を持ちつつも自らの破壊衝動を抑えきれなくなった人々です。彼らは男に願いました。俺達の破壊衝動を何とかしてくれ。そしてもし出来るならこの破壊衝動を有効に使ってくれと。


 男はそういった人々の願いを聞き入れ、破壊衝動を暗示魔法で抑えつけ、自衛のために暴力が必要な際にのみ解き放つという形で救おうとしました。それがパーマ自警団、後の黒の勢力コピアス・ニグラムです。その構成員のほとんどは強烈な破壊衝動をそれ以上の暗示魔法で抑えています。ただ暗示でも衝動を抑えられなくなった際に備え、彼らにはもう一つ強力な暗示がかけられています。それが死の暗示です。自らの破壊衝動の発露が元で捕縛された時に発動します」


「まるで見てきたようだな」

「かもしれませんわね」

 危険信号は止まらない。

 かつてもやもやしていた悪い予感も今や確信に近い状態になりつつある。

 それでも俺は平静を装う。


「パーマーの戦いにはベニート軍の最高指揮官という御飾りで私も出向きました。同じスティヴァレの軍が殺しあうのも、敗北した第二王子軍がベニート軍に少しでも利益を与えぬため街の一部を住民ごと焼き払ったのも、街の残った部分から我が軍が略奪を行うのも、全て」

 まだ10歳そこそこだったロッサーナはその全てを実際に見てしまった訳だ。

 なまじ魔法が使えるから自分から直接見えない場所の事も認知できてしまう。

 歳の割に聡明だから何が起きているか理解できてしまう。

 そうか。

「8年遅かったんだな、俺は」

「それでもお兄様は来てくださいましたわ。まだ間に合ううちに」

 その間に合うという言葉の響きが不吉過ぎる。


「残念ながら私はそれらの衝撃に耐えきれませんでした。ですのでせめて自分の命を絶ってこの戦いの名分を消滅させようと思ったのです。

 ですが私の周囲はなかなか隙を見せてくれませんでした。半ば精神が壊れかけた状態で戦闘から2日目の夕刻になりました。その時私を闇が迎えに来たのです」

 ロッサーナはそこで一呼吸おいて、そして続ける。


「見張りの兵士も側近も意識があるようでないような不思議な状態でした。そんな中で私はやってきた闇に対面しました。

「闇よ、そなたは私を倒しにきたのですか」

「いいえ、我々を救ってもらうために参りました」

 闇を纏った老人はそう言って一礼し、自分をパーマー自警団長、カルマと名乗りました。

 彼は語りました。現在のパーマの惨状。心が壊れて自らの破壊衝動に怯えている者のこと。それを現在、闇系統魔術による暗示で何とか抑えている事。だがこのままではいずれ暗示を破壊衝動が打ち破ってしまう事。そして自分の力ではいずれ彼ら全員を抑えるのに足りなくなることを。

「心優しき王女よ。死を求めるならその生を数年ほど我らを救う為に貸し与えてくれないでしょうか。その持って生まれた強大な魔力で我々につかの間の生と目的を与えてくれないでしょうか」

 私は彼の願いを受け入れたのです。彼の持つ闇系統魔術の知識と共に」


 ロッサーナはゆっくり窓際に向かって歩きながら続ける。

「パーマ自警団はその後黒の勢力コピアス・ニグラムとなり私とカルマ指揮の元、主に中部以北で動き続けました。民衆を苦しみから少しでも救い、そして救いの為に暴力を使用する事に自らの救いを求めて。

 ですがお兄様がいらしてこの国は変わり始めました。アレドア伯襲撃事件もあと数時間放っておいたらやらなくて済んだようですね。もうこの国は黒の勢力コピアス・ニグラムを必要としない。それを知った時、私は私と仲間達を終わらせる事を決断しまのです。

 既に私に闇系統魔術を教えたカルマもこの世を去り、黒の勢力コピアス・ニグラムも3分の1以下まで減りました。残るメンバーもまもなく自らの破壊衝動を抑えられなくなる時を迎えます。

 ですので私はここに最後の舞台を用意しました。それでは私以下、黒の勢力コピアス・ニグラムを打倒して新しい体制の力と輝きを見せつけて下さいませ、お兄様」


 次の瞬間窓が開け放たれる。

 俺の反応が一瞬遅れたその隙に、ロッサーナは外へと飛び立った。

 俺も急いで後を追う。

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