第65話 選挙実施日に

 ついに選挙の投票&開票日。

 今の処選挙の様子は順調で、投票率も結構高くなりそうだ。

 少なくともラツィオの王宮直近にある投票所は朝からごった返している。

 俺もしっかり投票してきた。

 誰に投票したかは投票所にかかっている特殊魔法のせいでおぼえていないけれど。


 選挙に使っている特殊魔法は公平公正な秘密投票の為に国立魔導研究所の皆さんが編み出した特殊魔法だ。

 その効果は、

  〇 同じ人間が二度投票したり自分以外の名前で投票したり出来ない

  〇 投票箱を開示するまで誰に投票したか覗き見等が出来ない

  〇 この特殊魔法以外の暗示等の魔法は全て効果が消失し、自由意思での投票を確実に行う事が出来る

  〇 投票所に誰がいたか誰を見たかは記憶に残らない

  〇 誰に投票したかは記憶に残らない

というもの。

 これで特定の個人が何処へ入れたかを魔法等で知ることが出来ない。

 つまり買収や脅迫等をしてもその候補に投票したか確認することが出来ない。

 魔法で記憶が探られる事についての防護措置のようなものである。


 さて、今日までのところ改革は順調に進んでいる。

 一部の業務は若干オーバーワーク気味になっているようだが、その辺は治癒回復魔法を駆使して貰ったり超過勤務手当を出す等して対処している。

 今の臨時体制が終われば業務ももう少し安定するだろう。

 その頃にはもう俺はいないけれど。


 ただ懸案事項が無いわけではない。

 俺の把握している中でで最も大きい懸案事項はやはり黒の勢力コピアス・ニグラムに関する事だ。

 数日前、差出人の無い封書が国王代理宛てに届けられた。

『民衆圧迫の象徴である国王家の罪深き偽善を偽りの新生の場で粉砕する』

 記載内容はそれだけ、差出人等も無かった。


 投票中で暇なのでリーザに封書の件について尋ねてみる。

「そう言えばあの犯行予告の封書、追跡調査はどうなった?」

「もう終わっているわ。差出人はラツィオ郊外居住の一般人。でも本人には書いたり出したりした記憶は無いそうよ」

 その調査結果から思い浮かぶのは、やっぱり……

黒の勢力コピアス・ニグラム、なのでしょうか」

 ロッサーナの台詞に俺は頷く。

「そうだろうな」

「新生の場というのはやはり新政権の発足式でしょうね」

「ああ」


 実は俺には疑念がある。

 黒の勢力コピアス・ニグラムについての資料を何度も読んだ末、出てきてしまった疑念だ。

 実は黒の勢力コピアス・ニグラムとは組織でないのではないだろうか。

 単独の実行犯の仕業ではないのだろうかという疑念だ。

 資料を読んだところ、黒の勢力コピアス・ニグラムの犯行はある系統の魔法を持っていれば単独でも実施可能に見えたのだ。

 死と安らぎ、無知と蒙昧と暗闇を操る闇属性系統の魔法。

 まあこれもロッサーナの魔法をいくつか見たからわかるのだけれど。


 闇属性系統の魔法は他と比べて使用者が極端に少ない。

 他人を洗脳したりできるレベルとなるとなおさらだ、

 だからロッサーナも被疑者候補の1人にもなりかねない。


 ただ俺個人の考えではロッサーナは犯人ではないと思う。

 彼女では出来ないと思われる犯行がいくつかあるのだ。

 例えば彼女は遠方の事件には関与しにくい。

 ベニート叔父に王として祭り上げられていた以上、ラツィオから離れる事は出来ない筈だ。

 でも犯行の半分以上はラツィオから離れた場所が舞台。


 例えばスベイン伯爵領での大規模騒擾事案。

 スベイン伯爵領はラツィオから東へ30離60km離れている。

 襲撃犯はラツィオで洗脳して送り込めばいい。

 でもその後の打ちこわしをコントロールするには近くにいる必要がある。

 例えば俺の魔法は任意移動等で移動しない限り、4離8km届けばいい方だ。

 地球は丸みを帯びているから地面が邪魔になる。

 だから黒の勢力コピアス・ニグラムが闇魔法系統の持ち主単独であったとしても、ロッサーナではきっとない。


 そう考えて、そしてふと思い出してしまう。

 アレドア伯爵家襲撃事件の時、ロッサーナは近くにいたな。

 数km程度の距離なら彼女は闇属性魔法を自由に使える。

 カナル村に大黒熊魔獣フィアグリズリが出た時の彼女の台詞を。

『闇属性魔法は意識できれば距離は関係ない』

 確かそう言っていたよな。

 でもロッサーナには今度予告している襲撃の動機が無い。

 だから犯人は彼女ではない筈。

 近くにいたのは偶然だ。

 考えすぎだ、きっと。


「お兄様、どうかされましたか」

 ロッサーナにそう尋ねられる。

「いや黒の勢力コピアス・ニグラムの対策をちょっと考えていたんだ。結局は当日、王宮近辺の警備を厳重にするしか手は無いかな」

「そうですわね。行事そのものはラツィオの王宮で行われますから」

 ロッサーナも頷く。


「ただ他も一応警戒した方がいいわね。冒険者をギルドで雇う等して。今までの犯行パターンから見ると最初の襲撃は何処でも割と少人数だわ。だからその襲撃の段階で防ぎきれれば第二波以降の群衆の暴動は何とかなるかもしれない。魔法で操っているにせよ、混乱が無ければ魔法起動中の術者を探すのは難しくはないしね」

「このままだとそうやって待ち受けるしかないでしょうか」

「情報が無い以上、そうなるだろうな」

 それ以外の手段は思いつかない。


 ただ、現在の俺達には優秀なスタッフがついている。

 長寿族エルフの全面的なバックアップもある。

「まあ国王代理としては優秀なスタッフを信じて任せるのが正しい態度なんだろうな。ラシアもその辺は間違いなく把握しているだろうしな」

「そうですわね。当日の式典の方が私達のお仕事ですし」

 ロッサーナも頷く。

「でも式典めんどうだよな。最初だけとは言っても色々堅苦しいしさ」

 俺の当日の仕事は、

  ① 国王代理として本日をもって正規の国王に引き継ぐことを宣言する。

  ② アベラルドに戴冠させ、アベラルドの国王就任と俺達の王家からの除籍を宣言する

という感じだ。

 ロッサーナも俺と同じ。


「大変なのはアベラルドとエンリーコですわ。エンリーコはもし議員に当選したらその後の式典にも出席しなければならないですし、アベラルドは国王として全部の儀式に出る必要がありますから」

 まあそうだな。

「でもこれで晴れて一介の冒険者に戻れるわけか」

「私もよろしくお願いしますね」

「はいはい」

 否定するとヤンデレ化するのでこの程度で。

 とりあえず面倒な国王代理から解放される。

 サリナやカタリナ、カルミーネ君と思う存分触れ合える。

 そう考えるとその日が楽しみになってくる。

 おまけの妹1人はまあ仕方ないとして。


 ただそれでも何かもやもやする。

 具体的な不安というより不安の予感と言うべきだろうか。

 それがどうしても消えない。

 単なる心配のし過ぎならいいのだけれども。

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