第57話 カナル村で一仕事

 翌日。

 メディオラ侯爵の館にいる兵士達の前で演説というか指示をして、更に王宮で再度指示をして俺の今日のお仕事は終わり。

「疲れた。演説なんて性に合わない」

「でもなかなか良かったですわ。それなりにアドリブも身振り手振りも入って、説得力を感じましたもの」

 これは勿論ロッサーナである。

 なおエンリーコはラシアのところで今回の作戦について教育中。

 駄々をこねるようなら多少の実力行使はOKとラシアに言ってある。


「そう言えばアベラルドや他の王族には根回しはされていますの」

「エンリーコの教育が終わったら王籍剥奪の連中を除いて説明する予定だ。俺も同席だとさ。面倒だよな」

「仕方ないですわ。この計画は本来お兄様の作られたものですから」

「大分ロッサーナのおかげで変わったけれどな。俺としてはロッサーナを女王にするつもりだったから」

 知っている限り彼女が俺の兄弟姉妹の中では一番出来がいい。

 後ろ盾こそ無いが今回の改革にとってはそれは欠点ではなく長所だ。


「王なんて面倒なお仕事は遠慮させていただきますわ。お兄様と一緒がいいです」 

「もし俺が王になると言ったら」

「その時は仕方ないからお側でお支えしますわ」

 結局どう転んでも一緒かよ!

 サリナ達にも自己紹介してしまったし、ロッサーナこいつを振り切れる気がしない。


 よし、気分を変えよう。

 国王代理執務室から出て作戦指令室を兼ねている第二会議室へ。

 顔を出してみるとラシアをはじめおなじみのスタッフがお仕事中だ。

 何でも長寿族エルフの間では長距離伝達魔法が一般化していて、国内程度なら何処からでも報告連絡をすることが可能らしい。

 この辺は俺でもまだ出来ない長寿族エルフの魔法奥義だよな。

 まあ俺なら直接移動してしまう方が早いけれど。


「ラシア、エンリーコの方は」

「現在アメリアさんが鋭意教育中です」

 何やら覚えのある名前を聞いてしまったような気がする。

「アメリアさんって、まさかとは思うけれど」

「ええ、シデリアの街で服屋をしていたアメリアさんです。元々第2王子付のメイド長ハウスキーパーですから適任かと」

 そういうオチだったのかよ! というのはまあ置いておいて。


「今特にやるべき仕事はあるか?」

「軍隊の合流や衛士としての地方派遣等で、治安状況も急速に回復してきています。強盗団等の犯罪組織や自警団くずれ等もかなり解散した模様です。ですから今現在にあっては国王陛下代理にも冒険者の方にも急ぎの仕事はありません」

 よしよし。

「ならちょっといつもの処に私用で出かける。代理執務室に例の転移門を開けておくからいざという時は頼む」

「承知いたしました」

「私も同様にお願いしますわ」

 おい待て!

 ロッサーナおまえもかよ。


「いつものところって、ロッサーナわかっているのか」

「サリナちゃん達のところですよね」

 しっかり理解していやがる。

「さあ行きましょう」

 何だかなあと思いつつ、何故かロッサーナの後をついて代理執務室へ戻る。

 ポシェット型収納具からおなじみ簡易転移門を出してセット。

「この簡易転移門も在庫が減ったな。いずれ作らないと」

「これって随分な数使っていますけれど、量産できるようなものなのでしょうか」

 彼女は作戦の全容を知っている。

 だから俺がどれだけ転移門を使ったか把握している訳だ。

「空間を捻じ曲げたまま固定する魔力が必要だからな。今使っているのは白竜の角部分だけれど、在庫は全部使ったからまた狩りにいかないと」

「随分とんでもない事を気軽におっしゃりますね」

「空間属性をある程度極めれば余裕だったりするんだな」

 そんな事を話しながら転移門を起動させる。

「そう言えば着替えないとな。メタモルフォーゼでメイクアップ! 水色のライトブルーウインド!」

 灰色のスーツはジョーダン王子モード、こっちがジョアンナモードだ。

 転移門を通りカナル村のサリナ達の家へ。


 出てみるとあれ、誰もいない。

 普段は誰かしらいる筈だ。

 ここにいていざという時に動くのが仕事だからな。

「お出かけ中でしょうか」

「ちょっとギルドの方をのぞいてみよう」

 裏からギルドへ。

 いたいた3人とも。

 ギルド職員含めて集まっている。

「何かありましたか?」


「あ、お姉ちゃん!」

 カタリナがこっちを向く。

「どうしたの」

大黒熊魔獣フィアグリズリが出たんです。まだ半離1km先ですけれど」

「街壁の外に出ないよう村内には連絡済みです」

「罠を幾つか掘って仕掛けてはあります。でも効くかどうかはまだわかりません」

 なるほどそういう事か。

 大黒熊魔獣フィアグリズリは風魔法で攻撃してくる。

 だから同等以上の風魔法を持っていないと飛行しては近づけない。

 かといって森の中でも奴の方が素早い。

 魔法なしで捕える際には谷間状の処へ誘い込んで上から岩を落とすか、気配を殺して強弓を構えて待ち伏せるか。

 いずれにせよ大黒熊魔獣フィアグリズリの痕跡を数日間確認して行動パターンを完全に把握しないと無理だ。

 こういった”把握していないのに近づいてきた”場合はどうしようもない。

 まあ俺なら以前に大黒熊魔獣フィアグリズリ狩りをした時と同様、風魔法の力で圧倒する事が出来るけれど。


「その大黒熊魔獣フィアグリズリがいるのはどちらの方向でしょうか?」

 何故かロッサーナがそんな事を尋ねる。

「北東方向です」

「どれどれ……、この気配の大きいのでしょうか。この現場に急いで行く方法って、サリナちゃん達持っていますよね」

「はい、それは大丈夫です」

「あのジョアンナと同じタイプの収納も持っていますね」

「持っていますが」

「なら急いで回収して下さいな。ここから倒しておきますから」

 え”っ!


「どういう事ですか」

「闇属性魔法は意識できれば距離は関係ないのですわ。だから場所がわかればそれで充分なのです」

 何だそりゃ!

「わかりました。それじゃ急いで行きます」

「カタリナもついてく」

「ならここを出たと同時に魔法を起動しますわ。だから他の魔獣に大黒熊魔獣フィアグリズリの死体を取られないよう回収お願いしますね」

 2人が外へ出てそのまま飛び立った次の瞬間。

 ドン、と重い魔法の波動が響く。

 遥か先見えてもいない場所にいる筈の大黒熊魔獣フィアグリズリの気配があっさり途絶えた。

 何だよこの魔法、やばすぎる。

 戦争に応用すれば見えない場所の敵もあっさり全滅コースだ。

 俺の空間系魔法だって見えない現場を直接叩くなんて事は出来ない。


「おいロッサ―、いやロザンナ。ありかよそんな魔法」

 ロッサーナは肩をすくめてみせる。

「闇は何処にでも潜む分、応用し甲斐があるのですわ」

「洒落にならないな」

「私は常にジョアンナの味方ですわ。どうぞご心配なく」

 うん、ロッサーナとは喧嘩しないようにしよう。

 今の関係がこじれたらどんな地獄が待っているかわかったものじゃない。


 ロッサーナは辺りを見回し、そしてふと何かに気づいたような顔をする。

「あ、ここ、そう言えば冒険者ギルドなのですよね」

「は、はい。冒険者ギルドの出張所を兼ねています」

 カーレルさんが真っ青な顔で頷く。

 魔法を使えない彼でも今の魔法の気配とヤバさは伝わったのだろう。

「まだ冒険者登録をしていないので、ここで登録をお願いしてもいいでしょうか」

「は、はい。ここの出張所ですと必ずEランクからになってしまいますがよろしいですか」

「大丈夫ですわ。どうせお兄、いえジョアンナと一緒ですから」

 大黒熊魔獣フィアグリズリを遠隔で倒すEクラス冒険者か。

 ほとんど冗談みたいな存在だ。


「そ、それではこれがぼ、冒険者の申請用紙になります」

 カーレルさんの手先が震えている。

「ありがとうございます」

 ロッサーナは容姿を受け取るとさらさらと名前欄にロザンナ、職業は魔法使い、年齢は18と書き込み、そして俺の方を見る。


「ジョアンナは出身どちらにしましたでしょうか」

 おいおい担当の前でそれを聞くなよ。

 そう思いつつ答えてやる。

「フィアンの村だ」

 ロッサーナ、ごまかしもせず堂々と出身の欄にフィアンの村と記載して提出。

「あ、ありがとうございます。そ、それではこの精霊石に左手を載せて下さい」

「これでいいかしら」

「はい、け、結構です。それでは冒険者証明書を発行いたします」

「カーレルさん、今の大黒熊魔獣フィアグリズリを持ち込み扱いにすればDランクで冒険者証明書を発行できるのではないでしょうか」

 エリザさんが妙に冷静な声でそう告げる。

「そ、そうですね。それではDランクで作成します」

 そうカーレルさんが応答した時だ。


「ただいま、でっかい熊持ってきた。向こうの倉庫に今運んでる」

 カタリナが帰って来た。

 この伝言を伝える為こっちに立ち寄ったらしい。

「それじゃ解体しに行ってきます」

「カーレルさん、書類は私がやっておきますから大黒熊魔獣フィアグリズリの評価鑑定をお願いします」

「わかりました。行ってきます!」

 カルミーネ君とカタリナ、そしてカーレルさんが出ていった。


「ジョアンナは行かないのですか」

「魔獣解体の匂いが苦手なんだ」

「ジョアンナにも苦手なものがあるんですね」

 何だかなあ。

 これでロッサーナも正々堂々冒険者を名乗れる身分になってしまった。

 何だかなあとは思うが文句は言わないでおく。

 俺も命が惜しいからな。

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