第10章 俺のお仕事

第51話 仕事開始の夜

 今回の仕事で指名依頼を出したのは総勢100名。

 それぞれ手付金に小金貨1枚出したそうだ。

 つまり俺が依頼金として出した正金貨10枚はこの時点で全て使い果たした。

 後の報酬等については完全にギルド側の持ち出しだ。

 その辺の資金についてラシアさんによれば、

「こういう時の為に内部留保というものがあるのです。南部の各冒険ギルドから内部留保をかき集めました。更に長寿族エルフの長老会からも資金提供を受けています。ただ計画が成功すればいずれプラスになって戻ってくるものと思われますので特に感謝したり有難がったりする必要はありません」

という事だそうだ。


 指名依頼した中でコアになる数人とラシアさん、リーザさん、俺とで何回も会議を繰り返して計画の詳細を決める。

  〇 保護・拿捕すべき対象と決行日時

  〇 第2王子と北部へ同行した軍人や兵への原隊復帰呼びかけ等

  〇 官僚機構の早期復旧と内乱からの正常化に向けた緊急政策

  〇 強盗団等犯罪組織が跋扈する状況からの早急な治安回復

  〇 難民及び内戦被害者への被害回復措置

  〇 立憲君主制を目指すためのタイムスケジュール

  〇 普通選挙を実施する為の人口台帳作成

等々だ。

 俺が最初に立てた計画もかなり修正された。

 その辺も時間的効率を考えての事だ。


 なお実際の細かい部分は指名依頼で招集した専門家が元の官僚機構に残っている役人等から状況を聴取した上で独裁的に決定。

 その辺も含め緊急期間の作業は緊急臨時政権、つまりジョーダン・シーザー国王代行の独裁権限で速やかに実施。

 住民台帳が完成次第下院にあたる市民院の普通選挙を実施。

  〇 国王を頂点とする行政・官僚機構

  〇 貴族院及び市民院の連立による立法機構

  〇 独立した裁判院を中心とした司法機構

と国の権限を3つに分けた統治機構が動き出したところで緊急臨時政権は解散、俺は姿を消して依頼終了という訳だ。


「何というか一部の隙も無い強烈な計画ですね。確かにこの通り行けば3か月以内に選挙の公示まで持っていけます」

「ただ最初は立候補する市民がどれくらい出るかが不確定です。ですから最初の市民院選挙ではあらかじめある程度立候補予定者を見繕って働きかけを行う予定です」

「不正につながるような選挙運動禁止とかはどう対処しますか?」

「最初に金銭的買収行為等を厳しく罰する法律を公布した上で、完全に秘密が保たれる形式の選挙方法を使用する予定です。本人すら誰に投票したか覚えていない位の秘密保持魔法を使えば脅迫や買収といった行為もほぼ無意味になるでしょう」

 色々話し合って1週間6日後。

 それぞれ依頼を受けた専門家が各待機場所へと移動完了。

 王弟派と第2王子派の予定もほぼ入手したところで行動開始前日となった。


 ◇◇◇


 俺はこの仕事が始まってからも、毎夜必ずカナル村へと帰っている。

 サリナとカタリナの寝室にベッドをもう1個運び込んでそこで寝ているのだ。

 必ず帰るというのがカタリナとの約束だから。

 なお作業中は灰色の空間属性魔法強化服コスチューム通称幽霊ゴーストを着装しているが、家に帰るときは風属性の魔法強化服コスチュームに必ず着替えている。

 ジョーダンとジョアンナを切り替えているつもりだ。

 実際着替えるだけで大分意識が変わるような気がする。

 実際灰色の強化服コスチュームを着装している時の意識はジョーダンに近くなっているのを感じる。

 でもサリナとカタリナ、それにカルミーネ君の前ではジョアンナでいたい。

 この辺の感情が俺にはよくわからない。

 前の俺には無かった感情だから。


 さて、会議が終わって帰宅して、今日もサリナが作ってくれた夕食を皆で食べる。

「今日もお仕事は順調だった?」

「順調です。北側の山沿いに狼魔獣がいましたけれど全部討伐しました」

「これで村の北側の近い部分に出没していた狼魔獣の群れは全部いなくなったと思います。兎等の害獣が増えないように見回る必要がありますが、住民にとって安心にはなった筈です」

「カタリナも頑張った。解体も少しできるようになった」

「みんな頑張っているね。凄い凄い」

 確かに凄いよなと思う。

 何せまだ魔法を得てから3か月程度。

 それで既に大人以上の業務をこなしているのだから。


 本当はずっとここで3人と暮らしていたい。

 でも明日から色々あって忙しくなるんだよな。

 だから今のうちに言いにくい事を言ってしまおうと思う。

「ごめんね。明日から少しだけ忙しくなる予定なの。だから時々帰れない日が続くかもしれない」

「お家に帰ってこなくなるの?」

 カタリナの視線に俺は弱いのだがあえて誤魔化さずにこたえる。

「帰って来れない日もあるかもしれない」

「でもお仕事がちゃんと終わったら帰ってくるの?」

「もちろんよ」

「なら我慢する。その代わり必ず帰ってきて。約束」

「ええ、約束よ」

 何より俺自身が帰ってきたいと思っているからな、間違いなく。


 それにしても帰る場所を意識するのは俺の人生でもごくごく最近になってからだ。

 皇太子時代までは王宮にいるのが当然と思っていた。

 幽閉時代は帰るどころかここではない何処かへ行きたいと常に思っていた。

 それ以降若返るまでは気分で拠点を動かしていた。

 ただ今の身体になってサリナ達と出会ってから帰る場所が出来た。

 縛られたという表現もあるがこれはこれで悪くないと思う。


 真夜中、3人の寝顔を確認して俺は着替える。

「メタモルフォーゼでメイクアップ! 灰色のグレー幽霊ゴースト!」

 私は俺になる。

 さあ、俺の仕事を始めよう。

 救われなかったサリナやカタリナを増やさない為に。

 俺自身が何の憂いもやり残しも感じない状態でジョアンナに戻る為に。

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