第35話 明日の為に今日の獲物は……

 無事保護施設と付帯施設が完成した。

「終わりです。中は土間ですから出来れば人を入れる前に床材や敷物を入れた方が快適です。でもこのままでも簡易テント等よりはマシでしょう」

 リーザさんがため息をつく。

「自分で手助けしておきながら何だけれど、異常を通り越してもう呆れるしかないわ。ただの中州に色々工事をしてこれだけの建物を作るまで、普通はかなりの資材と人数、月日が必要なのよ。何せ昨日試算したからわかっているわ。それをこれだけの時間で作ってしまったなんて、もうね」


 背後の方でバタバタ足音が聞こえる。

 2人程先ほどの中州から走ってきたようだ。

「あ、リーザさん。これは一体」

 どうも先頭で走って来た男は冒険者ギルド職員の模様。

 どうもここの収容施設全体についても冒険者ギルドで面倒をみているようだ。

 本来は衛視庁とか役所等の仕事なのだろうけれど、冒険者ギルドには不特定多数の冒険者を雇用したり、民間等依頼を受けた業務を割り振ったりするノウハウがある。

 その辺の事を踏まえ、この辺の業務を委託で請け負っているのだろう。

 元々冒険者ギルドは国の組織なのだが様々な業務で地方業務の一部を肩代わりしていたりもする。

 商業ギルドが国税について代理業務を行っているのと同様だ。


「見た通り、新しい予備の収容施設よ。これから中を確認するところだけれど、一緒に確認する?」

「確か昨日、新しく開発したいという事で確認した中州ですよね。何故こんな事に」

「今、魔法で土地や堤防の造成から建物の建築まで全部やってもらったの。自分で現場を全て確認しておいて何だけれどまだ信じられない気分よ。

 でも呆けてもいられないわ。実際明日から使う事になる可能性は高いし。まずは中を確認しましょう」

 俺達も一緒に中へ。


 出来たばかりの保護施設に入る。

 中のつくりはほぼ第一保護施設と同じだ。

 床、壁、天井が全て焼土で、床が濃い緑色、壁の高さ半腕1mまでが薄めの緑色、その上はクリーム色だ。

 土の鉄分が少なめで良かったなと俺は思う。

 これが多いとオレンジっぽくなって色彩的に微妙になるのだ。

 なお中は既に魔法で換気済みだから熱くも寒くもなく匂い等も無い。


「間取りそのものは他の保養所と同じ感じだけれど独特の質感ね。木造はもとより石ともレンガとも違う質感で。ほとんどは滑らかで陶器のようだけれども、所々溝があったりして」

「基本的には土魔法で一体成型です。溝は乾かす際に縮んだ分を成形しなおした部分と、床の滑り止め用とです。あと腰から下は人が触れる機会が多いし水こぼれ等にも強いように草木灰で釉がかかったのと同じ状態に仕上げています」

 なお材料の草木灰はこの中州の雑木等を焼き払った際、風魔法でこっそり集めたものである。

 ここで使わなければ家で石鹸作成用に使うつもりだった。

 何せ保管庫容量がほぼ無限なので使える材料は常に収集する癖がついている。

 我ながら貧乏性だとは思うけれども。


「区画の壁についているこの椅子みたいな部分は」

「ここに板を渡すと向こうの保護施設と同じように板の間になります。この方が特に寒い時期は過ごしやすいと思います。それに板を渡した場合は下の空間は物置として一時的に使えますので休む場所が広く使えます」

 この辺も以前土魔法で家を作った際のノウハウだ。


「天井がアーチ状なのは強度の為かしら」

「その通りです。基本的に焼いた土が材料であとは柱材に石を一部使っているだけ。だからどうしても重くなります。その分形状で強度を稼いでいる訳です。まあそれでも日干し煉瓦の建物よりは遥かに丈夫ですけれど。

 ただ向こうの保護施設と比べ屋根が高い分、暖房効率が悪くなります。素材も焼いた土でやや冷気をため込む癖がありますので、その辺は各部の暖炉を使うなりして温度調整をお願いします。換気には気を配っているので火を使っても大丈夫です。

 あと窓の木戸や扉等も無いので、その辺は別途よろしくお願いします。構造でなくてもある程度は大丈夫なようにはなっていますけれど」


 何せ幽閉中の処を脱走したから人里に住むのは非常に怖い。

 そんな訳で自然誰もいない山中なんかに隠れ住むなんていう生活になる。

 住居は自分で作るしかない。

 だから自然とこうやって魔法で家を作るテクニックが上達した訳だ。

 あとはまあ、宣言魔法とかは異世界の知識から知ったテクニックだな。

 複雑な魔法も予め宣言して組み立てておけば発動が楽になる。


 なおこの建物には異世界の知識で得た特殊なものは使っていない。

 透明な窓とかは無いし、窓も扉も後程木製のものを入れるように出来ている。

 勿論魔法で常時照明がついているなんてのも無い。

 その辺はまあ運用で何とかしてもらおう。

 基本が全て不燃物なので火災も起きにくいだろうし。


「さて、ラウロとマッシモはここについて今見聞きしたことを簡単にソシエに報告。その後ここに戻りこの新しい施設について1時間でわかる程度に調べて報告書を作成して頂戴。報告書はどれくらい収容出来て快適性はどんなものか、この建物に追加で必要な資材は何か、その辺を中心にして。出来るだけ早く使いたいから。作成についての報告書は私が作る。報告書は作ったらソシエにあげて。ソシエには後でローザが行くと言っておいて」

「わかりました」


 しまった!

 俺は自分のミスに気づく。

 この建物を作った事で本日分のローザさんの仕事を増やしてしまった。

 これでは風呂に誘えない。

 せっかくあのたわわなお胸を味わおうと思っていたのに。

 時間的にはそろそろ夕方6時。

 一日終わりのちょうどいい時間だったのだけれど。


「ジョアンナさんとふわふらたんぽこの皆さん、今日は本当にありがとう。まさかここまで仕事をしてもらうなんて私も思っていなかったわ。これで当座の懸案事項のかなりの部分が解決できたかなってところ。

 今日はこれで解散だけれど、宿はまだとっていないわよね」

「ええ。でももし何なら高速飛行が出来ますので近隣の街にでも」

 何せ応援の冒険者を呼んでいる状態だ。

 安宿はきっと目一杯だろう。

「それでは申し訳ないわ。ネイプルの冒険ギルドの名にかけて宿は用意する。勿論滞在期間中はこちらの支払いにするから。朝食と夕食もしっかり味わってね。

 それじゃ申し訳ないけれど、冒険者ギルドまでお願いできないかしら」

 ここから冒険者ギルド、結構遠いものな。

「メタモルフォーゼでメイクアップ! 水色のライトブルーウインド!」

 風の強化衣装コスチュームに着替え、それから飛行して冒険者ギルドへ。


 ◇◇◇


 冒険者ギルドでのリーザさんの報告でまあ色々あったのだが省略。

 まあ普通は何もなかった中州が1日で整備され収容施設まで出来たなんて聞いても信じられないよな。

 それでもリーザさんが支部長マスターに説明し、更に今回の宿の件についてもマスターにほぼ迫力で納得させる。

 それしても今日の宿、支部長マスターが、

「え”っ!」

という顔をしたけれどどんな宿なのだろう。


 リーザさん自身の案内で本日の宿へ。

「ちょっととっつきにくい宿かもしれないけれど大丈夫よ。見かけで客を判断したりしないから。食事等は好きな時間に頼めば食堂なり自室なりで食べる事が出来るわ。

 あと明日は朝9時に私が迎えに来るから。それまでに朝食等をとって出られるようにしておいて」

「わかりました。色々ありがとうございます」

「こちらこそ。本来あそこの土地整備や建造にかかる費用を考えたら申し訳ない位だしね。また明日も私が作業場所を案内するからよろしくね」

 おっと。

 明日もリーザさんが案内してくれるのか。

 これは希望が出て来たぞ。

 なおこの希望と言うのは勿論お風呂一緒計画である。


「あと大変虫のいいお願いで恐縮なんだけれど、この魔法力強化衣装コスチューム、しばらく借りていいかしら。これがあれば私自身の仕事の幅も色々広がるから」

「どうぞお使いください。着装する際はあの呪文でお願いします。脱ぐときは普通に脱ぐことができますから」

 それで俺はリーザさんの服を今まで預かっていた事に気づく。

 このまま持って行ってクンカクンカするのも悪くない。

 だがとりあえず今日のところは返しておこう。

 明日の風呂の為だ。

 俺はポシェットから適当な紙袋とリーザさんの衣装を取り出す。

「すみません。リーザさんの着ていたした服は私が預かっていました。この

袋の中に入っています。お返ししておきます」

 本当は下着類等も色々チェックしたいのだが全ては明日の風呂の為我慢だ。


 角を曲がったところでリーザさんが指さした。

「あそこが宿よ。『山海館モンテブス・マーリック』という名前」

 え”っ!

 思わずそう声が出そうになる。

 支部長マスターの気持ちがよく分かった。

 さっきの『ちょっととっつきにくい宿かも』という台詞の意味がよくわかる。

 これって王侯貴族なんかが泊まるような宿なんじゃ……


「これってちょっと冒険者には格式が高すぎませんか」

「今はこのクラスの宿しか空いていないしね。それに今日の仕事を考えればこれでも申し訳ない位よ」

 リーザさんがしれっとそう返してくる。

「お姉ちゃん」

 カタリナが俺の袖を引っ張った。

 何だと思うとサリナが固まっている。

 あ、そういえばサリナは驚くと固まる癖があった。

 まあこれは固まるのも仕方ないな。

 この宿じゃ……

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