第30話 俺の過去

 もし支部長マスターや服屋のおばさんが過去の俺を直接知っているとしたならば。

 俺がジョーダン・シーザー元皇太子と同一人物である事は気付いている筈だ。

 確かに俺の性別は以前とは違っている。

 でも前世で散々女顔だと言われた顔はほぼ同じ。

 そして俺の魔法紋は以前とまったく同じだ。

 しかも俺の魔法紋、使用魔法が数少ない空間系統ということもあって色も形もかなり独特。

 つまり俺を知っているものからみれば見間違えることはまずない訳だ。


 しかも支部長マスター、わざわざかつての俺の肖像画まで出してきやがった。

 どう考えても俺がジョーダン・シーザー元皇太子だとばれているとしか思えない。

 だが支部長マスターが何を考えているのかがわからない。

 俺に何かをさせたいのか、それとも単なる確認なのか。

 それに記憶のかなりの部分を取り戻した結果、俺は以前の俺の認識にかなり誤りがある事に気づいた。

 その辺についても頭の中を整理する必要がある。

 いずれにせよ少し時間が欲しい。


 取り敢えず3人と合流、ネイプルへ荷物を届ける依頼を引き受けた事を話す。

「詳細は飛行しながら説明するわ。だからお願い、今は私を信じて」

「信じるも何も無いですよ」

「お姉ちゃんがそう判断したなら信じます」

「皆いっしょ」

 いいのか本当に。

 だいたい俺は元々は正体不明な魔法使い以上の何者でもないんだぞ。

 そう思うけれど。

「ありがとう。それじゃこっちね」

 そう一言だけ言って、そして支部長マスターの後に続いて歩いていく。


 最初に来たのは以前カルミーネ君が魔獣を解体していたあの低温倉庫だ。

「こちら側に置いてある肉と革は全部持って行ってください」

 倉庫全体の半分以上の量だ。

 肉や革以外のものも収納してあるから肉に限れば8割近くだろうか。

「僕が収納します」

 カルミーネ君が自分のポシェットに収納する。


「次は商業ギルドの倉庫です」

 倉庫の裏口から出て2ブロック先の商業ギルドへ。

 支部長マスターの顔を見るなり受付にいた一見受付嬢実は代理が立ち上がる。

「倉庫へ行ってまいります。留守を頼みます」

「わかりました」

 他の職員の声を背に外へ。

 ぐるっと裏側を回り俺達の拠点に近い処にある建物の中へ。

「右側の茶色い袋全部、同じく右側の麻袋内を全部お願いします」

 茶色い袋は小麦、麻袋は大麦。

 ここでも倉庫の半分以上の量だ。

「こっちは私とカタリナが運びます」

 サリナが小麦の袋、カタリナが大麦の袋を収納する。

「次は冷凍倉庫です」

 俺が箱入りの冷凍カボチャ、冷凍トマト、冷凍した葉物、冷凍肉等を収納。


「以上になります。向こうも冷凍倉庫と低温倉庫を開けて待っています。出来るだけ早く届けて頂けるようお願いいたします」

「わかりました」

「今日はここから直接飛んで行って大丈夫です。衛視庁には連絡済みです」

 既に手配は色々終わっている訳か。

「もしこちらで特に急ぎの用件が無ければ、向こうのギルドで依頼を確認して頂けると助かります。あちらは人手が足りなくて困っているようです。既に何人かこちらから冒険者を差し向けましたけれど」

 なるほど。

「わかりました。では行ってきます。ゆんゆんやんやん風の精シルフィたん どうか速く速くお空を飛ばせてね!」

 速い方の飛行呪文を唱える。

 俺達は空へと舞い上がった。


 ネイプルは遠い。

 この飛行呪文でも3時間ちょっとかかる。

 街を離れた処で俺は飛行しつつ3人に状況を説明する。

「ネイプルの街に北から大量の難民が押し寄せたらしいの。それでネイプルで食料が足りなくなっているから今回輸送することになった訳。あとはさっき聞いた通り。難民が押し寄せて向こうのギルドが大変だから何かあれば依頼を受けて下さいだって」

「難民の数はかなり多いのでしょうね。結構離れたこの街からもこれだけ食料を運ぶなんて」

 確かにサリナの言うとおりだ。

 100離200km離れたシデリアの食糧の7割を搬送する事態なのだ。

 当然ほかの街にも食料を要請している筈。

 なら難民の数はおそらくシデリアの街の人口の数倍規模。

 人数にして万の単位だ。

 都市1つ分、街なら5~6つ分。


「何が起きているんだろう」

「私もわからないわ」

 ただ支部長マスターの雰囲気だとこれはきっと始まりではない。

 原因となる事案は以前からあったように感じられた。

 そして以前の俺も何かしら関係があるようだ。

 わからない。

 胸がもやもやする。


 過去の俺自身についての記憶を辿る。

 俺は10歳のころから幽閉されていた。

 女みたいな顔で弱そうだ、皇太子として見栄えが悪い、能力が無い、空間系統なんて使えない魔法属性だ、女ならまだ使い様があるのに、王家の恥だ。

 そう罵倒される毎日だった。

 今ならそうなった理由がわかる。

 第一王妃の実家である公爵家が政変で失脚し第一王妃自身も病で死去。

 後ろ盾が無くなった皇太子、つまり俺が排除されただけだ。

 でも当時の俺にはそれ以外の環境は無かった。

 外に出る事が出来ない離宮で罵倒されつつ密かに生きているだけだった。


 唯一の慰めは魔法だった。

 俺の魔法は空間系魔法。

 まだ小さい頃でもその気になれば外の情報をある程度知ることが出来た。

 それ以外の楽しみは無かった。

 他にやる事も無いので1人で魔法を鍛え、覗き見た異世界の知識で空間系魔法を進化させ、離宮の厳しい警備の目から逃れて脱走。

 以降は見栄えが悪いとか能力が無いとか散々言われたコンプレックスのおかげで、魔法を鍛えながら生まれ変わる方法を求める事になる。

 そして今ならわかる。

 若返った際に俺自身についての記憶が当初無かった理由が。

 その辺のトラウマで俺が以前の俺自身の全てを否定していたからだ。

 思い出したくない記憶として捉えていたからだ。


 だが今となっては現王家の連中やその取り巻き貴族連中に対して特にこれと言った感情は無い。

 権力の誘惑はそれだけ強力なのだと感じるだけだ。

 今の自由な生活に俺は満足している。

 いやそう自由でもないか、コブ付きみたいなものだし。

 でもこの不自由さもまた楽しいのだ。

 目や心の保養になるからな。

 だから今更、王家とかその辺に関わりたいとは全くもって思わない。


 でももし今、国政が上手く行っていないとしたら。

 その辺で支部長マスターやその周辺が俺に何かしら期待をしていたとしたら……

 複雑になっていきそうな思考を俺はとりあえずそこでストップさせる。

 まだまだ情報は足りない。

 だから今は余分な事を考えない。

 まずは今の依頼を達成させる事だ。

 あとはその後考えよう。

「ゆんゆんやんやん風の精シルフィたん どうか速く速くもっと早くお空を飛ばせてね!」

 俺は飛行速度を加速させる。

 もやもやする思いを振り切るかのように。

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