第6章 俺の正体

第29話 肖像画の写し

 全員が飛べるようになって以来、俺達は主な狩場をシデリアの街付近からフィアンの村やタイカンの村付近に変更した。

 シデリアの街付近の魔獣が激減してしまったからである。

 言っておくが決して俺達だけのせいじゃない。

 そこまで乱獲しないよう少しは気をつけていたつもりだ。

 確かに東西南北それぞれにいた狼魔獣の群れは根こそぎ退治した。

 でも他の魔獣まではあまり狩っていない。

 だから鹿魔獣とか猪魔獣、野兎(害獣なので魔獣と同様の扱い)なんかは残っている筈なのだ。

 捕食者である狼魔獣が減ったのだからむしろ増えていてもおかしくない。

 なのに結果的にはどの魔獣も減ってしまっている。


「狼魔獣に気を付ける心配がなくなった今、初心者の冒険者も遠出して色々狩ってくるようになりました。ですので鹿魔獣も野兎さえも激減しています。この辺に住む人々は喜んでいますから問題にはなりません」

 支部長マスターはそういう意見と立場だそうだ。

 でもどうも冒険者ギルド内での視線が痛い気がする。


 そんな訳で狩りの場所を変更した訳だ。

 今では全員が飛行可能なので10離20km位の距離は問題にならない。

 それに討伐も今は俺は監視するだけで3人が自主的に狩っている感じだ。

 3人とも今では自由に自分の属性魔法を使っている。

 成長が早いよなまったく。


 成長と言えば3人とも強化衣装コスチュームの扱いに大分慣れて来たようだ。

 攻撃呪文やポーズさえも色々可愛いを追求。

 正直見ていてなかなかそそられる時もある。

 あと身体的にも栄養が行き届いているからか成長してきた感じだ。

 サリナは少女期独特の色気が出て来た感じがするし、胸もちょい膨らんできた。

 俺よりサイズが大きいのがどうも納得いかないが見ている分にはご馳走様です。

 カタリナも少し体型が丸みを帯びてきたかな。

 これはこれでいい感じだ。


 でも一番変わったというか美味しそうになったのはカルミーネ君。

 毎回風呂に入れてしっかりトリートメントし、髪そのものも俺が整えている結果、男の娘としてかなり完成度が高くなった。

 ポーズや呪文もサリナやカタリナと研究した結果、いい感じに怪しくなっている。

 動きさえも2人とつるんでいるせいか女の子っぽい。

 カルミーネ君のお母さまごめんなさいでもご馳走様です。


 さてその辺の色々はともかくとして。

 本日も俺達は狼魔獣計22匹の群れを仕留めてギルドへと戻って来た。

 いつも通り解体した分だけ4番カウンターに出す。

「いつもありがとうございます。これが本日の報奨金です」

 いつも通りお金を渡され領収書を渡したところで、

「ところでこの後空いているようなら指名依頼をお願いしたいのですけれど」

と、いつもと違う台詞が入った。


「どのような依頼ですか」

「荷物搬送です。小麦、肉類、野菜類等の食糧を出来るだけ早くネイプルの街に届けて欲しいのです」

 ネイプルの街は南部地方の一番北側に位置する大都市だ。

 ここからなら約100離200km

 高速馬車を使えばぎりぎり1日で着く程度の距離。

 それをわざわざ俺に運ばせるのは……

「何故ですか」

「ジョアンナさんだけこちらにいらしていただけますか」

 何だろう。

 3人に聞かせたくない話があるのだろうか。

 少しだけ考えたがこの場は支部長マスターを信じてみよう。


「3人はちょっと待っていて。ちょっと行ってくる」

 3人だけで待っていても今はもうちょっかいをかけるような冒険者はいない。

 その辺はカルミーネ君独自の武勇伝があったりする。

 俺達がカルミーネ君と組んで2回くらい仕事をした後の事だ。

 カルミーネ君を襲って彼の持つ装備を手に入れようとした不届き者がいた。

 話によると4人がかりでカルミーネ君を襲ったらしい。

 だが土魔法の強化衣装コスチュームを下に着ていた彼は即座に魔法で反撃。

 哀れ4人とも首から下が土に埋まった状態で衛士に引き渡されたそうだ。


 さて、俺は事務所の2階にある支部長マスターの部屋へと案内される。

 俺が入った後、支部長マスターは扉を閉めて呪文を唱える。

厳重戸締まりハードロック盗聴防止サイレントモード

 そこまでするのは何故だろうか。

 俺は支部長マスターの方を見る。


 支部長は立ったまま口を開いた。

「ネイプルの街に大量の難民が押し寄せてきました。まだまだ後続は続いていると思われます」

 何だと。

 予想外の事態だ。

「何があったのですか」

「未だ調査中です」

 支部長マスターはそう言って、そして付け加える。

「難民が押し寄せた事も至急便で知らされたばかりです。商業ギルドや代官とも相談した結果、この街にある備蓄の7割を供出する事になりました。なおこの措置は秘匿となっております。ですのでここへジョアンナさんをお呼びした訳です」

 まだ理由がわからない訳か。

 でも確かにこれだけの食糧を供出するのだ。

 理由がわかって見通しが立つまでの間はこの情報は公にしない方がいい。


「ただ付け加えるなら、国の北部や中部から南部へ流れてくる脱出者や難民は珍しくありません。二十数年程前から増えたり減ったりしつつ続いています。今回は今まで以上に一度に大量に押し寄せて来ただけです。

 私自身も元々はもラツィオから逃げて来た1人でした。アメリアさんも商業ギルドのドメニカさんもそう。そして貴方自身もそうではないかと私は思っています」

 えっ、ちょっと待て!

 確かに服屋のおばさんはそう言っていた。

 商業ギルドのおばさんからも似たような話は聞いた。

 この街も周囲の開拓村も北から流れて来た人によって作られたと聞いた。

 しかし、だ。


支部長マスターは私の事をご存知なのですか?」

「ジョアンナさんを見た時、アメリアさんもおそらく私と同じ感想を持った筈です」

 支部長マスターはそう言って3歩ほど歩き、執務机の一番下の引き出しから1枚の封筒を取り出す。

 中から紙を取り出し俺に見せる。

「見覚えはありませんか」

 少年の肖像画の写しだった。

 だいたい10歳位、今のカルミーネ君くらいだ。

 割と美少年でやや女顔のこの少年、確かに見覚えがある。

 でもすぐには思い出せない。

 確かに似た顔を知っているのに。

 この顔がもう少し成長したとしたら……うっ、これは。


 誰に似ているか気付いた時、俺は思い出した。

 若返りで無くした筈の記憶の断片が戻ってくる。

 思い出したくなかった記憶、思い出さなかった理由まで全てを。

 だが俺はあくまで平静を装う。

 ただ肖像画の写しを見ただけを装う。

 支部長マスターの意図はわからない。

 だから俺はあくまで肖像画を見せられた一般人のつもりで答える。


「豪華な衣服ですね。どなたですか」

「ジョーダン・シーザー元皇太子です。ご存じないですか」

「名前だけは。今は亡きドロテア王妃の子で確かもう亡くなった筈ですね」

「ええ」

 支部長マスターは頷く。

「ドロテア王妃は10年前、ジョーダン元皇太子もそのすぐ後に亡くなりました。そう伝えられています」


 ジョーダン・シーザー元皇太子。

 それは俺だ。間違いない。

 厳密にはかつての俺。

 記憶の一部が蘇る。

 更に蘇った記憶の一部が今までの情報と正誤付き合わされて訂正される。

 情報不足の為歪んでいた知識、歪んでいた情報等が。

 ただ俺は出来るだけ何事も無いふりを続けた。

 支部長マスターの意図はまだわからない。

 それに過去の俺が誰であろうと今の俺は別人、冒険者のジョアンナだ。

 

「とりあえず話はここまでにしましょう」

 支部長マスターはそう言って、肖像画の模写を仕舞いつつ呪文を唱える。

 厳重戸締まりハードロック盗聴防止サイレントモードが解除された。

「この指名依頼はCクラスで報酬は小金貨5枚。達成されたなら『ふわふらたんぽこ』の皆さんもそれぞれ上のランクへ引き上げになるでしょう。まずは難民の為に御願いします。その後じっくりと考えてみてください」

 何を考えるかは言わない。

 俺も聞かない。

 いずれにせよまずは難民の皆さんの食糧を届けてからだ。


「わかりました。『ふわふらたんぽこ』としてこの依頼を引き受けます」

「ありがとうございます。それでは皆さんと合流した後、備蓄のある倉庫の方へと案内いたします。

 あとこちらは依頼書です。到着したらあちらのギルドの方へ直接渡してください」

 支部長マスターの口調はあくまでいつも通りに聞こえた。

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