第28話 大黒熊魔獣狩り

 大黒熊魔獣フィアグリズリは広大な縄張りを持っている。

 だから狩りを行う際は付近の山を調べ、行動パターンを分析するところから行う。

 そうしないと出会う事さえ難しい。


 ただしそれは通常の場合。

 俺達は空を飛行できるしある程度の距離から魔獣の気配を感じることも出来る。

 だから広範囲に飛行しながら気配を探れば見つける可能性も高い訳だ。

 渓谷上空を飛行しながら気配を探す。

 谷の底部分はそこそこ動物の気配が濃い。

 ただお目当ての大黒熊魔獣フィアグリズリはなかなか見つからない。

 せいぜい山猫魔獣程度までだ。

 もうすぐ谷の最奥部分。

 次は右側と左側の谷どっちを探ろうかと思った時だった。

 いた。

 明らかに他と違う大きな魔獣の気配を感じる。

 1匹、単独行動のオスだな。


「いたよ。谷の一番奥、本流が滝になっているところ」

 飛行速度を落とし、気配隠蔽魔法をかけた後ゆっくりと飛行しながら近づく。

 奴は山ヤギを食べているところのようだ。

 崖にいたのを風魔法で倒すか落とすかして捕えたのだろう。

 普通の熊は雑食で木の実等もよく食べるが大黒熊魔獣フィアグリズリはほぼ完全な肉食。

 風魔法で積極的に他の獣を狩るという習性を持っている。


 奴に感づかれない程度の場所で一度停止。

「そろそろわかる? 大黒熊魔獣フィアグリズリの気配」

「こっちに大きい気配を感じます。まだ見えないですけれど」

「僕はまだわかりません」

「カタリナも」

 サリナだけがある程度わかるようだ。

 指さしたのはまさに大黒熊魔獣フィアグリズリのいる方向。

「それじゃここから一気に近づくよ。向こうも魔法を撃って来たり飛びつこうとしたりすると思うけれど風魔法で完全にガードするから心配しないで。

 サリナは確実に目で確認できるようになったら、体温を凍らないギリギリまで下げるように魔法を使って。いい?」

「わかりました」

「じゃあ行くよ」


 これ以上近づいたら意味がないので気配隠蔽を解除。

 同時に一気に滝つぼの上、奴を眼下に見える場所まで移動する。

 奴が気付いた。

 山ヤギを食べるのをやめ、大きく立ち上がってこっちを威嚇する。

「大きい!」

「本当だ……」

 確かにはじめてみると大きいと思うよな。

 でも体長2腕位、単独行動のオスとしては標準的な大きさだ。

 シュン! パン!

 飛んできたエアカッターの魔法を風魔法で横へ弾く。

 これくらいの威力なら無詠唱でも余裕で弾ける。

 強化服コスチュームを着装した俺の敵ではない。

 パン! パン! パン!

 奴が連射してきたエアカッターを左右へと弾く。


「ぴゅーぴゅーさむさむチルノたん。氷温チルド保存をお願いねっ!」

 おっと目に見えて奴の動きが鈍り始めた。

 こっちに向かって更にエアカッターを連射するが先ほどまでの威力は無い。

 魔獣なりに呪文に対抗しているようだけれどサリナ&強化服コスチュームの方が強力だ。

 完全に動きが止まったところで狙いを定める。

「氷刃!」

 魔法で神経の一部を切断。

 大黒熊魔獣フィアグリズリの身体が弛緩したのを感じた。

 

 これも経験と言う事ですぐ横に降下して3人に実物を確認させる。

「大きい」

「本当に大きいです」

「こんな魔獣もいるんですね」

 それぞれの感想を聞いたところでポシェットに収納だ。

 あと大黒熊魔獣フィアグリズリが食べていた山ヤギはこのままだと何なので始末しておこう。

「抹焼!」

 きれいさっぱり灰になった。

 勿論いつも通り灰は回収。


「これで今日のお仕事は終わり。お疲れさまでした」

「楽しかった!」

 カタリナはご機嫌だ。

「でもいいんでしょうか。こんな本当なら大仕事がこんなに簡単に終わってしまうなんて」

 カルミーネ君は多少冒険者経験があるだけにかなり違和感を感じている模様。

「魔法を使いこなせればこんなものよ。大したことじゃないわ」

「でもそれはジョアンナさんだからですよね」

「さん付け禁止。お姉ちゃんで」

 これは規則だ。

 俺の俺による俺の為の規則。

「とりあえず景色がいいところでお弁当にしましょう。ちょっとここは霧が出ていて寒いから少し上に行くよ」

 谷から日の当たる尾根筋の方へと飛行して移動する。


 ◇◇◇


 やはり黄金の鶏亭プルスアウリアの弁当は美味しい。

 しっかり食べてからちょっと休憩。

 3人はそれぞれ付近で色々やっている。

 何か他に有用なものが無いか調べているカルミーネ君。

 飛行する事が楽しいカタリナと見守っているサリナ。

 うん、平和だ。

 近くにはとりあえず危険な猛獣や魔獣、魔物はいない。

 カタリナの魔力がそろそろなくなるなという処で集合をかける。

「これから帰るけれど、昨日もう一つ便利な道具を作ったから使うよ」


 ポシェットから出したのは毎度おなじみ簡易型転移門。

 ただしちょっとだけ改良してある。

 見た目的な違いは転移門の両側にロープがついている点だ。

「まずはこれで他に転移門がある場所へと帰る。基本的には森の家ね。まずはいつも通り転移門を通って帰ってみて」

 3人が通ったところで俺も転移門の中に。

 ここで転移門から出ているロープを持ったまま入るのがコツだ。

 森の家のリビングに出たところで紐を引っ張る。

 向こうに設置した転移門がひもに引っ張られ、こっちの転移門の間から出て来た。


「これで何処からでもこの門を回収して帰ってこれるようになった訳。だから行きはどんなに遠くても帰りはすぐよ」

「まさか見かけの通り今までの門にロープをつけた訳じゃないですよね」

 鋭いなカルミーネ君。

 実はほぼその通りだが、一応ちょっとは工夫もしてあるぞ。

「ロープには魔力を通す魔法銀ミスリル繊維を埋め込んであるの。他にも門が無い状態でもほんの少しの間通れるようにするため魔石を埋め込んだり、呪文記載の魔法陣を幾つか埋め込んだりしているわ」


「便利過ぎて異常ですよね」

「でも楽しい」

 色々考えるところがある2人と比べ、カタリナは基本楽しければいい派。

 このくらいの年齢ならそれでいいと俺は思う。

「さあ、ギルドへ行って報告して報奨金貰って、そうしたらまたここへ戻って魔法を訓練するよ」

 勿論その後皆でお風呂に入るのだ。

 この楽しみだけは忘れる訳にはいかない。

 俺の明日への活力! って奴だ。

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