第2話 接頭詞の必要性

 絶望しても仕方ない。

 此処が何処でもとりあえず構わない。

 取り敢えず優先すべき事項を俺は発見してしまった。

 部屋を捜索している最中に気づいてしまったのだ。

 腹が減った事に。


 この家、やたら部屋数がある。

 今いるリビングダイニングと目覚めた研究室風の部屋の他、2階に6部屋1階に4部屋、更に大きめの洗面所とお風呂。

 うち2階の全部の部屋と1階の3部屋は使用していないらしく何も無い。

 だから物が多過ぎるリビングダイニングを中心にとにかく掘り起こしまくって食べ物を探す。

 結果色々と散らかってしまったが、その割に成果は芳しくない。

 発見出来た食料は缶に入った団栗の粉と僅かな干し肉だけ。

 早急に飯の確保をしないと飢え死にしそうだ。

 

 ただ現金は結構あった。

 引き出しだのテーブルの上だのあちこちに置いてあったというか散らばっていたというか。

 若返る前の俺はあまりお金に几帳面ではなかった模様。

 拾い集めた結果は正金貨32枚と小金貨24枚、正銀貨52枚。

 それに小銀貨と正銅貨、小銅貨たくさん。

 この世界の庶民の収入は大体1日あたり正銀貨1枚。

 正銀貨10枚が小金貨1枚で、小金貨10枚が正金貨1枚だ。

 これだけあれば当分の間、働かなくても食べていける。

 買い物が出来ればの話だけれど。


 さて、これだけ探したが俺が誰で此処が何処かわかる資料は無かった。

 そして俺の魔力で感知出来る範囲には人の気配は無い。

 具体的には地平線で隠れない範囲、だいたい半径2離4km以内には俺以外の人間はいない。

 これは早急に食料探しの旅に出ないとだめだ。

 ついでに言うとある程度の街とかも見つけたい。

 今あるお金で10年くらいは働かなくても余裕で食べていける。

 でも一生となると無理だ。

 職につかないといずれ食べていくのに困るだろう。


 職業は俺の技能的には冒険者が一番仕事として楽だ。

 適当にその辺の魔獣とかを狩っていればそこそこお金が手に入る。

 それなりに魔法は使えるし気に入らないけれどあの装備を使えばよほどの化物でもない限りは倒せる。

 対人戦はまあ、極力無しの方向で。


 まだ日は高い。

 午後3時頃かな。

 なら今のうちに捜索活動をした方がいいだろう。

 飯のためにも。

 どうすれば捜索活動が一番効率がいいだろうか。

 少しだけ考えて苦渋の決断を下す。

 確かあの怪しい衣装コスチュームに風魔法強化の服があった筈だ。

 あれを使えば俺の魔力なら飛行が可能になる。

 だから仕方無いけれど着用するとしよう。

 あと街を見つけた場合にそなえてお金とかも持って行くか。

 遠方からこの家に戻るために簡易型転移門も10個ほど。

 確かほぼ無限に入る持ち歩き型収納庫も在庫がいくつかあったよな。

 衣装と一緒に戸棚に入っていた記憶がある。

 そんな訳で戸棚から可愛いポシェット型の収納庫を取り出し、中にお金だの他の強化服だの簡易転移門だの色々詰め込む。


 それでは心ならずもジャージから水色のフリフリ衣装に着替えだ。

 ところでこの強化服、着用方法が異常としか言いようがない。

 まずは呪文を唱える。

「メタモルフォーゼでメイクアップ! 水色のライトブルーウインド!」

 そう唱えると身体が自動的にくるりと右回りで1回転する。

 キラキラと周りに光を纏うともに今まで着ていたジャージが脱げ、代わりに白地に水色のコスチュームが着装される。

 更に水色の長手袋とブーツが着装され、最後に右手にキラキラしたステッキが現れて完了。

 なお脱いだジャージは畳まれた後収納庫に入るという親切仕様だ。


 この着替え方法、恥ずかしすぎる。

 呪文もそうだしわざとらしく一回転するのも光に包まれるのも、途中一瞬だけれど全裸になるのも恥ずかしい。

 全く何を考えているんだ以前の俺。

 そう思っても仕様だからしかたない。

 今回は誰も見ていないので大丈夫だった。

 今後も着替えは誰も見ていない場所で行おう。


 収納庫であるポシェットを下げて家の外へ。

 周りには背の高い木が茂っている。

 太陽の位置は何となくわかるのだが見えない。

 空すらも真上のほんの少ししか見えない。

 そんな深い森の中だ。

 歩けそうな獣道すら見当たらない。

 何でこんな処に以前の俺は住んでいたのだろう。

 その辺の記憶は何故か無い。

 まあどうせしょうもない理由だからそんな記憶は無くていいだろう。

 それに俺は過去に囚われず新しい人生を送ると決めたのだ。

 もう過去の俺については深く考えないようにしよう。


 さて、偵察と言えばやはり高い処から見るのが一番だよな。

 それでは行くぞ。

「飛翔!」

 風は巻き起こるが飛べない。

 どうもこの魔法強化服には嫌な欠点があるようだ。

 呪文を『可愛く』唱えないと充分に強化されない模様。

 以前の俺を脳裏で散々罵ってから、気を取り直して呪文を唱える。


「お空を飛べーっ」

 おっ、上昇した。

 木々の上を越えてどんどん高く上っていく。

 高度や方向も思いのままだ。

 しかも結構肌を露出しているのに寒くもない。

 なかなか高性能な魔法強化服だ。

 記憶によると呪文の前に可愛い接頭詞を入れるとさらに強化するらしい。

 ピン●ルパン●ルパムホ●プンとかフ●ンファ●フ●インランラ●レインとか。

 一応覚えておこう。

 出来れば恥ずかしいから使いたくないけれど。


 かなり上昇して範囲を広げて気配を探る。

 魔獣の気配はそこそこあるけれど、人の気配は無いな……

 更に上昇しつつ山側から少し低い土地の方を調べてみる。

 おっと、第一村人発見!

 続いて第二村人も発見!

 だがその背後に魔獣の気配まで発見。

 魔獣というか魔物、ゴブリンだ。それも3匹。

 どうやら追われて逃げているようだ。

 この格好を見られたくはないが仕方無い、助けてやるとするか。

 一気に加速して村人の方へと近づく。

 ぎりぎり間に合うか。


「風さんの力を借りて、ウインドカッター!」

 バスッ、バスバスッ。

 ゴブリン3匹の首があっさり飛んだ。

 念の為に魔法をちょっと可愛く言って正解だった。

 威力が増したようだ。

 

 走っている2人のうちの1人が転ぶ。

 もう1人が咄嗟に立ち止まって、そしてゴブリンが追ってこないのに気づいた。

 よし、この格好では少し恥ずかしいが接触するとしよう。

「もう大丈夫だよ。ゴブリンは倒したから」

 声をかけた後、ゆっくりと地上へと降りる。

 見ると2人ともまだ子供だ。

 片方が俺より少し年下、12歳くらい。

 もう片方は6歳くらいかな。

 どちらも女の子だ。

 何か唖然とした表情で俺の方を見ている。

 しかも動かない。

 硬直しているようだ。


 先に硬直からとけたのは小さい方だった。

「おねえちゃん、神様?」

 おいおい神様は無いだろう。

「通りすがりの魔法使いだよ」

 もう1人はまだ硬直している。

 あ、動いた。


「すみませんありがとうございます。大変なんです。ゴブリンが出たんです。今逃げてきたところです」

「追ってきた3匹は倒したよ」

「もっといるんです。村がきっと大変です」

 なるほど、状況は掴めた。


「村はどっち?」

「この道をずっと真っ直ぐです」

 どれどれ助けてやるとするか。

 俺も村に行きたいしちょうどいい。

 でも走って行くのでは間に合わないかもしれない。

 なら……俺は記憶を確認してみる。

 大丈夫、だが威力を増すため接頭詞をつける必要があるようだ。

 仕方無い。


「リリ●ルトカ●フキルゼムオール、みんなおそらを飛べ!」

 飛ばない。この接頭詞は駄目なようだ。

 2人の白い目が痛い。

 記憶の中から接頭詞を必死で探す。

「ぴ●るぴるぴ●ぴぴる●~ みんなおそらを飛べ!」

 今度は成功した。

 2人と俺まとめて空中へ。

「えっ、えーっ!」

「私の魔法だから心配しないで。村へ急ぐよ」

 あ、また年長の方が硬直した。

 でもまあ支障ないから今はそのままでいいか。

 そう思いつつ俺は先を急ぐ。 

 

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