4 見えないセカイ


 三日月が照らす濃紺の空を、僕は飛んでいる。

 眼下に光る雲海を眺めながら。

 

 そして、思った。


 「このまま上昇し続けたら、どうなるのだろうか?」


 やがて空気中の酸素が薄くなり、意識がボーッとしてくる。

 

 「意外とこのまま安楽死できるのか?」「それとも、気圧が急減少に耐えられず、体が膨張して弾けてしまうのだろうか?」「もしくは、大気圏に突入しながら燃え尽きるのか?」そんなことを考えていた。


 すると、向こうに1人の男が現れた。

 

 《Flying Human》だ。


 男は、真っ白のスーツを身に纏い、赤いネクタイをしていた。


 「あれ? この人、どこかで見たことあるな?

  この顔は……。そうだ! テレビで見たイタリア人だ!」

 

 1ヶ月前、ニュースで報道されていたあのイタリア人が目の前にいた。

 呆気にとられていた僕に、白いイタリア人が話しかけてきた。



 「Anche tu 《Flying Human》?  ——あなたも《飛行人》ですか?」



 僕は、《Flying Human》という単語だけしか聞き取れず、何も答えることができなかった。


 「Oh,Non capisci l'italiano, vero... ——あぁ、あなたはイタリア語がわかりませんよね」


 僕の困った顔を見て、彼もまた困った顔をした。

 とても悲しそうな顔だった。


 でも、彼はすぐに僕に笑顔を見せ、こう言った。


 「スカイ、イズ、ビューティフル!」


 僕は言った。


 「イエス。イッツ、ビューティフル。」


 彼は嬉しそうに笑った。

 そして、僕の肩に手を置いて言った。


 「Odio vivere.

  Sei ancora giovan.

  Per favore, vivi!」


 「addio」


 そう言うと、欧米人特有のハグ&キスで僕にお別れをし、天高く消えていった。

 

 

 

 僕は一人、三日月の空に取り残されてしまった——






 「ガチャン」


 麻婆豆腐の匂いがする。

 僕は家に帰ってきた。


 「おかえり〜! もうご飯できるわよ〜! 早く手を洗ってきなさい〜」


 いつもの母の声が、キッチンから聞こえる。

 リビングに向かうと、食卓の真ん中には大皿が置かれていた。



 今日は間違いなく、<麻婆豆腐>だった。


 僕は、麻婆豆腐を見つめながら、あのイタリア人のことを考えていた。



 言葉が分からなくても、わかっていた。


 リビングの床には、ガン太があの日のように涼しげな顔で、ウトウト眠っていた。頭をそっと撫でると、眠たそうな瞳で僕を見つめた。



 「2年4組に、《飛行人》がいる」



 あのラインの文字は、いまだ僕の脳裏にこびりついて離れない——



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