3 空中トラベラー


 真夏の空気を体で切りながら、僕はガムシャラに空を飛び回った。


 肌で風を切る感覚と、耳に聴こえる風切り音が心地よかった。

 僕は夏の空に溶け込んだ。

 お風呂でぬるま湯にゆっくり浸かるとき、自分とお湯の境界が分からなくなるように。



トンビと肩を並べて並行飛行したり、


 「校舎の窓から眺めていたあのトンビ!」



渡り鳥の群れにお邪魔して、V字編隊のトップを飛んだり、


 「急にゴメンね!」



富士山の絶景を、貸し切りの美術館のように独り占めしたり、


 「この角度がベストかな? いやもうちょいコッチか?」



山中湖の水面で水上スキーをしたり、


 「スキージャンプの体勢をとり、足のかかとだけ水面につけたまま滑空!」



入道雲をベッド代わりにして昼寝したい!と試みたが、近づくとただの霧だったり、


 「ドラえもんの嘘つき!」



でも、雲の上から眺める雲海に息を飲んだり、


 「キラキラしてる…」



飛行機を見つけて、その翼とハイタッチしたり、


 「ヘイヘ〜イ」



アクロバット飛行も、


 「急降下スカイダイブ!………か…ら…の〜〜……上空へ旋回!」



草原でのんびり放牧している牛にこっそり近づいて、その背中に抱きついてみたり、


 「ガバッと!」



大きな木のてっぺんに立ってみたり、


 「……トトロみたい。笑」



 それはまるで、世界を独り占めするような、恍惚の時間だった。






 気がつけば、美しい夕焼けが無限に広がる大空があった。


 僕はそのグラデーションに心を奪われ、ただただ眺めて続けていた。




 やがて濃紺の夜が迫ってきた。

 大きな木の枝をベンチにして、フクロウよろしく月を眺めた。

 キレイな三日月だった。


 「このまま、あの月に向かって飛び続けたら…








  …いや、バカな考えはやめよう」



 三日月の下には、街が見える。

 小さな家々に、小さな光がポツポツと。


 僕には、部屋の片隅に転がる小さなホコリのようにちっぽけに見えてしまった。




 僕は大きく深呼吸をして、そして、トトロの木を飛び立った——


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