復讐は失敗する

@tazakimiyu

第1話 物語の始まりに・・・

 今から31年前、静岡県浜松市のとある場所を、ショッキングピンクのカーディガンと丸襟のブラウス、それにカーキ色のフレアスカートを着た女の子が、背丈とさほど変わらないほどのランドセルを背負って一人で帰宅していた。

 その日は、少女の学校は全校音楽祭の日で半日登校の日であった。

 転入して間もない少女にはまだ友達と呼べるほど親しい友人もおらず、毎日の楽しみは読書とテレビであった。この日も帰ってからのテレビが楽しみであった。

 通学路は田舎道と言った感じで、生活道路となっているような狭い道路を児童たちは常に気を付けながら登下校するといった具合だった。特段スポーツが強い学校でも無かった為、遅くまで学校にいる児童がいないので大した問題にもならなかったが、明らかに街頭がない道のため、季節的に夕方でも暗くなるのが早くなる時期は車と接触しそうになる児童が毎年出るほどの道でもあった。

 田園風景というほどの景色ではないものの、両脇には畑やビニールハウスが続くような道で、住宅街に出るまでに墓地もあった。

 少女がその墓地へ近づくころ、向かいから年の頃18~25・6といった青年が歩いてきた。少女は少し不思議な感じを抱きはしたが、自分たちが半日だったため、他でも半日の学校があったのだろうと勝手に納得した。その青年とすれ違って数メートル過ぎたとき、青年が少女に声をかけた。

 「ベイサイドビューホテルに行きたいんだけど、道教えてくれないかな?」

 この質問にも少し違和感を感じた。なぜなら、青年がやって来た方向がそのホテルのある方角だから。青年はホテルから離れるように歩いてきていたのだ。

 でも、観光客で散歩でもしていて道が分からなくなったのかもと、勝手に納得した。何より、少女は兄弟の前で自分だけ親から褒められたかった。だから道を教えようと納得した。

 事件のきっかけなんて、ほんの些細な気持ちのブレのようなものかもしれない。


 「ちょっとわかりにくいから、あの少し高いところに上って教えてくれる」

 青年は少女の道案内ではわからないと言い、鬼灯畑のため盛り土がされている場所へ誘導した。この時少女は逃げなきゃと頭に過ったが、本当にただ道を知りたがっていたら、自分はひどい人間だと思い青年の誘導に従った。

 青年の後を付いていき、鬼灯畑に入る。高く盛土がされているから見えるだろうとおもっていたその場所は背の高い木が何本も茂っており、ちょうどホテルがある方向が見えなくなっていた。だから少女は元の道に戻り、青年をホテルが立ち並ぶ場所まで案内しようと思った。そこまで連れていけば後は一人で目的のホテルを見つけられるだろうと考えた。しかし、青年が少女に言った言葉は少女の考えと真逆なものだった。鬼灯畑の脇に窪地があり、背の高い草木が茂り大人がすっぽり隠れられる程の場所になっている。そこへ青年は徐ろに降り、少女を誘導する。手を差し出し、ここから場所を教えて欲しいと。少女は先程同様おかしいと直感的に思ったが、人の脳は面白いもので、直感的に危険を感じ取ってもその時その直感に従って行動しなければ、その直感を否定した考えが優勢となり、以後その危険を知らせる感覚は働かなくなる。火事や災害の時に九死に一生を得るか、そこで終えるかはこの危険を知らせる直感とそうでない直感の差を分かるかどうかなのかも知れない。

 少女はあまりにも愚かな事をしたのだ。初めに逃げなきゃと知らせた直感通り逃げていれば良かったのだ。人に道を教えずに逃げたくらいで人間悪人にはならない。でも、少女の環境がそうはさせなかった。少女の家族は少女を認めようとしない家族だった。だから兄弟よりもいい成績を取り、良いことをして褒められようとした。そして認められようと思った。その思考が身を守る機会を逃したのだ。

 少女はその日、青年のいい玩具にされたのだった。


 その後少女は殺されること無く帰された。

 「この事は僕と君だけの秘密だよ!誰かに喋ったら、困ったことになっちゃうからね」

 その言葉の本当の意味を少女がその後も知ることは無かった。しかし少女には「誰かに喋ったら君を殺しに行かなくちゃいけなくなるからね」と聞こえた。それが被害者である少女の家族とその後犯人を逮捕すべき警察との大きな隔たりとなる。青年の言葉を素直に聞き取れば困ったことになるのは青年なのだ。しかし少女はその後も命の危機を感じ続けていた。暗示のように”殺される”と思い続け、”生きて帰りたい”と願い続けた。青年から離れられた時、少女は己が生きているのか死んでいるのか分からなかったのだ。青年の玩具になる前に見ていた景色と変わらない景色が自分の目に映る。現実の景色を夢だと思うほどに、少女の心は傷ついていた。

 帰り道は体が覚えているから勝手に道をたどり帰る。その途中で少女は父と会う。父親は少女の姿を見てただならぬ雰囲気を感じ取った。

 「何が有った?」

 「道聞かれて・・・・」

 「どっちに行った?」

 「向こう・・・」

 少女は犯人の向かった方角を指す。

 「友香ちゃんはお母さんの所に帰ってなさい。一人で帰れるね。お父さんはそいつを捕まえてくるから」

 そう言うと父親は少女が指さした方へと駆けてゆく。少女の父親は熊のような体格をした男だった。少女はそんな父親の背中を見て、あんなに早く走れたんだと感心する。しかし同時に悲しさや怒も湧いてくる。

 後に少女は在る女にこの時のことをこう語った。

 (行かないで!一緒に居て・・・・。一緒に帰ろう。お母さんたちが待つ家に一緒に帰ろうって言って!手を繋いで一緒に帰ろうよ・・・・。犯人なんかどうでもいい。ほっとけば勝手に不幸になるよ。だから・・・・・一緒に帰ろうよ・・・・)

 そんな風に思っていたと。幼き子供にはあの時の感情を上手に言葉にすることは出来なかったと。


 少女が家に帰り着くと母親が玄関の前で待っていた。

 「お父さんと会わなかった?」

 「会った」

 「お父さんは?」

 「犯人追いかけて行った・・・・」

 「え?どういう事?友香ちゃん、ねぇ友香!」

 玄関先で母親と押し問答をしていたからか、少女が玄関の扉を開け家の中に入ろうとした時、父親が息を切らして帰ってきた。

 「お母ーさん、警察、直ぐに警察呼べ!」

 怒鳴り声に近い大きさで母親にそう指示する父親。その言葉に動揺してオロオロする母親。

 「何が有ったの?ねぇ、友香ちゃんどうしちゃったの?」

 「兎に角警察を呼べ。犯人に逃げられた。絶対に捕まえてやる」

 父親が怒っていることが分かる。少女には僅かな救いだった。自分が悪くないと言われているようで、気持ちが落ち着く。

 玄関の扉が閉まる前に父親に手を掴まれる。

 (あ〜、こうして起こったことなんか忘れて、お父さんとお喋りしながら帰ってきたかったな)

 少女はそんな風に思った。

 「友香ちゃん、犯人の顔を覚えているか?」

 「・・・・うん。覚えてる・・・」

 「警察が来るまで待ってなさい。直ぐに呼んであげるから」

 そう言うと父親はオロオロしたままの母親を余所目に警察へと電話をかける。玄関に在る下駄箱の上に置かれた最近新しくしたばかりのプッシュ式のライトグリーンの電話。そのボタンが押され、警察へと通電する。

 「はい、警察です。事故ですか?事件ですか?」

 「娘が暴行された。直ぐ警察をよこして下さい」

 「分かりました。場所は浜松市✕✕町ですね。被害に遭われた場所はどの辺になりますか?」

 「ペンギンホテルが在る付近です」

 「分かりました。今担当の者をそちらに向かわせています。同時に現場付近のパトカーにパトロールを強化させます。警察が到着するまで少々お待ち下さい。このまま通話状態にしておきますか?切ったほうが宜しいですか?」

 「あ〜じゃあ、切ります」

 そう言って父親は受話器を置いた。

 受話器を置き、父親は少女を見る。

 「ちょっと嫌かもしれないけど、風呂には入らずに着替えだけをして待っていなさい。その脱いだものは洗濯機へ入れずに持ってきなさい。下着も全て」

 少女には父親が言っていることが分からなかった。いや、指示された内容は理解できる。しかし先程犯人に対して憤りを表していたのに、今度は自分に怒っているように感じたのだ。

 少女はやはり自分が悪いのだろうか?犯罪をしなくてもいい青年に犯罪をさせ、加害者にした自分が全て悪いのだろうか?そんな事を考えた。それでも父親の指示に従わない理由はない。言われた通り、部屋着に着替え、下着も着替える。

 (いっそ全て洗い流し、キレイにしたら私はキレイな体に戻れるのだろうか?私はずっと汚いままなのだろうか)

 着替えをするために自分の部屋へ戻っていた少女は、着替えを終え父親と母親の元へ戻る。その頃には警察が到着しており、パトカーが1台と覆面パトカーが2台玄関先に停まっていた。

 少女が玄関の扉を開け、父親に脱いだ衣服を渡す。それを知らない男2人と制服を来た警官が見ていた。

 「これは警察で預かるね。良いかな?」

 少女は頷く。子供にだってそのくらい分かる。この質問に拒否の回答が無いことくらい。頷くしか無いから少女は頷いた。しかしそこには”これで警察が犯人を捕まえてくれれば私は加害者じゃないことが証明されるかもしれない”という被害者特有の感情も有った。

 それから数時間後部屋で明日の教科書をランドセルに詰めていると、玄関先で話している声が聞こえて来た。少女の部屋は玄関の真上の部屋で来客の声が1番聞こえる場所にある。

 しかしその内容までは分からない。しかし、さっきまで居た刑事と母親が何やら話しているのは分かる。母親は笑ってさえ居る。

 (何を話しているのだろう)

 そう思うが、確かめに行く勇気はない。頭では被害者であることを理解していても、心は”お前が加害者だ”というのだ。このチグハグな感情を子供である少女はどうすることも出来なかった。ただ、自分の中でぐるぐる渦巻くこの気持ちを、段々とどす黒くなっていく感情を否定することも認めることも無く抱え込むしか無かったのだ。それは少女の自殺願望へと変化していて、知らぬ間に自己暗示を掛けることで少女の中に留まり続けた。それを誰にも告げること無く時間は少女を大人へと変化させていく。

 

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