第二話 何でも屋
「私を……何でも屋に雇ってもらえないかしら?」
「…………」
「…………」
「…………」
思いもよらぬ尚紀のお願いに、時雨たち三人が絶句する。
「おいおいおい……冗談は腕力だけに――ひぃ!!」
良太の揶揄いを受け、尚紀が殴りかかろうとするが、今度こそ時雨が彼女の腕を掴み抑え、阻止した。
「ひ、尚紀先ぱ―――尚紀!? 何を考えてるの!?」
「私も、この街のために何かしたい、そう思っただけよ」
「それでも、僕たちの仕事をしようなんて度が過ぎてるよ! 僕たちがただの何でも屋じゃないってことは、尚紀が一番よくわかってるはずだよ!」
「えぇ、わかっているわ。だからこそ、私を雇ってほしい。むしろ、馬鹿な私にはそれしかできない……」
「尚紀…………」
彼女の言葉に、何も言い返せなくなる時雨。
そこに、海渡が口を挟んでくる。
「……俺達の仕事は危険だ。テロリストと戦うなんて日常茶飯事。場合によっては、テロ組織の本部を壊滅させろという、本来国に任せるようなことも依頼される。
確かに、尚紀は強いだろう。失礼ながら、小柄な体から放たれるとは思えない力を、お前は難なく出せているからな。だが、実戦経験が無さすぎる以上、一瞬の油断で命を落とすことになるぞ。そうなれば、時雨が悲しむ。当然、俺達もな」
「…………」
海渡の説得に、尚紀は黙り込む。
これで尚紀は諦めてくれる――そう安心した時雨だったが、海渡が続けた言葉に驚きを見せる。
「……偉そうなことを言ってしまったが、お前が時雨の女である以上、どのみち危険は避けられないだろう。それに、何でも屋である以上、平凡な依頼も来る。それ専属として働くのなら……ボスに相談してみよう」
「えぇ!? な、なに言ってる海渡!?」
「話した通りだ。将来のことを考えれば、リスクがあっても尚紀に経験を積ませるべきだ。まぁ……一番いいのは、時雨が何でも屋から――裏社会から足を洗い、表社会で平穏な暮らしをすることだがな……」
「確かに……そうだけど……」
時雨は戸惑いを見せる。
普通であれば、ここは大切な人のために即決でやめることを選択するだろう。
彼はまだ高校生。勉強に励めば普通に就職もできる。
彼が、『普通の人間』であればの話だが――――
「んま! そう難しく考えんなって!」
時雨を励ますように、明るく言ったのは良太。
「とりあえずお試しってことでいいだろ? 俺達の仕事がどれだけ大変か、体で覚えさせれば諦めてくれるかもしれねぇじゃん?」
「諦めないわ。どんなことがあっても……!」
「本人もこんな感じだし、それでいいだろ? 時雨」
「……そうだね」
尚紀が何でも屋に来ることを認めた時雨は、大我に電話をかける。
※
同時刻――。
「…………」
何でも屋の事務所にて、大我は資料整理を一人で行っていた。
BGM代わりに点けていたテレビから流れるニュースに、ふと耳を傾ける。
『速報です。たった今、
「南岩区……少し遠いな。今から向かっても無駄か」
大我たちが住む街――
都会を思わせる高層ビルや大型ショッピングモールが数多くありつつも、豊かな自然も残された色鮮やかな街である。
便利な生活を送るにも、自然に癒されながらゆっくり過ごすにもいい街なのだが、日本の中で一番テロ事件が発生している危険な場所としても知名度を上げている。
石神市は五つの地区に分かれている。
住宅が多く並び、時雨たちの学校、何でも屋の事務所もある
農園が広がる、自然に溢れた
古びた商店街や歴史ある観光地など、懐かしさを感じることができる
工業地帯で、夜のライトアップが絶景と言われる
そして、人口密度の高い都心部で、高層ビルが並び立つ
この五つに分かれており、大我たちは北石区の中でも更に北の方に住んでいた。
「さっき行ったスーパーを占拠してた奴らも、<フライハイト>の可能性が高いな。奴らは数が多すぎる。そう簡単に壊滅させられそうにない。だがこれ以上放置するのも危険だ。有人が戻ってきくれれば……そういえば、あいつに確認したいことがあったんだったな」
大我はテロリストの言葉を思い出し、『有人』という人物に連絡を取ろうとスマホを取り出す。
「?」
それと同時に、時雨から電話がかかって来る。
「時雨からとは、珍しいな……」
そう呟いて電話に出る。
「――オレだ」
「お疲れ様です! 時雨です! 今お時間大丈夫ですか?」
「あぁ、問題ない。お前から電話とは珍しいな。緊急事態か?」
「いえ、緊急ではないのですが…………」
「…………」
時雨が何かを躊躇っているのを、大我は電話越しに把握した。
時雨は一度咳払いしたのち、慎重な声で話を続ける。
「……尚紀のことは、知ってますよね?」
「ッ!?」
『ひさき』
その名前を聞いた大我は、思わず身につけているネックレスを力強く握りしめる。
「ボス?」
「……あぁ、
「大変言いにくいんですけれど……何でも屋で働きたいと……」
「…………ほう」
(……これもまた運命か)
「ダメですよね?」
「……一度会って話がしたい。今日の放課後はどうだ?」
「えっ!? あっ、確認してきます!」
少しの間、電話が保留になる。
「――確認しました! 大丈夫だそうです!」
「良かった。では、よろしく頼む」
「ありがとうございます! 失礼します!」
「あぁ……」
電話が切れる。
「…………」
大我はスマホを机の上に置き、窓から外を眺める。
「寿紀。時雨の彼女も、お前に似ているみたいだ……これは運命なのか、それとも呪いなのか……」
※
「あぁ……今日は疲れた」
数時間経った放課後。
時雨たち四人は、事務所の方へ足を運んでいた。
良太の全身に包帯が巻かれており、痛々しい姿となっている。
「自業自得よ」
「殴った本人がそれ言う!? おい時雨ぇ! お前なんかストレス溜めることしてねぇか!? こう、無理矢理襲ったりとか」
「襲ったりはしてないよ!? もしかしたら、何か気に障ることをしてるかもしれないけど……」
「そうね……あまり襲ってくれないけど、何もしてないから安心して」
(えっ、それって襲ってほしいってことなの……!?)
尚紀の発言に、時雨はやらしい期待を膨らませてしまう。
「そっか……そりゃそうだな! お前、何かあるとすーぐ暴力振るもんな! そりゃ時雨もビビッて――」
相変わらず尚紀をからかう良太。すると、尚紀が地面を強く踏みつけた。
周囲が振動を起こし、地面に亀裂が入った。
「…………」
「…………」
時雨と良太は顔を青ざめ、言葉を失くす。
「こ、こんな芸当を……ボス以外にできるものがいたとは……!?」
海渡は驚き、そう呟いた。
「…………」
尚紀は事務所へ向かおうと、他の三人を置いて前を歩き続ける。
「ひ、尚紀!? ちょうどここ右に曲がるところだよ!」
「っ!?」
時雨の指摘に、尚紀はピタッと足を止める。
そのまま後ろ歩きで戻ってきては、時雨の腕を掴んで右に曲がり進む。
良太と海渡は、何も言わず黙って二人の後を追う。
「……ここで間違いないわね」
「うん、そうだね」
数分歩いた先に、尚紀は事務所を発見する。
外装は普通の一軒家で他の家に溶け込みそうなのだが、玄関の前に飾られた『何でも屋ジェムズ・シャイン』という看板が立てかけられていたため、一発でここだと判断できた。
「ジェムズ……シャイン…………?」
「俺達、何でも屋の名前だぜ」
尚紀の疑問に、良太が答えた。
大我たち何でも屋は、『ジェムズ・シャイン』という名で活動しているのだ。
「でもなんかこう……ダサい響――」
「良太、それをボスの前で絶対に言うなよ」
そう警告を出したのは海渡。
「その名前を付けたのは、ボスの大切な人らしい……気を付けろ」
「オ、オーケー。善処しておく」
普段よりも威圧的な海渡に、良太は素直に受け止める。
「大切な人? 恋人でもいるのかしら?」
「実は僕も、その辺は何も聞かされていないんだよね」
「……尚紀、お前も無礼がないようにな」
「えぇ、わかっているわ」
海渡の先導のもと、四人は家の中に入る。
すると、普通の玄関と廊下が広がっており、実家のような安心感に包まれた。
唯一変わっているところは、玄関に段差がなく、土足で入れるようになっているところ。
客を迎え入れやすくするためだろう。
「……ただいま戻りました」
「――おかえり」
玄関からすぐ右に曲がったところにある、相談室から大我の声が聞こえてきた。
四人は相談室に入り、大我と顔を合わせる。
大我はパソコンと大量の資料が置かれた席に座っていた。
「失礼します」
「ボスただいまー!」
「ただいま戻りました」
「……お邪魔します」
「三人とも、おかえり。そして――」
大我は立ち上がり、尚紀の前まで歩くと――――
「お久しぶりです、悠乃宮さん。こちらへ足を運んでいただき、ありがとうございます」
――跪いた。
「!?」
「!?」
「!?」
大我の思いもよらぬ行動に、時雨、良太、海渡の三人が驚愕する。
「え、えぇ……お久しぶりです……」
これには時雨以外の前では真顔か険しい表情しかしない尚紀も戸惑い、顔を引きつっている。
「お止めください! ボスとしての示しがつきませんよ!」
普段静かな海渡が声を荒げて注意した。
「海渡……しつこく言ってすまないと思っているが、オレは『ボス』になったつもりはない。オレとお前らは『家族』――『対等』な存在だ。だからこそ、『息子』に愛を誓った彼女に、敬意を示さなければいけないのだ」
「ボス……すみません。尚紀が困っているので、僕からもお願いします……」
「そうか…………すまなかった」
時雨にも言われた大我は、立ち上がった。
「てかボス! 尚紀と知り合いだったんすか!?」
良太の指摘に、大我は事実を伝える。
「あぁ。確か…………時雨が一度振られて一週間後くらいにな」
「ッ!? その話、本当か!?」
食い付いたのは海渡。クールな彼に似合わない怯えた表情で、尚紀に聞く。
「えぇ……事実よ」
「!? よく、ボスにその話をできたな……運が良かったのか……」
「……海渡、何の話かは知らんが、悠乃宮は時雨を本気で愛している。その愛ゆえに振ってしまったのを、オレはちゃんと理解している」
「し、失礼しました!」
海渡は深々と頭を下げた。
「……立っているのも疲れるだろう。こちらへ」
大我は四人をソファのある対面席に案内する。
「失礼します」
「失礼します……」
時雨と尚紀は礼儀良く座る。良太は黙ってくつろぐ様に深く座る。
「ところで良太。その怪我はどうした?」
「あぁこれっすか? 屋上から落ちただけっす!」
「そうか……気を付けろ。いくらお前でも、下手すれば死ぬからな」
「肝に銘じておくっす!」
良太は尚紀に殴られたことは話さず、明るく返した。
大我は心配そうにため息を吐きつつ、尚紀の正面に向かい合って座る。しかし、海渡は彼の横に立ったままだ。
「……海渡、今日はお前も依頼主として見ている。向かい側に座ってくれないか?」
「はっ」
海渡は言われるがまま、良太の隣に座ることに。
「……意外ね。彼がここまでかしこまる人には見えないけれど…………」
彼の行動が気になった尚紀は、コソコソと時雨に尋ねる。
「よくわからないけど……一応『長男』だからかな?」
「長男?」
「ボスに拾われたの、海渡が一番最初だったんだ。その恩を深く感じているのかも」
「そうなのね……」
二人のコソコソ話が終わるのを確認した大我が、話を始める。
「……時雨の話によれば、悠乃宮はオレ達、『ジェムズ・シャイン』に加入したい……その話に間違いはないか?」
「えぇ、間違いないわ」
尚紀がはっきりと答えた。
真剣な眼差しに、嘘偽りのない覚悟が見えた大我。
「……いいだろう」
「えぇ!?」
あっさり了承した彼に、時雨が驚く。
「どうした? なぜお前が驚く?」
「あー、ボス。実は時雨だけ反対してるんす」
良太が彼に変わって意見を告げた。
「そうだったのか……電話してきたからてっきり賛成かと思っていた」
「ボス! 普通に考えてください!! 自分の彼女を戦場に出す男がいますか!?」
「…………」
―――― おーが! 私も戦うよ! ――――
―――― 一人じゃ心配だもん! ――――
―――― どうしてそこまで反対するの? ――――
―――― 私はただ、おーがの力になりたいだけなのに………………………………
「…………」
過去の記憶が、よみがえって来る。
「ボス……? 大丈夫ですか……?」
頭を抑え黙り込んだ大我に、時雨が恐る恐る尋ねた。
「ッ! すまない…………確かに、時雨の言う通りだ。しかし、悠乃宮は本気だ。オレがダメだと言っても引き下がらないだろう。言い方は悪くなるが、あえて彼女を加入させ管理下に置いた方が、今のご時世安全だ。陰でコソコソ活動されたら困る」
「なる……ほど……」
大我の意見に不服ではあったものの、納得できた時雨。
「それに、将来お前の嫁になるのであれば、部屋も提供できる。家賃光熱費、食費もオレが負担する」
「へ、部屋!? ってことは、住まわせる気なんですか!?」
驚いたのは時雨だった。
「……ありがとうございます」
一方、尚紀は大我の話を真摯に受け止め、頭を下げた。
大我は時雨の問いに答える。
「以前会った時に、一人暮らしをしていると聞いてな。いっそのこと、時雨の嫁になるなら大歓迎――ん、待てよ…………」
何か問題を見つけた大我が躊躇う。
考えを改めてくれるのかと一息吐く時雨であったが――
「……すまない、別荘を用意する方向で頼む」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
より話のスケールが大きくなったことに、時雨は叫んでしまう。
「オレら三人が邪魔になるだろ? 特に夜は」
「そこまで配慮する!?」
「ホテル代も安くはない。それに、二人がホテルに行く目撃情報が出たら問題になるだろ」
「高校生が別荘を持ってる方がおかしいと思われますけど!?」
「あー、俺が口を挟むのはなんだけど、賛成だぜ」
良太が話に割って入る。
「尚紀、うるさそうだし夫婦喧嘩の際に壁に穴を空けられても――ぶふぁ!!」
「うごぁ!!」
案の定、尚紀が良太を殴り飛ばす。
ついでに海渡を――殴ることが禁じられているため、蹴り飛ばした。
双方の頭が壁にめり込み、動かなくなる。
「尚紀!? 蹴れるのもダメだよ!?」
「ごめんなさい……気をつけるわ」
「ほう……海渡と良太に一撃かますとは…………腕に問題はなさそうだな」
一連の流れに、大我は関心を見せた。
「大我さん……どうか、私を雇ってください」
尚紀は、改めてお願いする。
「いいだろう……だが一度、適性試験を受けてもらう」
「適性試験?」
「ここまで話を広げた上で、条件を付けて申し訳ない。悠乃宮が時雨の彼女である以上、別荘は保証しよう……しかし、本当に『何でも屋』として働けるかどうか。そこでだ」
大我は立ち上がり、パソコンなどが置かれている自分の席へ移動する。
山積みの資料から一枚を手に取り、尚紀たちの前に戻って渡した。
「試験的に、簡単な依頼を受けてもらう」
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